38話 幾重の策2
「ハルス家の本陣で使っている魔道具は僕が用意した」ロンが言う。
ロンがハルス家に行ったというのはどういう意味なのだろう。
ロンがつづけた言葉は、ハルス家本陣の情報収集の話から、ずいぶん逸れた話題だった。
ティラとリンは話の先が読めない。
ここはロンの話を聞くしかなかった。
「それらは特殊で、かなり高度な魔道具だ。
おそらくアステル国では僕しか使うことができないだろう。
でも、疑問に思わないかい。
その魔道具を僕がどうして持っていたのかと。
魔道具は高価だし、希少なものだ。
魔法使いの少ないアステル国では特に。
それに僕の使っているのは高度な魔道具だ。
ひとつふたつならなんとか手に入れることも可能だろうけど、僕は数十個と用意している」
「例の遺跡ですね」リンが言う。
これまでのロンの話は入り組みすぎていてあまり理解できなかったが、ようやく自分でもわかる話があがった。
ちょっと嬉しそうにこたえる。
小学生が先生の質問に手をあげてこたえているかのようだった。
「そう。一年前にハルス家の西の領地に発見された、古代遺跡から持ってきている。
古代文明は現在よりも魔法技術が発展していた。
遺跡からは、現在では失われてしまった技術で作られた魔道具が発見されることがある。
ハルス家の領地で発見された遺跡からは、多くの魔道具が見つかった。
そして、それらはかなり有用なものだった。
ハルス家は剣の家系だ。
魔法を嫌っている。
魔道具にも当然興味がない。
だからあの遺跡のものは基本的に僕が自由に使えた。
僕は下級魔法使いだけど、魔道具を使うことに関しては才能があったらしい。
魔道具の使用は、下級魔法使いでも問題なくおこなえる。
上級だの下級だのは関係ない。
それは独立した技術だ。
魔道具の仕組みはかなり難しかった。
けど、一緒に残されていた古書などを参考に、僕は魔道具を使うことができるようになっていった。
時間はかかったけど、その仕様をひとつひとつ解明していった。
かなり努力をした。
下級魔法使いの僕にとって、そこの魔道具は千載一遇のチャンスだったからね。
そしてある程度の魔道具を使いこなせるようになった。
僕は今回の出軍に、その魔法具を結構用意した。
本陣で使われている魔法具はかなり優秀だよ。
それこそ、魔法大国であるゴデル国をも凌駕するぐらいにね」
「あの遺跡って、宝の山だったんですね」リンが言う。
「しかし、その魔道具も今では動いていないのだろう。
ロンがいなくなって、止まってしまった」ティラが言う。
ロンは指を立てて、軽く手を振る。
ロンのその仕草とにやけた顔が、ティラをちょっとイラつかせた。
ロンが次々と明かす真実を、もうすこし早く教えてくれていてもよかったではないかと、うらめかしく思ってきたのだ。
秘密主義にもほどがある。
「実はハルス家の魔道具はもう動いている。
止まっていないんだ」
ティラとリンが言葉をつまらせる。
「遺跡にあった魔道具のひとつに、ワープ移動のできるものがあってね。
これはふたつ一組の魔道具だ。
水晶のような見た目をしている」
ロンがズボンのポケットから直径5センチ程度の玉を取りだす。
あやまって飴もいっしょにつかんでしまったらしく、飴だけポケットに戻す。
「これと同じものが、ハルス家の本陣にも置いてある。
そして、この魔道具はこの玉を持っていると、もう片方の玉の場所へ瞬時に移動できるんだ。
欠点としては、行き来ができるわけではないということかな。
玉を持って向こうに辿り着くわけで、一度使うと玉は同じ場所に揃ってしまう。
また同じ場所に帰るには、別のもう一組の魔道具が必要だ」
ティラとリンが、魔道具の玉を覗きこむ。
魔道具は半透明に背景をすかし、不思議な光の屈折を見せている。
「僕はこれを使って、今朝ハルス家の本陣に行ってきた。
そしてすべての魔道具をまた、正常に動かしてきたんだよ」
ロンの持つ魔道具の玉が、かすかに光る。
「本陣を訪れたさいに、何人かの者と話をしている。
そこで現状のハルス家の情報を仕入れてきたんだ。
ラガンがゴデル軍本陣への襲撃の司令官であることも、そこで知ったんだ。
おかげで僕は寝不足で、こうして体調不良に悩まされているわけだよ」
ロンは空になったコップに、水を注ぎたして、一口飲む。
ロンの体調不良は前日のお酒がほとんど原因であったが、睡眠不足もたしかにそれに追い打ちをかけているようだった。
おそらく、ロンは2時間も睡眠をとっていないだろう。
「ではハルス家の本陣は、万全の体制なのですね」
「ああ、完璧な状態だ。
僕はゴデル軍の襲撃があることも伝えておいたから、敵に罠を仕掛ける準備もできている。
賢者バスラは奇襲を仕掛けるつもりが、反対に奇襲を仕掛けられることになる。
それに今、ハルス家の本陣には数名の魔法使いがいる。
止まってしまった魔道具を修理するために呼ばれていた。
魔法の知識のある者もちゃんといるので、第4大隊の時のように、魔法対策がまったくできていないということもない。
臨機応変に魔法にも対処できる。
僕も彼ら魔法使いにはいくつかアドバイスをした。
魔道具の使い方も、ちゃんと教えておいた。
ゴデル軍は雷帝シュルムをこの第4大隊に送った。
本陣には7千の兵を進撃させたらしいが、シュルムがいなければさほどの脅威ではない。
なにしろ敵の動きは魔道具が動きだしたことで、こちらに筒抜けだし、すでに迎撃の準備もできている。
ゴデル軍の7千の兵は、驚くほど簡単に全滅するだろうね。
奇襲をかける側というのは、自分が奇襲を受けるとは考えてないものだ。
油断をしている」
「しかし、ロン。
お前、追放されているのだろう?
よくそれで本陣の兵たちに、そんな指示をだせたな」
ティラが不思議に思う。
「僕は、弟のラガンとは違って、意外と家臣に好かれていたんだよ。
追放されたからと言って、僕の言葉は無下にはされなかったよ。
魔道具もちゃんと直したわけだし」
「だが、ハルス様がロン様のそんな勝手な行動を許すとも思えませんが」リンが言う。
「うん」ロンがすこしうつむく。
「父親には気付かれないように、こっそり対処して、すぐに帰ってこようと思ったのだけどね。
兵たちに与えた指示も、父親にバレないようにこっそり実行してもらう予定だった」
ティラとリンが首を振る。
「ロン、それはハルス様を見くびりすぎている。
あの方の感というか、剣聖の第六感というか、そういうものはすごいものがあるからな。
気配のようなものを数キロ単位で感じられるのかもしれない。
まず、ロンが魔道具を動かすさいに魔力を放出すれば、ハルス様は絶対に気がつく」
「まったくそのとおりだよ。
僕は父に見つかってしまった」
ロンはため息をつく。
明日も午前7時15分にアップ予定です。




