35話 ロンの剣術
ティラは地面に突き刺さった自分の剣を拾う。
いつもは軽々と振りまわしていたものが、ずいぶんと重く感じる。
「完敗だ」ロンのほうへ振り返り、言う。
敗北の経験のほとんどないティラは、負けを声にだすことも必死な作業だった。
声は小さくかすれていた。
「どうして私は負けたのだ。
剣術で上級剣士が下級魔法使いに負けるなどありえないはずだ」
ティラは他の兵士たちの前では、ロンに対して敬語を使うようにしていた。
しかしそのことも忘れティラはロンに言う。
「うん。まあ、理由はいろいろあるんだけど、一番の理由は先ほどの剣も、魔法剣だったんだよ。
ティラの剣を吹きとばすなんて、魔法使いには絶対に不可能なことだからね。
僕の剣には魔法が付与されていた」
ロンは興奮気味の兵士からお酒の入ったグラスを受けとる。
ティラに勝利した祝いのお酒だと、兵士が差しだしてきたのだ。
一口飲む。
フルーツの香りが口にひろがる。
味わいも深い。
ロンは予想外の美味しさに、このお酒を手渡してきた兵士の顔を見る。
兵士はいたずらっ子のように、ニッと笑う。
「せっかくなので、特級のお酒を用意しました。
あんな勝負はなかなか見れるもんじゃない。
それに副隊長の敗北する姿も貴重です。
いいもの見せていただけた、お礼です」
「ありがとう」ロンはちょっと苦笑しながら、言った。
ロンはティラにまた向きなおる。
「僕は剣聖ハルスの息子だ。
子供のころから、剣の超英才教育を受けている。
ジョブは10才になってから授かるけど、実際は子供のころからその片鱗は見える。
僕は魔法使いなわけで、子供のころから剣の才能はなかった。
覚えが悪く、成長は誰よりも遅かった。
それでも、ハルス家の長男なのだから、なんとか強くしようと父親などまわりの人々は必死に対策をとった。
僕もそれにこたえようと、努力をした。
子供のときに、遊んだ記憶はまったくない。
すべての時間を剣術に費やした。
だからね。
僕は剣術についての知識や、技術は誰よりも詳しい自信がある。
僕の体がその知識や技術に追いつかないだけで、頭の中は完璧な剣士なんだよ。
僕の職業が魔法使いであるとわかると、まわりの人々はついに僕に期待をしなくなった。
魔法使いに剣術を教えたとて、無駄だと考えるのは当然だ。
ただ、僕はせっかく僕の頭のなかにある完璧な剣士を、そのまま無駄にするのはもったいないと思った。
この知識と技術は力になると考えた。
魔法使いでも剣術をうまく使うことができないかと模索して、いくつかの方法を思いついた。
そのひとつが魔法剣だ。
僕は自分自身に身体強化の魔法をかけて、少しは体も剣術の技術に追いついた。
そして、剣に魔法を付与することで、力のない斬撃の威力を増す方法を手に入れた。
ティラへの先ほどの一振りは、風魔法と重力魔法による魔法剣なんだよ。
まず、重力魔法で力のない僕でも早く振れるように剣を軽くする。
そしてその軽くなった剣を、風魔法でさらに押しこむ。
走る時の追い風程度の加速だけど、効果はある。
剣速はさらに加速する。
そしてインパクトの瞬間、僕は重力魔法で剣を逆に重くする。
3倍の重さにした。
子供のころから身につけていた剣術の身体さばき、風魔法と重力魔法の組み合わせ。
これらによって僕は、あの威力の剣戟を放つことができるようになったというわけだ」ロンが言う。
ティラは今ひとつ納得いかない顔をしている。
「しかし、それはかなりシビアなタイミングが要求されるだろう。
重力魔法の軽重の入れ替えなど、そんなに簡単だとは思えない。
もしも相手の剣を防ぐときに、剣が軽いままだと、今度は自分の剣が簡単に弾き飛ばされてしまう。
私の動きは剣士のトップクラスだ。
その動きに合わせて魔法を切り替えるなど、可能なのだろうか」
「たしかにティラの動きは早い。
魔法使いの僕では、その動きを追うことすら、不可能に近い。
でもね、僕はここ数日ティラの戦闘を何度も見ている。
そこである癖があることに気がついた。
僕は剣術の知見には自信があると言っただろう。
当然、剣士の持つ癖のパターンも、すべて記憶している。
ティラは攻撃をしかける直前に、剣を持つ手の肘を内側に、わずかにすぼめる。
先ほどの模擬戦のときも、僕との距離を一気に詰めようとした瞬間、肘が動いた。
だから僕はティラの動きは見えていなくても、仕掛けてくるタイミングははっきりとわかったんだ。
そして、ティラの攻撃はほとんど直線的だ。
最短距離で、剣筋にフェイントをいれることはほとんどない。
ティラのあの斬撃に、僕の剣を合わせることは、難しくはあったが、不可能なことではなかった。
僕は重力魔法をつねにかけていたわけではない。
実際は、ティラが攻撃してくるとわかった瞬間だけ、魔法剣を使っていたんだ。
重力魔法の軽重の入れ替えのタイミングは、とてもシビアだ。
でも、ティラのように癖がわかっている剣士には、安全に使うことができるんだよ」
ティラは、大きくため息をつく。
「そんな癖があったのか」とつぶやく。
「まあ、これは模擬戦だし、相手に怪我をさせるわけにもいかなかった。
お酒も入っていたしね。
全力だったら、この方法も通用しなかっただろうね」
ロンが飴をポケットから取り出しながら言う。
ティラは首を振る。
「いや。それはロンも同じだろう。
ロンも、私に怪我をさせるわけにはいかなかったし、お酒が入っている。
実践なら、さらに力をだせたかもしれない」
「まあね」とロンは飴玉を口に放りこみながらにっこりと言う。
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。




