22話 追放後2
ロンのいなくなった、ハルス家の本陣では、深刻な事態がつづいていた。
使えなくなった魔道具のためにひっきりなしに起こるトラブルの対応に、兵士たちは疲れはてていた。
食料は次々に腐っていく。
警備体制は隙間だらけである。
照明に使っているランプのオイルが切れかかってる。
解決すべき課題が、解決できずに積み重なっていく。
当主であるハルスには、この事態に対する早急な対策が必要だった。
そしてある決断をする。
家臣を集め、ハルスは、その決断を伝える。
「明日、敵本陣に攻めこむ」ハルスは言う。
食料はもってあと一週間だった。
兵士たちの士気も低下してきている。
ハルスに残された時間は少なかった。
このままでは撤退を余儀なくされる。
解決方法はもはやこれしかなかった。
短期決着である。
一週間以内に、敵軍を殲滅してしまうしかなかったのだ。
本来であれば、まだ攻めこむのは時期尚早であった。
敵の戦力の把握すらも終わっていない。
ましてや第4部隊があっという間に追いやられたばかりである。
そこには理由があるはずで、まずはその判明が必須であった。
しかしもうそんなことは言ってられない。
ハルスには時間がなかったのだ。
本丸に攻めこみ、一気に決着をつけざるおえない。
一見無謀な出撃であるが、それを聞いた家臣たちは反対しなかった。
家臣たちも状況を理解していたし、なんといっても、やはり魔法使いの力をみくびっていたのだ。
魔法は便利な部分もあるが、戦いには不向きである。
そう思いこんでいる。
事実これまでの戦争ではそうであった。
ゴデル国との争いは、十数年続いているが、アステル国が勝利することが多かった。アステル国が優勢であった。
また、ハルス家が参加した戦闘で敗北はなかった。
そのため誰もが楽観視をしていたのだ。
しかし、ひとつだけ引っかかることもあった。
「賢者バスラの対策はどういたしましょう」家臣のひとりロイエンが言う。
ロイエンはティラの父親である。
ハルス家のNo2と言われており、事実それにふさわしい実力がある。
2メートル近い長身であり、筋肉が盛りあがって肉体は、見るものを威圧する。
この巨漢から振り払われる剣はすべてを薙ぎ払った。
しかしロイエン自身は自分がNo2だとは思っていなかった。
すぐ近くに自分よりも強いであろう存在を知ってしまっていた。
娘のティラである。
父親に気をつかってか、手合わせのさいにはいつも本気を出していなかった。
ロイエンに勝ちを譲っていた。
しかし父の目からは、手を抜いていることは明白であった。
ロイエンはティラがNo2であろうと確信していた。
当主のハルスもロイエンがNo2でないと知っていた。
しかしNo2はティラではない。
従者であったリンである。
ハルスのみがリンの実力を正確に知っていた。
だからこそ優遇してきたのだ。
リンさえいれば、たとえ当主の自分がいなくなったとしても、ハルス家は安泰だとすら考えていた。
なので、息子のラガンから、リンがロンについていったと聞いたときは絶望をした。
ロンの追放は、本陣の機能停止を招いただけではなく、ハルス家にとってもっとも重要な人物まで失うこととなってしまったのだ。
リンはなんとしても連れ戻さないといけない。
しかしとりあえずは、この戦争に決着をつけることが先決だった。
第4大隊は敵兵に囲まれ危機的状態である。
だがリンのみなら、生き残ることはさほど困難ではないだろう。
そしてもしかすると、ロンを守り抜くことも可能かもしれない。
この段になると、ハルスはロンを追放したことが誤りであったことを悟っている。
ロンが何やらいろいろな魔道具を持ってきているのは知っていた。
それらがそれなりに便利であることもわかっていた。
だからこの戦争でもその道具を持ってくることを許し、使用することを許していた。
剣至上主義であるハルスは魔法を嫌っており、魔道具も好いてはいなかった。
しかし魔法が便利であることも事実であった。
家臣や市民は、魔道具のない生活など考えられないぐらいに依存している。
魔道具は道具であり、魔法ではない。
動かすのに魔力は必要だが、それは機関車を動かすのに石炭が必要なのと一緒だ。
ハルスには自分で石炭を鉱山から掘りだし生成することはできない。
それでも機関車を走らすことができる。
石炭は売っているのだから。
魔力も一緒だ。
魔法使いから買っているだけだ。
魔法使いのことが嫌いでも、その人間が生きている以上、かかわらずに生活することは難しい。
間接的にはどうしても接点ができてしまう。
それに石炭を買うのは自分ではない。
部下が勝手にやっていることだ。
