40話 剣聖ハルス1
父親の怒っている姿はこれまでに何度も見てきた。
不出来な息子であったロンは、むしろ怒っていない父親の方が珍しかったかもしれない。
しかし今回の父の怒りは、これまでのものとはまったく違っていた。
父には明確な殺気があった。
敵兵へと向ける視線と同じであった。
いや、それ以上に憎しみが込められていた。
ロンはすぐに魔道具を使って、この場を瞬間移動で逃げだしてしまおうかと思った。
しかし、こうして会ったのだ、すこしぐらいは会話をしてもいいと思いなおした。
「あとしばらくすると、ゴデル軍が攻めてきます」ロンは言った。
ハルスは息子の言葉を理解できなかった。
敵の本陣に攻撃を仕掛けているのは、自分たちの方である。
どうしてこのタイミングで、ゴデル軍がこの本陣に攻撃を仕掛けてくるのか。
「ロンよ、わしはお前を追放したあと、すこしはお前のことを見直していたのだ。
下級魔法使いでありながら、その力は大きかった。
魔道具を扱う才能や、人望などは、わしが想像していたよりも、ずっとあった。
優秀だと言っていい。
剣を扱えないのは残念だが、ハルス家当主にすらふさわしいとまで考えた。
しかしそれは大きな間違いだった。
しょせんはクズ魔法使いだ。
まさかカラム家とつながりを持つとは。
それもハルス家の顔に大きな泥を塗るような、増援を懇願するなど」
ハルスが剣を抜く。
その剣は、剣聖のみが持つことを許される、宝具だった。
その剣は決して折れることがなく、切れ味が落ちることもない。
刃が欠けることも、錆びることもない。
その剣を扱うものに技術さえあれば、どんなものでも切ることができると言われている。
ロンの父親はその剣を鞘から出し、剣先をロンに向けた。
「お前をここで殺す」ハルスは言う。
騒ぎに気付いた、10人の魔法使いたちがテントより出てくる。
魔法使いたちの目にも、ハルスが本気でロンを殺そうとしていることがわかった。
このままでは、ロンが殺されてしまう。
しかし、相手は当主であり、剣聖である。
魔法使いたちには、どうすることもできなかった。
魔法使いたちだけでなく、幾人かの兵士たちも集まってきた。
本気で剣を構えている姿に、彼らはすくみあがる。
その迫力はすさまじい。
ある者はすぐに立ち去り、ある者は恐怖のあまりその場に固まっていた。
上席の者に報告に行く者もいた。
「父上にはすぐにでも、迎撃の準備をしてほしいのですけどね」
ロンはため息をつく。
ここ数日ため息が増えたなと、ロンは思う。
まだ十代であるのに、こんなにため息が多くなるとは。
自分の人生は、相当大変なものなんだなと、ロンはしみじみと物思いにふけりそうになった。
しかし今は目の前の父親がいつ切りかかってきてもおかしくない状況だ。
ロンは人生の考察はおこなわず、父親を見る。
「父上はいくつか誤解をしているようです。
まず僕がカラム家に助けを求めたのは、ハルス家を助けるためです。
弟のラガンが1万の兵で、ゴデル軍の本陣に攻めこんでいるらしいですが、あれでは、賢者バスラに簡単に全滅させられてしまいます。
カラム家の1万の援軍がなければ、この戦自体負けることになりえます。
僕はハルス家のために、カラム家に協力を求めたのです」
ロンは自分が、魔道具を止めて、本陣へ攻撃するよう仕向けたことは棚に上げて、父親に言う。
「そしてもうひとつ、父上は、僕の魔道具を扱う才能や、人望などを見直したと言いました。
剣を扱えないのは残念だがと。
ですが、僕は剣が使えるんですよ」
ロンも剣を抜く。
「僕はしがない下級魔法使いですが、父上程度の剣士でしたら、返り討ちにできますよ。
あなたは僕よりも弱い。
剣においてもです。
あなたは僕を殺すと言った。
それは大きな勘違いです。
弱者であるあなたに、僕を殺すことはできません」
ロンの持つ剣が燃えあがる。
ロンが魔法で刀身に、炎をまとわせたのだ。
「実の息子がここまで馬鹿だとは思わなんだ。
お前のような低脳にわしの血が流れていると思うと、嫌気がさす。
わしは剣聖だ。
剣の最上級職だ。
そのわしに、魔法使いであるお前が勝てるなどと、のたうつとは。
愚かにもほどがある」
ハルスが剣を両手で持ち、上段にあげる。
ロンは左手で、腰に差していた小刀を持つ。
そしてその小刀にも、魔法を付与する。
しかし今回は炎ではない。
風をまとわせる。
小刀の周りを、風の刃が渦巻く。
「まさか二刀流とはな。
お前の愚かさをますます強調するな。
ただですら腕力のないお前が、2本の剣を扱えるわけがないだろう。
それに片手で剣をコントロールすることは、単純に倍の技術が必要になる。
たしかにハルス家初代剣聖は、二刀流だった。
しかしそれは、剣聖の中でもさらに天才であった初代だったからこそできたことだ。
お前のようなまともに剣を振ることすらできない者ができる所業ではない」
「父上、先ほどから申し上げているように、父上程度の剣聖の話をしないでください。
たしかに父上には難しいでしょう。
しかし、僕なら二刀流も問題なくこなせるんですよ」
次の瞬間、ロンは一気に父親との距離を詰める。
5メートルはあったハルスとの距離が、一瞬で縮まる。
炎を帯びた剣が、振りおろされる。
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。




