37話 幾重の策1
「トド隊長はどうしてジルやレムを奴隷にしておくことができたと思う」ロンが言う。
「ジルもレムもトド隊長よりも強い。
いつでも暗殺は可能だったように思える。
しかしふたりは殺さなかった。
あの襲撃のあった夜にようやく行動を起こした。
それまでは行動を起こさず、ただ耐えていた」
「言われてみるとそうだな。
不思議だ」とティラが言う。
「ふたりとも実はMだったのではないでしょうか」とリンが言ったが、ロンはとりあえず無視した。
「ジルとレムはトド隊長に逆らえなかったんだよ。
ふたりには奴隷の契約が結ばれていた。
奴隷契約があると主人を傷つけることはできなくなる」
「奴隷契約。そんなものがあるのですね」
「ああ。アステル国ではほとんど知られてないからね。
奴隷契約は魔法なんだよ。
精神魔法のひとつだ。
上級魔法だから、魔法のあまり発達していないアステル国では使える者がほとんどいない」
ロンはグラスの水をもう一口飲む。
「奴隷魔法は基本的には、主人の意思なしには解除できない。
その契約はかなり強力で、他者が外的力で強引には解除できないようになっている。
だから、ジルとレムもトド隊長に従っていた。
ただいくつか例外もある。
ひとつは主人が死んだ時だ。
主人が死亡すれば、その奴隷は自由となる。
そしてもうひとつが、主人が犯罪者となった時だ。
法律を犯した時にも、奴隷契約は解除されるようになっている。
僕はトド隊長を牢に閉じ込めただろう。
そして、僕はハルス家の長男だ。
国の重鎮だよ。
追放はされていたけど、書類上はまだ僕はその地位にいた。
その僕が、トド隊長を捕えた。
どうやらそのために、奴隷契約の魔法は、トド隊長を犯罪者とみなしたようだ。
ジルとレムの奴隷魔法が、それによって解除された。
ふたりはあの瞬間、ようやくトド隊長を殺すことができるようになったんだよ」
「まあ、それもロンに邪魔されて、トド隊長への復讐ははたせなかったがな」
ティラが言うと、ロンは肩をすくめて笑った。
「トド隊長はつまり、奴隷契約魔法を使える魔法使いとつながりがあるということになる。
そして僕の知る限り奴隷契約を使えるのはアステル国にふたりしかいない。
カラム家の当主と、その腹心であるロイゾだ。
ジルとレムに奴隷魔法がかかっているのを見て、僕はトド隊長がカラム家とつながっていることがわかった。
そしてトド隊長を脅して、僕はカラム家と連絡をとった。
トド隊長とカラム家は想像以上に親密だったらしく、ハルス家の長男である僕とも、ちゃんと会話をかわしてくれたよ。
トド隊長がいなかったら、相手にされなかっただろう。
向こうも相当にハルス家を嫌っているからね」
「しかし、連絡を取れたとしても、あのカラム家がハルス家に協力するとは思えないのだけど」
ティラが首をかしげる。
「反対だよ。カラム家だからこそ、ここぞとばかりに協力してきたんだ。
僕がどんなふうに協力を求めたと思う。
僕はカラム家に懇願をしたんだ。
ピンチなんで助けてください、とね。
すごく下手に立ってお願いをした。
カラム家としては、憎き相手に大きな貸しを作る機会だ。
目障りな相手の上に立つことができる。
こんな美味しい話を逃すはずがないよ」
「しかしロンはもうハルス家を追放されているだろう」
「たしかに追放されている。
しかし、そのことはまだ知れわたってない。
書類も処理されていない。
カラム家はそのことを知っているはずがないんだよ。
戦場で追放なんかするから、こういうことになる。
ハルス家の本陣以外では、僕はハルス家の長男として行動できるんだよ。
そして僕はもうハルス家の人間ではないので、ハルス家がどんなにまずい立場になろうと知ったことではない。
当然、父は僕がこんな勝手なことをして怒るだろうが、僕の知ったこっちゃないんだよ。
もう追放されているからね」
ロンはグラスに入った水を一気に飲みほす。
「それにカラム家は、アステル国には珍しく魔法使いを差別しない。
魔法使いの僕にとっては、カラム家が力を持つことは喜ばしいことだしね」
ティラはロンを悪鬼でも見るかのように、顔をしかめる。
しかし、よく考えれば、最初にいきなり息子を追放した父親が悪い。
ただ、ティラはいろいろと悪知恵の働くロンに感心もしたが、あきれもした。
「つまりこれからゴデル軍の本陣は二方向から、1万ずつの敵に襲われることになるのね」
「ああ。それももう片方の敵は剣術だけでなく、ちゃんと魔法の知識にも長けている軍だ。
魔法対策もしっかりとされている。
いかに賢者といえども、魔法で簡単には仕留めることはできないはずだ。
賢者も急に倍の敵が襲ってきては、対処も遅れる。
もはやほとんど彼は詰んでいる状態なんだよ」
ロンが飴玉を口に入れる。
外した包装紙を丸めて、机に転がす。
「だけどね、ここでひとつ問題がある。
賢者を討ちとれるのはいいのだけど、その手柄をハルス家かカラム家に取られてしまうことだ。
せっかく僕が考えた策なのに、美味しいところは別の者に持っていかれてしまう。
だから、その美味しいところもちゃんと僕たちが食べるために、ゴデル軍の本陣に向かう。
賢者バスラの首は、僕たちが討ちとるんだ」
「わかったわ」とティラうなずく。
「それにね。ハルス家の襲撃部隊の指揮は弟のラガンがとっているらしい。
あいつには特に手柄を取られたくないからな」
「ちょっとなんで、ハルス家の情報まで持っているのよ。
まさかゴデル軍の本陣みたいに、味方の陣営にまでスパイを送りこんませているなんて言わないわよね。
それこそ、そんな人員はいなかったはずよ」
ティラの声が大きくなる。
ロンはまた、いたずらっ子ぽく、笑みを浮かべる。
「自分で行って、見てきた」
ティラとリンには、ロンが何を言っているのか、まったく理解できなかった。
明日も午前7時15分に投稿予定です。




