26話 戦略
ロンの計画はうまく進んでいた。
ロンの描いたレールの上を、すべての物事は走っていた。
ハルス家の魔道具を止めることで、ゴデル軍本陣への攻撃へと誘導した。
ゴデル軍は防衛のために、第4大隊へ向けての増援の兵を送る余力が無いようにした。
絶対にないようにしていた。
しかし、ティラはここに疑問を持っていた。
はたして、増援は絶対にないと言いきれるのだろうか。
ハルス家も馬鹿ではない。
まだその実力が未知数である賢者バスラに対して、いきなり全軍を投入することはないだろう。
食料の危機で焦っているとはいえ、そこまでの無謀はしない。
おそらく敵と同数より少し上の、1万程度の兵を出撃させるにとどまるだろう。
するとアステル国1万対ゴデル国8千の戦闘となる。
若干は数的優位ではあるが、決定的な差ではない。
敵国には賢者バスラがいる。
伝承では賢者の力は、ひとりで兵士5千人分とまで言われている。
つまり、1万対1万3千の兵力と考えることもできるのだ。
3千の兵力の余裕が、ゴデル国には生まれる。
第4大隊対して、その3千兵を増援として送る可能性は充分にあった。
全滅の危機にあった第4大隊に、活気づかれるのは得策でなかった。
殺し合いでは、仕留められる時に、しっかりと仕留めておかないといけない。
第4大隊がもしもここで窮地を脱してしまうと、戦全体の流れ自体が変わってしまう可能性すらあった。
戦争において雰囲気というのは重要だ。
どんなに危機的状況になっても、第4大隊のように一発逆転があるかもしれない。
そういう希望の種を敵に与えることになってしまう。
ティラは、増援が第4大隊に向けられる可能性を、否定できなかったのだ。
むしろ、増援が来る可能性の方が高いだろうと考えていた。
「ロン。どうして増援が来ないと言いきれるのだ」
ティラは会議後にロンとふたりになったタイミングできいてみた。
ロンだって、本陣襲撃だけで、増援がなくなるとは考えてないはずである。
「実は、他にも策をうってあるんだ」とロンが言った。
「敵にハルス家の本陣では、魔道具が停止しており、基地として機能していないと知らせてあるんだよ。
第4大隊のひとりをわざと捕虜としてつかまらせている。
あの渓流の崖の上での話だ。
あの時に、崖に飛びこまずに捕虜になっている者がいるんだ。
高所恐怖症で、どうしても飛び降りることができず、自ら捕虜として降伏したというストーリーだ。
その捕虜には、生かしておいてくれる条件として、本陣の情報を漏らすように指示してある。
つまり、魔道具が使えないことを話す。
すぐに鵜呑みにはしてくれないだろうけど、魔道具が使えてないことは、少し調べればすぐに確証できるだろう。
敵の本陣が魔道具を使えないとわかると、どうなるだろうか。
敵の司令官が考えることは歴然だ。
これは大きなチャンスだ。
この機会に攻撃を仕掛けない手はない。
そう考える。
兵の数が4分の1にまで減らしている瀕死の第4大隊など、もはやどうでもいい。
戦場を一気に勝利に導ける、本陣への攻撃を優先するだろう」
「なるほど」とティラがうなずく。
たしかに、それならこちらに増援を送る兵の余裕はない。
そんな兵がいるのなら、本陣への攻撃にまわすはずだ。
「ただし、1万の兵が本陣に迫っている。
賢者バスラはこれにも対処しないといけない。
8千の兵しかいないゴデル軍には、それほど多くの兵を本陣に送れない。
おそらく、3千の兵を本陣に送るだろう。
多くても、5千程度だ。
対する、ハルス家の本陣には1万8千の兵がいる。
さすがにこれでは、勝負にならない。
だから、今回の攻撃ですぐに決着がつくことはないだろう。
しかし、魔道具が機能しておらず索敵能力の低下している今、遠方からの魔法攻撃は簡単に当てることができる。
そこで、奇襲で魔法を一発放って、即撤退という形をとると思う。
これで、本陣の主力部隊にダメージを与えることができる。
剣士の集団には、遠方からの魔法攻撃は防ぐ手立てがない。
すぐに撤退されては反撃もできない。
ただ被害を被ってお終いである。
反対に、ゴデル軍としては、一方的に攻撃できる絶好のチャンスだ。
そして、ここで大切になってくるのが、奇襲で行う魔法攻撃の威力である。
どれほど強力な魔法を打てるかで、敵の本陣の被害が決まる。
魔法使いの人数は多いほうがいいし、それ以上に、優種な魔法使いの大規模魔法がもっとも効果的だ。
大規模魔法は発動までに時間をかなり要するが、時間は今回はまったく問題ない。
ゆっくりと魔法の準備をすればいい。
賢者バスラの大規模魔法が、一番威力があるのだろうが、さすがにこのタイミングで総司令官が本陣を移動するわけにはいかない。
そうなると、必然的にあいつが動くことになる」
「雷帝シュルム」とティラがつぶやくように言う。
「今回の戦いでもっとも気をつけるべき人物は、当然、賢者バスラだ。
ゴデル国には3人の圧倒的強者がいる。
ゴデル国皇帝であるゴデル3世、ゴデル国の剣聖ムヒド、そして200年ぶりに生まれた賢者バスラだ。
この3人がゴデル国の3強である。
この3人の次に実力があるのが、雷帝シュルムだ。
ラインバ戦線の英雄として有名だが、それ以外にも数々の武勲をたてている。
ゴデル国が勝利をおさめた戦闘の3分の1は、実はこのシュルムが指揮したものだ。
戦争での戦果でいえば、ゴデル国一である。
一部ではすでにゴデル国の4強とまで言われている。
近い将来、3強と肩を並べてもおかしくない存在だ。
そして、このシュルムが今回の戦争に参加していることは、開戦当初からわかっていた。
敵軍には賢者バスラだけでなく、シュルムという化け物もいる。
今回の戦争では、シュルムの動向はつねに気をつけないといけない事柄だった。
ハルス家本陣への攻撃部隊の指揮官だが、間違いなくシュルムになるだろう。
3千対1万8千という、圧倒的数的不利の攻撃である。
そして、ここで与えられるダメージが、今後の戦線に大きく影響を与える。
シュルム以外に考えられない。
第4大隊へ向けて、このタイムングで敵の増援がくることはたしかに厳しい。
でも、現在の第4大隊の実力なら、増援が来たとしても何とかなる可能性がある。
ただ、その増援のなかに、シュルムがいたら話は別だ。
それはもう絶対的な危機になる。
そのシュルムと戦わずにすんだだけで、この作戦は大成功なんだよ。
僕が、増援がない、あったとしても問題ないと判断しているのは、そう言った理由があるんだ」
ティラはロンに向けて、肩をすくめる。
「なるほど。二重に策をうっていたのだな」
「剣の腕がなかったからね。
なんとかそれを補おうと、悪知恵ばかりが働く」
ロンは頭を、指先で軽くたたいて笑う。
「それに策は二重じゃない。
すでに何重にもかけてあるんだよ」ロンは言う。
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。




