36話 捕虜
「で、この後はどうするんだ」ティラが言う。
第4大隊が勝利の酒に酔いしれた翌朝、ティラとリン、そしてロンは今後の予定について話しあっていた。
ティラは前日の酒は一切残っておらず、いつもどおりの口調だ。
リンはお酒を飲んでいなかったので、当然体調に変化はなかった。
ロンだけが、頭痛に頭を抱えていた。
大量のお酒を飲んだあとに、剣の試合をしたのだ。
お酒がまわるのは、当たり前といえば当たり前であった。
二日酔いをおこしていないティラほうが異常であった。
「僕たちは、敵の本陣に向かう。
このまま賢者バスラを討ちとってしまおうと思う」
ロンは自分の発した声が頭に響くのか、顔をゆがめる。
近くにあった椅子に、老人のようにゆっくりと座る。
「本陣をか。
でもさすがにそれは賢者バスラを見くびりすぎてはいないか。
たしかにハルス家の本陣から、攻撃部隊は出ている。
しかしそれを賢者は問題なく撃退できるだろう。
さすがにその辺はぬかりないはずだ。
そして現在この第4大隊の兵は500名をきっている。
増援するにしても、心もとない数だ。
ハルス家本陣への攻撃、そして、第4大隊への派兵、それらがあったとしても、敵の本陣はまだまだ堅牢だと思うのだが」
ティラが言う。
「僕はハルス家本陣の拠点の魔道具を使えなくした。
そのためハルス家は短期決戦をしいられ、強引にゴデル軍本陣へと攻撃を仕掛ける。
さらに捕虜を使って、ハルス家の本陣が魔道具を使えないことをリークした。
そのため、ゴデル軍は本陣に敵が襲ってこようとしているにもかかわらず、兵をさいてハルス家へ兵を向けた。
それに、これは僕も意表をつかれたが、この第4大隊の戦場へも派兵した。
敵の本陣に残る兵士は少ない。
その数は50名だ」
ロンの語る数字があまりに小さすぎ、ティラは息がつまる。
50人などありえない。
「ロンよ、いくら賢者でも、そんな無謀なことをするはずがないだろう。
ハルス家本陣からは少なくない数の軍隊が進軍したはずだ。
おそらく1万はいるだろう。
それを50で迎え撃つなど」
「いや、50名であることはたしかだよ。
さっき連絡があった」
ロンはテントの端を見る。
天井近くに張られた綱の上に一羽の鳩がとまっていた。
疲れているのか、目を閉じ、眠っているように見える。
足には、小さな筒がつけられている。
それは伝書鳩だった。
その筒に手紙を入れ連絡を取りあう。
「早朝にこの伝書鳩が帰ってきてね。
情報を持ってきてくれた。
筒の中に入っていた紙には、本陣に50名程度の兵士しか残っていないと書かれていた」
ロンがその書かれたメモを机の上から取り上げ、ひらひらとふる。
たしかに50という数字が見えた。
「しかし一体誰がそんな情報を教えてくれたんだ。
偵察に出ている人材などいなかったはずだが。
第4大隊は敵の包囲を切り抜けるやら、増援の対処やらで、誰ひとり余裕がなかった。
それにこの状況で、敵の索敵を逃れて、本陣の戦力を知るなどかなり困難なことのはずだ」
ロンはニヤリと笑う。
「それができてしまう人物がいるんだよ。
堂々と敵の本陣に入れてしまう人物がいる。
しかも敵がわざわざ、本陣へと送りとどけてくれる」
ティラはここでその人物に思いあたる。
リンはわからずに、難しい顔をしている。
「ハルス家の魔法具が使えないとリークしてもらった、あのあえて捕まった捕虜だよ。
彼に鳩を預けておいた。
彼は捕虜として、敵の本陣に搬送された。
そこで移動中に色々と様子をさぐれたようだ。
彼は優秀だからね。
この情報はかなり信用できると思うよ」
「なるほどな。
だがそれでも、賢者バスラは50名でも問題ないと判断したのだ、きっと何かあるぞ。
我々は下手に近づかない方がいいのではないか?」
ロンはまたもニヤリと笑う。
「賢者バスラはきっと、1万の兵を50名でも撃退できるのだろう。
でもね、ゴデル軍の本陣に攻めているのは1万の軍ではないんだよ。
実際は2万だ」
「いや、さすがにハルス軍もそんな兵の余裕はないぞ」
「ハルス家の軍ではないよ。
もう1万は、カラム家の軍だ」
カラム家と聞いてティラが驚く。
カラム家はハルス家とはかなり仲が悪はずだった。
理由はカラム家が魔法使いを優遇しているからだ。
アステル国は剣の国だ。
ハルス家はその中でも特に剣を絶対視している。
過去に何人もの剣聖を輩出している家である、剣に対する信仰が生まれてしまっている。
そのため反対に魔法使いを軽視するようになった。
アステル国自体が魔法使いを軽視しているが、ハルス家は特にひどい。
実の息子であるロンを戦場で追放したのがいい例だ。
そのためカラム家のように、魔法使いにある程度の地位を与えている人々に対しても、負の感情を持っていた。
魔法使いは犬猫のように扱うべきだと、彼らにも強要していた。
ハルス家はかなりの力を持っていたので、たいていの者はそれに従っていた。
しかしカラム家は逆らった。
カラム家には逆らうだけの力があった。
そして厄介なことに、カラム家の魔法使いたちは、意外と成果をあげることが多かった。
アステル国には珍しく、優秀な魔法使いが揃っていた。
ハルス家とカラム家はそのような事情もあり、犬猿の仲だったのである。
そのカラム家がハルス家の戦いに、助けの増援に入るなどあるはずがなかった。
「僕がねトド隊長をどうして生かしておいたと思う?
僕が追放されてることを知る人物だ。
彼には死んでもらった方がありがたい。
なのに僕は彼を殺さなかった。
それどころか、ジルとレムから守ってまであげた。
理由はトド隊長がカラム家と繋がっていたからだ。
ハルス家の一員としてはあるまじきことだけど、トド隊長はカラム家と懇意にしていたようだ。
僕はトド隊長を通して、カラム家の軍に動いてもらったんだ。
トド隊長にはバイプ役になってもらうために、生かしておいたんだ」
ロンがコップに水を注ぐ。
二日酔いに長話はこたえる、そう思った。
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。




