39話 本陣で
シュルムを撃退し、第4大隊での宴の翌朝、ロンはハルス家本陣の野営地を訪れる。
魔道具を使っての移動だったので、一瞬でその場に移動する。
誰にも気付かれずに、かつて自分の使っていたテントへと入った。
テントはロンが使っていた時のまま残されていた。
ロンは数日前にいた空間を見て、なんだか懐かしさを覚えた。
テントを出ると、ロンは動かなくなった魔道具をひとつひとつ直していった。
直したというより、スイッチを入れていったと言ったほうがいい。
他の魔法使いではまったく動かなかったそれらを、数秒で始動させていく。
すべての魔道具を元どおりにすると、今度はティラの父親であるロイエンの元へ向かった。
ロイエンとロンは親交が深かった。
もともと家臣にロンはそれほど嫌われていない。
ロイエンは魔法使いであるロンを差別せずに接してくれていた。
それに現在、娘のティラと自分は行動を共にしている。
追放された身だったので、ロイエンの前に姿をあらわすことは、危険もあったが、ロンはロイエンの良心にかけた。
まあ、捕まりそうになったら、また魔道具で瞬間移動してしまえばいい。
ロンは広場で一人、剣の素振りをしているロイエンに声をかける。
ロイエンが朝の素振りを日課にしているのは知っていたので、あえてこの瞬間を狙ったのだ。
幸いにもロイエンは、ロンを見ても騒ぎたてることはなかった。
驚きこそすれ、むしろ、ロンが無事であることを喜んでいた。
ロンは軽く第4大隊の状況を伝えた。
ティラが生きて、無事であることをまず教えたのだ。
ロイエンは娘の死を覚悟していた。
それが、無事に帰ってこられると聞いて、うかつにも目が潤んでいた。
ロンに頭を一度下げる。
しかし顔を上げたときには、いつもの武将の顔だった。
戦場の戦士が、私情で泣いてなどいられない。
「で、わざわざ私に顔を見せたんだ、何か用があるのだろう?」ロイエンがきく。
「はい。先ほど本陣の魔道具をすべて動くようにしました。
ただ、ゴデル軍はまだ魔道具が停止していると思い、こちらに攻撃を仕掛けてきます。
魔道具はもうしっかりと動いているので、敵が動きだしたらすぐにわかるでしょう。
ここで使われている魔道具の索敵は優秀ですから。
そこでロイエン様には、その敵軍を撃退してほしいのです。
敵が遠距離魔法を使うだろう地点に先回りして、撃退していただけたらと思います。
できれば、全滅をさせていただきたいと思います。
残兵がゴデル軍の本陣に戻ってこられると、少し面倒なことになる可能性もありますので」
ロイエンはロンの言葉を受け、しばらく考えこむ。
ロイエンもまた、ロンを弱者と考えていた。
下級魔法使いなので、剣の国アステルにおいて、ロンが劣等扱いされるのは当然のことだった。
しかし、ロイエンはロンの聡明さは評価していた。
第4大隊があの危機的状況を抜けだせたのも、ロンの知力がすくなからずかかかわっているだろうと、わかっていた。
それにロンが使っていた魔道具の優秀さも、停止したことで痛感させられていた。
ロイエンは、追放されたロンの顔を見つめる。
ロンは微笑んでいた。
戦争の話をしている場には似合わない、穏やかな笑みを浮かべている。
「わかった」とロイエンはこたえた。
「ありがとうございます」とロンは頭をさげる。
「ハルス様には会われていくのか?」
「まさか。父上に会うなんてできるわけありません」
「ハルス様も今回の件で、お前のことを考え直されていそうだ。
追放したことを後悔しているようにも見える。
一度、会ってみたらどうだ」
ロンは首を大きく振る。
「いえいえ、それは絶対にできません。
ちょっと悪さをしてしまいまして。
今頃は、父はお怒りでしょう。
今度、こそ殺してやると考えているでしょうね」
ロンが言う。
「何をしたんだ」ロイエンが不審そうにきく。
「カラム家と勝手に取引してしまいました」
ロンは肩をすくめる。
ロイエンは顔をしかめる。
「よりによってカラム家と、、、。
ロン、ハルス様には絶対に会うな。
決して見つかってはいけない。
ロンが思っている以上に、あのお方はカラム家を嫌悪している」
「はい。このあと魔法使いたちと会ったら、すぐに第4大隊の元へ戻ります」
ロイエンはうなずく。
ロンは、再度頭を深くさげてその場を離れた。
魔法使いたちのいるテントは、陣営の端にあった。
ハルス家は魔法使いを嫌っているので、処遇はつねに片隅となる。
おかげで人目はすくなく、比較的簡単にコンタクトを取ることができた。
ロンの代わりに魔道具を動かすために呼ばれた魔法使い10人に、ロンは状況を話す。
この10人とロンは面識があった。
ハルス家の同じ魔法使いとして、肩身の狭い暮らしに、仲間意識があった。
ロンの話に、魔法使い10人はすぐに協力をしてくれた。
そして、現在本陣にある魔道具の使い方を、ロンはこの10人に教えた。
難しくはあったが、すでにロンが起動の準備はしてあったので、短時間のレクチャーでも、なんとか使うことは可能そうだった。
ロンは無事に、ハルス家の本陣でおこなうべきことを、完遂できた。
魔法使いたちのテントを出て、さて第4大隊の元へ戻ろうとしたとき、背後からその声は聞こえた。
「ここで何をしている」
ロンはゆっくりと振り返る。
その人物の顔を見るまでもなく、ロンはそこに誰が立っているかはわかっていた。
父親のハルスが、そこにはいた。
誤字報告、ありがとうございます。
明日も午前7時15分ごろに投稿予定です。




