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34話 模擬戦

 ティラが剣を構える。

 酒の席の余興的雰囲気はない。


 むしろ、殺気すら感じる。


 ティラはこの模擬戦に全力をつくすつもりでいた。

 アルコールはある程度入ってしまっているが、酒は強い方だ。

 ほとんど問題なく体は動く。


 ティラはこの機会に、ベールに包まれているロンの力を見せてもらいたいと考えている。

 ロンはおそらくまだ隠している力があるはずだ。


 ティラが重心を前にかたむける。


 準備期間があっての戦闘では、ティラがロンに敵わない可能性もあった。

 ロンは仕掛けを作るのがうまい。

 しかし、今回の模擬戦は突発的なものである。

 ロンに対策を練る時間はない。


 それにこの狭い空間では、強制的に接近戦となる。

 魔法使いは接近戦を得意としない。

 剣士相手では大きな不利となる。


「はじめていいのかな」とロンがきく。


 ティラはうなずく。


 ロンは仕方ないと、右手の手のひらに炎を浮かべる。

 小さな炎が5つ。


 ロンにはこれがある。

 威力自体はさほどでもないが、高速発動が可能な、連続魔法攻撃。

 接近戦用の魔法。


 ロンはこのため、接近戦を苦としない。


 ロンは5つの炎をティラに弾く。


 ティラが剣で払う。

 その一振りで5つすべての炎が斬りおとされる。


 ロンの炎はたしかに速い。

 しかしティラにとっては、充分に対応できるスピードだった。

 むしろ遅くすら感じる。


 ロンは新たな炎を用意しようとする。

 だが、この時すでにティラが斬りかかってきていた。


 ロンは急いで後方に退く。

 ティラがさらに追いすがり突きを放つ。


 ロンは小さい炎をティラの目の前に作る。

 本当に小さい炎だ。

 直径は5mmもない。

 しかも1秒とせずに消えてしまう。


 だが、ティラの気をわずかばかりはひくことができた。

 その隙をついて、ティラの突きを寸でで、かわすことができた。


 ロンはさらに後退をして、慎重に距離をとる。


 ロンが魔法を放つには、炎を生成し、それから弾く必要がある。

 ティラは剣を振るだけだ。

 動作がひとつ、ロンの方が多くなる。


 もともと身体能力はティラの方が圧倒的に上だ。

 体を動かすスピードはティラの方が速い。


 このスピードの差が、戦いの優劣を決定的なものとしていた。

 ロンが防戦一方となってしまう。


「どうしました。この程度ですか」ティラが挑発するように言う。


 ロンは頭を頭をかく。

 そして、もう片方の手で、剣を抜く。


 ロンはそのまま剣を構える。

 ジルとレムと戦った時のように魔法を剣にまとわせたりはしなかった。


「魔法使いのあなたが、上級剣士である私に対して剣を向けるのですね。

 剣に魔法もまとわせずに。

 追い詰められて、自暴自棄ですか。


 お前が剣術の試合で1勝もしたことがないのは、知っているぞ」


 ティラが言う。

 しかし、すぐにリンがティラに警告をする。


「ティラ様、油断をされないでください。

 ロン様は普通の剣術も強いです。


 ロン様は、それほど力はなかったですが、上級剣士にも勝っています。

 それも圧倒的な力の差で」


 ティラはすこし驚きながらロンの顔を見る。

 ロンは薄笑いを浮かべている。


「だが、私はそんじょそこいらの上級剣士とは違うぞ」


 ティラが剣を上段に構える。

 一歩ずつ距離をつめていく。


 ロンは動かずに、その場に静止している。

 呼吸をティラに合わせるようする。息を吸って吐く。


 ロンとの距離が2メートルをきったところで、ティラの体が一気に加速する。

 一瞬でロンの前へと突進し、そのままの勢いに大剣が振り下ろされる。


 リン以外の兵士は、ティラの速さに、その姿を見失いそうにまでなっていた。

 気がつけば、ロンに剣が迫っていた。


 だが次の瞬間、されらに急展開を迎えていた。


 ティラの大剣が宙に舞っている。

 そして地面に突き刺さる。

 ティラの手から、剣がなくなる。

 無手になったティラの背後にロンが立っている。

 ロンの持つ剣が首筋に突き立てられている。


「馬鹿な。そんな馬鹿なことがあるか」ティラつぶやく。


 ティラは全力をだしていた。

 もちろんロンに怪我をおわせるわけにはいかないので、寸止めが可能なかぎりの全力となるが、それでも充分な威力だ。


 その太刀をロンは完璧に見切っていた。

 その手に持つ剣で、ティラの大剣を弾き飛ばしたのだ。


 弾かれた衝撃は、とても強力だった。

 ティラは剣を持っていることができなかった。

 柄から手が離れ、剣を奪われてしまう。


 そしてロンは、態勢を崩し、剣を消失したショックを受けている隙をつき、素早く体をティラの背後にまわりこませる。


 流れるような動きだった。

 無駄がなく、スピードがあった。


 ティラはただロンが背後にまわるのを眺めるしかできなかった。


 そして、ロンは背後をとると、剣を突きだす。

 まるで蝶が花の蜜を吸うかのように、簡単に剣をだす。


 剣先は正確にティラの首をとらえる。


 ティラの全身に寒気が走る。

 小さく数度、震える。


 これほどの敗北は久しぶりだった。


 ここまでの圧倒的な力の差は、ありえないはずだ。

 ティラは上級剣士である。

 それもトップクラスの上級剣士である。


 その上級剣士に剣術で圧勝するなど、それはさらに上の存在でしか成し得ない。

 つまり剣聖である。


 剣聖でしかなしえないことを、目の前の下級魔法使いがおこなった。


 ティラは状況がまったく理解できなかった。

 放心状態で、そのまま地面を眺めているしかできなかった。


 ロンが強いことは認めていた。

 しかし、まさか単純な剣術でも自分が負けるとは。


 ロンは、剣をひく。

 鞘に剣をおさめる。

 カチンという小気味いい音が、夜の空気に響く。


 それまで静寂に包まれていた兵士たちが、一斉に歓声をあげた。

明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。

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