29話 VS雷帝1
雷帝シュルムは、目の前の光景を理解することができなかった。
自分はたしかに雷撃を放った。
百の雷を落とした。
光の攻撃は、わずかでも敵に触れれば感電をする。
殺傷能力は低いが、簡単に戦闘不能におとしいれることができる。
しかしその雷撃を放ったにもかかわらず、敵が立ったままでいるのだ。
一撃必勝の魔法が無効化されていた。
かつてこんなことは一度としてなかった。
雷魔法さえ使えば、それで勝敗はついた。
だが今、それが破られる。
雷魔法を防がれた。
シュルムは、空中に浮かぶ剣をにらむ。
雷撃が防がれた理由は、すぐにわかった。
雷が剣に直撃し、そのまま放電してしまったのだ。
雷は高いところにあるものに落ちる性質がある。
特に金属に落下しやすい。
敵は剣を浮かべることで、雷をそちらに誘導したのだ。
避雷針の原理を使った、雷撃の対抗策であった。
浮かべられている剣は、戦闘不能になった兵士たちが落としたものだった。
剣を浮かべているのは魔法だ。
シュルムはそれをおこなっている魔法使いを探す。
敵軍の中心にいる、ひとりの若者に目がとまる。
まだ随分と若い。
おそらく10代だろう。
魔法の劣るアステル国に、これほどまでの魔法使いがいるとは。
敵ではあるが、ロンに素直に賞賛を感じる。
50もの剣を浮かせる技術は、超絶的だ。
剣50本の重量は相当なものになる。
雷魔法に対する理解もかなりある。
かなりの魔法対策の知識を持っているはずだ。
魔法文化の廃れたアステル国において、魔法の知識を手に入れることは難しい。
それだけでも相当な苦労があったはずだ。
シュルムはロンの腕を仔細に観察する。
そこに震えなどはなかった。
肉体的異常はきたしていないようだった。
信じられないことだったが、敵の魔法使いはこれほどのことをしておきながら、まだ余裕があるようだった。
次にまた雷撃を放っても、同じように防がれる可能性が高かった。
シュルムは敵国の魔法使いに、あらためて感嘆をおぼえた。
しかし、シュルムはまだ知らなかった。
無敵の雷魔法を防いだのが下級魔法使いであるということを。
上級でも、中級でもない、ロンは魔法使いの底辺である下級の魔法使いであったのだ。
これがロンの凄さであり、異常さだった。
シュルムは再度、雷撃を放つ。
結果は予想どおりであった。
宙に浮く50の剣が的確な位置に移動し、雷撃を刀身に誘い、放電させる。
百の雷は空中に霧散する。
「名を聞かせてもらえるか」
ロンに語りかける者がいた。
突然、声が聞こえた。
しかし、その声はロンにしか聞こえていなかった。
それはシュルムの声であった。
シュルムがロンに念話で語りかけたのだ。
脳へ直接語りかける、テレパシーのような魔法を使ったのだ。
ロンは最初こそ驚いたが、念話の存在は知っていたので、すぐに順応する。
アステル国では失われた念話の技術を目の当たりにして、感動すらしていた。
「ロンと言います」ロンは初めて蓄音機に話しかける時のような声をだす。
その声はどうやらちゃんとシュルムに届いたようだ。
「ロン? ハルス家のロンか?」シュルムはたずねる。
「はい」とロンはうなずく。
「なるほど、とシュルムはしばらく黙る。
「ロンよ。降伏をしないか」シュルムが言う。
「お前は優秀だ。
それほどの魔法技術を持ったものは、ゴデル国でも少ない。
ゴデル国はお前のような優秀な人材を求めている。
ハルス家は剣聖の家系だろう。
そこの息子であるお前が魔法使いであることが、どれほど肩身の狭いことか、想像に難しくない。
もともとアステル国には魔法使いに対する差別がある。
ハルス家では特にひどい。冷遇を受けているだろう。
ゴデル国では、決してそのようなことはない。
魔法使いはむしろ優遇される。
たとえ敵国の剣聖の息子であろうと、お前は歓迎されるだろう。
アステル国という魔法の劣った国で、それほどの力をつけるのには、尋常でない才能と、絶え間ない努力が必要だ。
俺はお前を深く尊敬する。
よくそのような環境で、ここまでの魔法使いになったと。
どうだ、降伏をしないか?
もちろんお前の部下たちへも手を出さない。
無事に本国へ返還させる。
悪い話ではないだろう」
ロンはシュルムの言葉に驚いた。
ロンはこれまでの人生で基本的に評価されることはなかった。
なにしろ家を追放されるほど無能だったのだから。
なので素直にシュルムの言葉を嬉しく感じた。
ゴデル国に行けば、もしかすると活躍の場が用意されているかもしれない。
充実した生活を送ることができるかもしれない。
しかし、ロンはゴデル国で暮らしたいとは思わなかった。
ゴデル国はたしかに魔法使いが優遇されている。
しかし、今度は反対に剣士が冷遇されているのだ。
それでは、ロンの望んでいる未来とはならない。
剣士だの魔法使いだの、そんなものに振りまわされない社会がロンの望みであった。
「すいませんが、僕はゴデル国に行くことはできません。
お言葉だけありがたく頂戴いたします」
ロンは丁寧にこたえる。
「それに降伏する理由もないので。
なにしろこの戦いは、僕たちが勝利をするのですから」
ロンはそう続ける。
不敵な笑みが、ロンにも浮かぶ。
明日も午前7時15分に投稿予定です。




