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28話 衝突

 数百の氷の矢が降り注ぐ。


 しかし、その矢をティラとリンのふたりは、簡単に薙ぎはらい、避ける。


 ティラが剣を一振りすると、数十の氷が砕け散る。

 リンは迫り来る氷の矢を、体に触れる直前で回避する。


 氷の弾幕を意に介せず、一気に距離を詰めてくる女の戦士ふたりに、ゴデル軍の魔法使いは狼狽する。


 魔力の残量など気にせずに、急いで魔法を放ちつづける。

 水車の歯車が回転するように、ただただ魔法を放つ。

 水勢以上に魔力を放出しようとする。


 しかしふたりの化け物が、足を止めることはない。

 放たれた魔法はことごとく斬られ、かわされる。


 ティラの剣は凍りついている。

 氷の塊が剣にはりついている。


 しかし、そんなことはおかまいなくティラは剣を振る。

 氷の重みで、剣はかなりバランスの悪い重量をしているはずなのに、その影響はまったくない。


 刃は切れ味がほとんどなくなっているはずだ。

 しかし、氷の矢を砕くには、なんの問題もない。


 ティラの剣はいつしか棍棒のようになっていた。

 氷の棍棒。


 ティラは鬼のように、棍棒を振りまわす。

 まるで棍棒が最初から自分の武器であったかのように。


 リンの動きを捉えられるものはいなかった。


 氷の矢は一斉に降り注いでいるのだ。

 それをかわすなど不可能なことのはずだった。


 雨の日に傘もささずに外に出るようなものだ。

 濡れないはずがない。

 雨つぶひとつひとつを避けられるはずがないのだから。


 しかしリンはすべての氷の矢をかわしていた。


 矢がぶつかると思われた瞬間、リンの体は消えていた。

 姿勢を変え、矢を避けている。

 氷の矢は地面にそのまま落下する。


 リンは予知能力のある蜂のように、氷の矢をすり抜ける。


 500対2の戦闘は、2が優勢になっていく。

 ティラとリンというふたりの前に、500の名の魔法使いが劣勢へと追い込まれていく。


 ふたりの姿を見て、ロンは微笑む。

 さすがと思う。

 あのふたりの強さはやはり別次元だった。


 後方の敵はこれで問題でなくなった。

 ふたりであれば、500の軍を殲滅してくれるだろう。


 しかし、一点気になることもあった。

 リンの動きである。


 ロンの魔法により強化されている彼女にしては精彩を欠いていた。

 本来の彼女であればもっと圧倒的であるはずだった。


 今の彼女はティラと同レベルの化け物だった。

 ティラも充分に強いが、リンの強さはそういうレベルではない。

 誰かと比べられるようなものではないはずなのだ。


 原因は二日酔いだ。

 昨日飲んだ酒がまだ影響しているのだろう。


 激しく体を動かしたあとに、こみ上げてくるものを抑えこむモーションが入る。

 いつもでは考えられないことだが、リンの呼吸が乱れている。


 人生で初めてのお酒で、アルコール度90%以上のものを一気飲みしたのだ、当然の結果といえば、当然であった。


 彼女が遅れをとることはなさそうだったが、500名の兵士を撃退するにはある程度の時間を要しそうだった。


 ロンは前方を見る。


 1,000の敵が迫ってくる。

 敵が魔法の一斉攻撃を仕掛けてくるのは、もうすぐだった。


 リンとティラのおかげで、背後の心配はなくなった。

 残るは前である。


 しかし、前方が最大の問題であった。


 敵の進行が止まる。

 まるで天才ドラーバーの駐車のように、ぴったりと停止する。

 1,000の魔法使いが、全員左手を上がる。

 手のひらを天にかざす。


 すると、ゴデル軍の上空5メートルの位置に、火の玉が浮かび上がる。

 1,000の炎がゆらめく。


 全員が上げていた左腕を下ろす。

 次に、右腕を上げる。


 1,000の火の玉の一段上に、もう1,000の火の玉が生まれる。


 炎に炎が重なり、熱量が増す。


 ロンたちから見ると、まるで空中で地獄への扉が開き、火炎が漏れ出しているかのような眺めだった。


 魔法使いたちが、右手も下ろす。

 ゆっくりとした動作だった。


 すべての魔法使いの腕が完全に下されると、火の玉が弾ける。

 第4大隊に向けて、突進してくる。


