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24話 全面戦争

 ゴデル国の総司令官である賢者バスラは、部下の報告にすぐには返事ができなかった。


 20才を超えたばかりだろう、まだ初々しさすら残る兵士の言葉は信じがたいものだった。


「アステル国の1万の兵がこちらに攻めこもうとしているというのか。

 見間違えではないのか」


 バスラはとりあえず聞き返す。


「はっ。たしかにアステル軍であります。

 ハルス家のラガンの姿も確認できています」


 バスラは考えこむ。

 沈黙がおりる。

 若い兵士は、賢者バスラの顔を見る。


 賢者バスラは実はこの若い兵士よりも、さらに若い。

 18才である。


 しかし、その外見からは、そうは思えなかった。

 輪郭に丸みはなく、鋭い端正な顔をしている。

 落ち着いた雰囲気をまとい、貫禄も備わっていた。


 白い肌のみずみずしさは、たしかに10代のものだったが、それ以外は20代も後半と言われても信じることができた。


 そんな若い司令官、それもゴデル国トップ3に入る存在を、若い兵士は、不思議な高揚感とともに眺めていた。

 あの天才と直接話しているのだと、あらためて実感していた。


「なぜ、こんなタイミングで攻めいってくる。

 明らかに時期尚早だ」


 バスラは、誰も聞き取れないほどの小さい声で呟く。

 その後、静寂がまたしばらくつづく。


 するとひとりの老兵が口を開く。

 彼は大隊長のひとりで、まだ若く経験の少ないバスラの相談役として、ついてきた者だった。


「敵の捕虜のひとりが、身の安全と引き換えに情報を提供してきました。

 まだ、現在確認中なのですが、かなり信用できる内容かもしれません。


 その捕虜が言うには、アステル国の本陣にある魔道具が、何らかのトラブルですべて停止していると言うのです」


 バスラは一昨日の夜のことを思い出した。

 アステル軍本陣の見張りをしていた兵士から、灯りが消えたと報告があったのだ。


 どうして灯りを消したのかは不明だった。

 タイミング的には意図的に行ったことではないように思えた。


 魔道具がすべて停止したとなると、つじつまが合う。


「どうして魔道具が停止したかはわかっているのか?」


「どうやら、ひとりの魔法使いがいなくなったようです。

 もちろん代わりの魔法使いを手配はしたようです。


 しかし、使われていた魔道具はどうやら高度な作りになっていたようで、他の魔法使いでは扱えなかったとのことです」


 バスラはそれを聞いて、また黙りこむ。

 口のまえに手をそえて、チェスの駒でも見つめているように、視線を動かさない。


 アステル国は剣を中心とした国である。

 魔法使いは、人数が少ない。

 優秀な魔法使いとなると数えるほどしかいない。


 そんな国で魔道具の使い手が、何かのハプニングでいなくなる。

 魔道具の使い手が失われる。


 そのような状態になった時に、すべての魔道具が停止するということは充分ありえるのではないだろうか。

 あの国では、優秀な魔道具使いの代わりを見つけるのは大変なことだろう。


 アステル軍本陣は本当に、魔道具が停止しているのかもしれない。


 そう考えると、この急な襲撃も理解できる。


 魔道具をつかえなくなっては、基地が維持できなくなる。

 もって一週間程度だろう。


 つまりアステル軍は、一週間のうちにこの戦争の決着を着けないといけない。

 アステル国が急に1万の兵を本陣にぶつけてきた理由が、これで解消される。


 バスラは椅子から立ち上がる。

 右手にある棚の、2番目の引き出しを開ける。

 そこには書類がぎっしりと詰まっていた。

 その書類をしばらくめくりつづけ、一枚の用紙で手を止める。

 それは昨日の夜のアステル国の野営地の状況報告書だった。


 バスラはその報告書に目を通す。

 そこには、アステル国の野営地には灯りがまた灯っていたと書いてあった。


 しかし、それは魔道具の放つ光ではなく、松明の炎の明かりだったと記されている。


 ここで、バスラはアステル国が現在魔道具を使うことができないと確信する。


 バスラは立ち上がり、老兵へと視線を向ける。


「こちらも敵の本陣へと攻めこむ」バスラは言う。


 老兵は最初、バスラの言っていることの意味がわからなかった。

 現在、1万の敵兵が攻めてこようとしているのに、その本陣を手薄にして、敵へと攻撃を仕掛けようとしている。

 数的優位に立っているのならまだしも、こちらの本陣には8千の戦力しかない。

 数で負けているのだ。


「敵の本陣に、7千の兵を送る」


 老兵は驚愕のあまり、表情が固まる。

 首を大きく左右に振る。


「ちょっと待ってくだされ。


 1万の敵が攻めてきているのですよ。

 7千も出兵させては、ここには千しか残らないではないですか」老兵は叫ぶ。


 しかし、賢者は老兵の言葉を無視し、話を進める。


「アステル軍の本陣には1万8千の兵士がいる。

 その半分以下の兵で、攻めることになる。


 しかし、今回はあの方に出陣してもらう。

 あの方なら、2倍強の敵も難なく打ち倒すことができるだろう。

 もちろん、剣聖ハルスもな。


 魔道具が使えない状態の今がチャンスなのだ」


 バスラはテントの端に、立てかけられている、剣を見る。

 その剣は大きく、アステルの身長にするら届きそうだった。


「バスラ様、どうか私の質問に答えてください。

 現在攻めてきている1万の兵はどうするのですか。

 1万です。

 7千の兵を出してしまっては、1千の兵で迎撃しないといけません。

 10倍の敵です。


 あまりに酷い数的不利です」


 老兵は身をのりだす。


 バスラは、大剣のもとへ足を運ぶ。

 大剣の柄に、軽く手をのせる。


 そして老兵に振り向くと、その顔には笑顔が浮かんでいた。


「大丈夫だ。

 1万程度の敵なら、僕ひとりでなんとかなる」


 そうバスラは言った。

明日も午前7時15分に投稿予定です。

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