3話 剣士【ロン視点】
「なんでだよ。
なんでどいつもこいつも、こんな無能の味方をするんだ」
弟は僕への攻撃をあきらめ、剣をひいたかと思うと、怒鳴りちらしだした。
その声に驚いて、数匹のフクロウが夜空に飛びたつ。
「こいつは剣をまったく使えない木偶の坊だ。
役立たずの魔法使いだ。
剣の名家であるハルス家の面汚しだ。
それなのになんでこいつの肩ばかり持つんだ。
次期当主は俺だぞ。
どうして俺の言うことを聞かない」
弟の癇癪がはじまった。
こうなると弟は手がつけられない。
延々とわめきつづける。
息継ぎを忘れた犬のように吠えつづける。
こういうところが家臣に嫌われる原因なのだが、本人はそれがまったく理解できない。
僕は大きくため息をつく。
「なあ、ラガン。
おまえはいくつか誤解をしている。
まず僕は剣をまったく使えない木偶の坊ではないよ。
これでもハルス家の子供だ。
そこそこに努力は積んでいるんだよ。
ただジョブに恵まれなかっただけだ。
剣術にはあまり向かない魔法使いになってしまっただけだ」
「はっ、それが問題だっていうんだよ。
剣の使えない魔法使いなんて、害虫でしかない」
「だから、剣が使えないわけじゃない。
剣に向いていないだけなんだよ」
「だったら俺と決闘しろ」ラガンが剣を僕に突きつける。
「いいよ」と僕はこたえる。
それを聞いたリンが慌てる。
急いでとめに入る。
「ロン様、どうかお考え直しを。
ラガン様は上級剣士です。
剣技のためにある、優れたジョブです。
上級剣士と下級魔法使いの決闘とは、魚と石が水泳で競争するようなものです。
石は進むどころか、沈むことしかできません。
お気持ちはわかりますが、ここは引いてください」
リンが僕のまえにでてひざまずく。
「さすがに石は言いすぎじゃないかな」と僕は言う。
「いえ、石です。ロン様は石でございます」
「うーむ。じゃあ、せめて水に浮く軽石にしてほしいな」
「いえ、浮かびません。
鉄でできた風船のように、海底にへばりつくのみです」
僕はリンはひょっとすると味方ではなく、敵なのではないかと思った。
僕の心は大変に傷ついた。
海底にへばりつく、、、。
まあ、ハルス家では魔法使いはかなり見下されているからな。
「ロン様とラガン様は、模擬戦で剣の試合を何度かされているではありませんか。
一度として勝ったことがございますか。
いえ、ラガン様のみではありません。
剣術で誰かに一度として勝ったことがありますか」
僕は一度頭をかいたあと、剣の柄に手をそえる。
ゆっくりと剣を抜く。
「ロン様」というリンの声を無視して、僕はラガンの前に進みでる。
「ラガン、はじめよう」と僕はラガンに向けて剣を構える。
ラガンは口元を大きくゆがめて、笑みを浮かべる。
「いい度胸だ」
ラガンも剣を構える。
「次に狼の遠吠えが聞こえたら、それが決闘開始の合図だ」ラガンが言う。
「わかった」と僕はうなずく。
ぼくたちは耳をすます。
森は基本的には静かだ。
しかしこうして耳をすますと、いろいろな音が聞こえてくる。
風に吹かれ葉がすれる音。名もしれない虫の鳴く音。何かが地面に落ちるドサリという音。
フクロウが鳴いている。鹿の鳴き声も聞こえる。
そして狼が遠吠えする。
ラガンが剣を振りかぶる。
動作が大きい。
僕はラガンの喉元に剣を突き刺す。
喉を突きぬいたりはしない。
剣先を1mmだけ刺して止める。
ラガンの顔が真っ青になる。
声にならない叫びをあげ、口を開いたまま固まっている。
「たしかに剣術の試合では一度として勝ったことがない。
負けてばかりだ。
でもね、剣術の決闘なら僕の方が強いんだよ。
それも圧倒的にね」
僕はラガンの首元から剣を引いて、鞘におさめる。
ラガンが信じられないものを見るかのように、僕を見つめる。
ラガンだけでなく、リンも僕を見上げている。
「ラガン、わかっただろう。
もう帰ってくれ」
弟の剣を持つ手が、小刻みに震えだす。
カタカタと剣が音をたてる。
「魔法使いが、ふざけるなあ」
弟は剣を振りあげ、僕に斬りかかってくる。
僕は剣を抜いて、また、剣を鞘におさめる。
弟の剣の刀身が宙に舞う。
弟の手には折れた剣の柄が残される。
折れた刀身は森の暗闇の中に吸いこまれていく。
口の中の飴がちょうどなくなっていた。
ポケットから新しい飴を取りだし、包装をはがして、口の中に入れる。
僕は踵を返して、森の先へと歩きだす。
戦場へと歩を進める。
僕を追いかけてくる足音が聞こえる。
リンだった。
「申し訳ございません。
ロン様は石ではありませんでした」
リンは頭をさげる。
「魔法使いに対して偏見の多いハルス家にいたのだから、誤解は仕方ない」僕は笑顔で言う。
「はい。ロン様は軽石でした」
やはりこいつは敵かもしれない。
しばらくすると、後方からラガンの屈辱に満ちた雄叫びが聞こえてきた。
夜の森で、ひとり癇癪を起こしている弟の姿を思い浮かべた。
今夜のうちに、弟が無事に野営地に帰れるといいのだけど。
次回は明日の午前7時15分投稿予定です。