 もはやそれは、火の壁であった。


 第4大隊の兵士たちは腰に下げた水筒を素早く取りだす。

 ふたを開けて、中の水を頭からかぶる。


 そして、炎に臆するではなく、むしろ、その炎へ自ら走りだした。

 剣を突き出し、火の玉を貫いていった。

 剣に貫かれた炎は弾け散る。


 火の粉が舞う。

 その火の粉もまた、兵士たちを襲う。


 服に燃えうつるのだ。

 しかし、第4大隊は臆しない。

 多少の火傷なら無視をする。

 そのまま前進をつづける。


 服に炎が大きく燃え広がるようであれば、周りにるものが消化を手伝う。

 布で炎をはたき、抑えこむ。


 第4大隊は、あれほどの火力の魔法でも、止まることはなかった。

 突進のスピードを緩めず、魔法使いへと一気に距離を詰めていく。

 敵の魔法使いは、第4大隊の迫力に驚きを禁じえなかった。

 あの炎を受けて、どうして怯まないのか、理解できなかった。


 急速に接近してくる第4大隊に、魔法使いの心は焦る。

 それは魔法の精度を落とすことにも繋がった。

 次に放たれた火の玉の威力は、一撃目よりもずっと、劣ったものだった。

 火力も弱いし、発射のタイミングもずれていた。


 おかげで、2撃目を第4大隊は難なく乗り越えることができた。


 あと数撃耐えれば、接近戦に持ちこめる。


 ロンすら第4大隊の突撃の速度に驚いた。

 しかし考えてみれば、当然であった。


 何しろ一昨日は、2千の兵の氷魔法を耐え抜いているのだ。

 今回の敵は1千である。半分しかいない。


 さらに、ロンの身体強化魔法が全員にかけられている。

 魔法の一斉射撃を耐えきることは、現在の第4大隊にとって、そこまで難しいことではなかったのだ。


 第4大隊に勝機が見えた。

 しかし、次の瞬間それはもろく砕け散る。


 落雷が落ちる。

 一筋の雷ではない。

 百近い光が走る。

 第4大隊に降り注ぐ。


 雷帝シュルムの雷撃魔法だ。

 ゴデル国でも使えるものは彼しかいない。

 ユニーク属性の魔法。

 雷を操る魔法。


 光の速さで襲いくる攻撃は、回避不可能だった。

 そしてその雷撃に触れるだけで、電流が全身に走る。


 雷の直撃した100名の兵士が、倒れこむ。

 50名ちかい兵士が意識を失い、地面に突っ伏してしまう。


 直撃を受けても、意識を保っている者も半数はいたが、苦痛に顔をゆがめ動けずにいた。


 死者はいなかった。

 雷一発では致死に達するダメージはないようだ。


 しかし、100名の兵が一気に戦闘不能となった。


 第4大隊の進撃は急停止をする。


 第4大隊は、次の炎の弾幕を、動けなくなった仲間を守りながら防がないといけなくなった。


 2,000の炎が第4大隊に襲いくる。


 第4大隊の兵士たちは、それをなんとか凌ぎきる。


 しかし、炎の静まったその頭上には、またも百の稲妻が轟いていた。

 見上げる兵士たちの表情が、絶望に染まる。


 上空にまばゆい輝きが走る。

 視線が一瞬、白い光に占領される。

 兵士たちは、何もできずに目をつむる。

 雷の直撃を覚悟する。


 しかし、第4大隊の兵士たちが、視力を取り戻した時、稲妻は消えていた。

 味方は誰も倒れていない。

 稲妻のみが、消えさっていた。


 第4大隊の兵士は無傷だった。

 そのことにハルス軍もゴデル軍も驚く。

 雷帝シュルムの手から、馬の手綱がこぼれおちる。


 上空には、剣が浮いていた。

 50本の剣が飛んでいたのだ。


 まるで糸で吊るしたかのように、剣が宙に固定されている。

 マジシャンの持つスティックのように。

 どうやらこれがシュルムの雷を防いだらしい。


 第4大隊にこんなことができる人物はひとりしかいない。

 なにしろ魔法を使えるのは彼のみなのだから。


 兵士たちは、司令官のほうを向く。


 そこには魔法で剣を操るロンがいた。


「雷の対処法は、ずいぶん昔から知れわたっているからね。

 意外と雷帝シュルムの雷魔法にも弱点はある」


 ロンはそう言った。

明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。

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