ハルス自身が魔法に頼っているわけではない。
ハルスはそう自分に言い聞かせ、魔道具の使用を納得させていた。
ロンの魔道具もその延長線上にあり、自分の見えないところで勝手にやってくれという感じに扱っていた。
しかし、そのロンの用いる魔道具は優秀だった。
呼び寄せた魔法使いによると、その構造の複雑さから、誰にでも扱えるものではないらしい。
現状はロンにしか動かすことができないらしい。
上級魔法使いがいたとて、その魔道具を動かすのは難しいようだった。
ロンは下級魔法使いではあったが、劣等ではなかった。
魔道具を扱わせたら天才であった。
そして、おそらくあそこにはまだまだ優秀な魔道具が眠っているはずだ。
ロンさえいれば、それらを使うことができた。
ロンは追放すべきではなかった。
ハルスは、今では明確にそう思い、追放したことを後悔していた。
もしも生きて戻ってくるようなことがあるとすれば、また迎えいれても良いと考えていた。
それどころか、ハルス家の当主の座を、弟のラガンではなく、ロンに継がせてもいいとすら考えていた。
ロンを追放した夜、ラガンはそれを追った。
おそらく、痛めつけてやろうと考えたのだろう。
しかし、どうやら返り討ちにあったらしい。
どのような方法を使ったのかは不明だったが、ロンはラガンに力でも勝っているようだった。
戦闘能力も、ラガンよりもロンのほうが上であることがわかった。
そして、あのリンがロンを選んでいる。
リンを従わせることが、ハルス家の当主としては最重要課題となる。
だからラガンの従者としてリンをつけたのだが、ラガンは慕われるどころか、逆に嫌われてしまっている。
散々とラガンには、そのことを注意した。
リンに好かれるようにしろと。
しかしラガンには人に好かれる能力はなかった。
人徳というものがない。
人を惹きつける魅力が皆無だった。
反対に嫌悪され、反発される。
ラガンは上級剣士であり、小さいころからの英才教育もあり、そこそこには強くなった。
ハルス家の中でもある程度の力はあるだろう。
戦争では力は正義だ。
強ければ下のものは従うだろう。
しかしラガンよりも強い者は、そうはいかない。
ラガンの性格の悪さに嫌悪するだけだ。
ハルスは深くため息を吐く。
もう追放してしまったものは仕方ない。
今は、この状態の最善を尽くすしかないのだ。
「賢者バスラの対策は、現状ない」ハルスは言う。
30点の答案用紙を見せるかのように声は小さかったが、点数を取れただけでも凄いことなのだという、虚勢がそこには含まれてもいた。
「賢者バスラに一体どれほどの実力があるのか不明だ。
何しろまだ一度として戦ったことのない相手だ。
そして前回の賢者の誕生は200年も前の話だ。
賢者の伝承は数々残っているが、昔の話で信ぴょう性が低い。
伝説となってしまっており、尾ひれはひれがつきすぎている。
国を一瞬で消しさっただの、万の死者を生き返らせただのという、到底信じられてないものばかりだ。
もしもそんなことが事実なら、我々に勝利もないだろう」
ハルスは話を一度きり、家臣の顔を見わたす。
「かといって、無謀に賢者バスラに全軍で突っ込むのも危険だ。
どんな罠が仕掛けてあるかもしれん。
そこで先行部隊を設ける。
まず1万の兵を先行させて、襲撃にでる。
そこでどのように敵が対処するかの様子見をする。
賢者バスラの実力もそこである程度わかるだろう。
何しろゴデル軍の本陣には、8千の兵しかいないのだからな。
数的優位はこちらにある。
先行部隊とはいえ、敵を充分に苦しめることができるだろう。
うまくいけば、そのまま殲滅すら可能だ」
もともと今回の戦争に参加している人数には大きな差があった。
ゴデル軍は1万の兵。
アステル国ハルス家の兵は、3万であったのだ。
3倍の差があった。数的優位はハルス家にあったのだ。
「先行部隊の司令官はラガンとする」
ハルスがラガンを見る。
ラガンは意外な指名に驚く。
先行部隊は危険な任務である。
どのような罠が待っているかわからない。
跡取りの自分が本来指揮すべき部隊ではない。
しかし、父のするどい視線に、ラガンは悟る。
これは試されているのだと。
危険ではあるが、これはチャンスでもある。
ここで成果をあげ、実力を示せば、名実ともにハルス家次期当主の座に着くことができる。
ラガンの性格の悪さに、難色を示す家臣も少なからずいた。
しかしここで賢者バスラ攻略に貢献すれば、それらを黙らせることができるだろう。
ラガンは父の言葉に深々と頭を下げる。
「必ずや戦果をあげてまいります」ラガンは言う。
明日は15時15分ごろ投稿予定です。




