27話 戦略の結果
ロンがそれを見た時、昨日ティラに偉そうに自分の策を講釈したことを、ひどく後悔した。
たしかにロンの仕掛けた策に、人々はかかった。
ハルス家は、ゴデル軍の本陣に出軍したし、ゴデル軍もハルス家の本陣へと出軍した。
互いに争わせて、戦力を分散させた。
ロンの思惑どおりに物事は進んだ。
しかし、物事がロンの思惑どおりに進んだからといって、その結果がロンの予想どおりのものになるわけではない。
想定していない事態は起こりうる。
「それにしても、これは完全に意外な行動だな」
ロンは後方に現れた敵影の姿に、つぶやく。
頭をかく。
どうして彼らが再び現れたのか、まったく理解できなかった。
敵影は、昨日ロンたちに撃退された残党であった。
昨日生き残った敵兵500が、撤退をやめ、引き返してきたのだ。
あれほどの大敗をきしたというのに、どうしてまた戻ってきたのだ。
これでは、昨日に第4大隊がおこなった奇襲と同じではないか。
撤退したと思っていた軍が、再度襲ってくる。
ロンは嫌な予感に目を細める。
「前方にも敵影」ひとりの兵士が叫ぶ。
この言葉にロンの嫌な予感が当たったことを知る。
「その数、1,000です。増援です。
敵の増援が現れました」
前方に1,000と後方に500の敵兵。第4大隊は敵に挟まれていた。
敵の挟撃体制は整っていた。
そして、前方に見える1,000の敵影の先頭には、彼の姿があった。
雷帝シュルムがいた。
体高が2メートルを超える巨馬に騎乗している。
不敵な笑みを第4大隊に向けている。
ティラが恨めしそうに、ロンをにらんでいる。
まあ、昨日あれほど増援はないと力説したので、当然である。
ロンは、「ごめんなさい」とぺこりと頭を下げる。
兵の数は、1,500の3倍。
しかも前後を挟まれてしまっている陣形。
そしてゴデル軍の英雄シュルム。
すべてが最悪の状況だった。
昨日の大逆転勝利から一変、さらなる絶体絶命が、第4大隊に降りかかってきた。
ロンは第4大隊の全兵に強化魔法をかける。
兵士たちは、手に持つ各々の剣を強く握る。
兵士たちの表情にまだあきらめはない。
ロンはその姿にあらためて第4大隊の強さを知る。
兵士たちのその姿に、ロン自身が励まされる。
この第4大隊なら、まだ勝機はある。
ロンはそう確信する。
ロンはゴデル軍の先頭に立つシュルムを見る。
シュルムのニヤついた顔をにらむ。
「その笑顔、凍りつかせてやる」
そしてロンはリンとティラを呼ぶ。
ロンはふたりの目を見る。
ふたりとも、ロンの瞳を見つめ返す。
「リン。ティラ。
ふたりにやってもらいたいことがある」ロンは言った。
ロンが増援は来ないと判断したのも当然であった。
事実、増援を送る兵などありはしないはずだったのだから。
賢者バスラは、ハルス家本陣に7,000の兵を送っている。
つまり、ゴデル軍の本陣には1,000の兵しか残していないのだ。
本陣には1万の兵が攻めこもうとしている。
その差は10倍だ。
ところが、賢者バスラはその残った1,000の兵を、第4大隊撃退の増援として、さらに送りだしたのだ。
自らの親衛隊である50名のみを残して、その他の兵士をすべて増援として出撃させた。
1万の兵が攻めてこようとしているのに、それを迎え撃つのは50名のみ。
200倍の数の差が生まれた。
これはもはや正気の沙汰ではなかった。
たとえどれほど優れた賢者であっても、1万の兵を相手にしては生きてはいられない。
伝説の大魔法を使えたとしても、千の兵を倒すのがせいぜいだ。
一発の魔法で千の兵士を倒すのだから驚異的ではあるが、万の敵の前では、力不足である。
一割を削ったとて、軍の勢いは衰えることはないだろう。
そして大魔法は連発もできない。
一回放つのに、長い時間が必要だ。
相手が剣士では、その間に距離を詰められ、もはや魔法を放つどころですらなくなる。
にもかかわらず、賢者バスラは本陣にほとんど兵を残さなかった。
世話役の老兵に言ったように、まるで本当に自分ひとりで1万の兵を相手にするかのように。
このような狂気の行動は、いくらロンであっても予想することは不可能だ。
ロンが増援はないと判断したのは、仕方ないことだった。
しかし、ロンはこれがチャンスであるとも考えていた。
敵は明らかに兵のバランスが取れていない。
本陣が手薄すぎる。
もしもこの危機を乗り越えれば、戦局は大きく自分たちに傾くだろう。
ここが正念場だ。
「この第4大隊は、僕の想像以上に強い。
その実力は未知数だ。
まだまだ力を発揮できると考えている。
第4大隊はハルス家の部隊の中でも、群を抜いて強いと思う。
理由はおそらく、トド隊長だろうね。
あいつはかなりのサディストだった。
とてつもなく過酷な訓練を課されたはずだ。
ジルとレムの話を聞いたので、だいたいの想像がつく。
その苛酷な訓練に耐え抜いた兵士たちだ。
優秀なのも納得だよ。
そのなかでも、リンとティラは特にその強さの底が見えない。
まあ、リンはトド隊長のしごきは受けてないけどね。
とにかく、ふたりの強さは特別だ」
ロンはそこで一旦話をきる。
そして後方の、敵影の方を向く。
「僕はふたりを本当に高く評価しているんだ。
たとえば、500対2でも、勝ててしまうのではないかと、考えるぐらいに」
ロンは、後方を振り返っていた姿勢を戻し、またリンとティラへ視線を向ける。
リンとティラは、笑っていた。
「了解」と、ふたりは同時に言った。
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。




