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21話 脱出3

 500名の人間が、崖から川へ飛びこむ。


 まるで鍋のなかに山盛りの白菜を放りこむように、人間が落下していく。


 ロンは皆が無事に落下してるか確認するように、あたりを見わたたす。

 自らも高速で落ちていっているので、崖の壁が次々と流るのが見える。


 第4大隊の兵士は、青ざめた顔をしていても、無事に全員飛びこむことができたようだ。


 ただリンだけは、反対の反応であった。

 それまではお酒の酔いのために青白い顔をしていたが、ダイブをはじめると嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。

 キャッキャッとはしゃいでいる。


 ロンは腰に巻かれた布から出る紐を右手でつかむ。

 そして思いっきり引っ張る。


 すると腰の布は、空気を吸い込み、膨らみあがる。

 ドーナツのような形状に変形する。

 空気の入った布が、ロンの腰まわりを囲む。


 これは浮き輪だ。

 救命胴衣のように、浮き輪ができあがった。


 ロンにつづいて、他の兵士たちも、浮き輪を膨らませていく。


 昨夜の雨のために水かさの増した川が、どんどんと近づいてくる。

 ロンは第4大隊の全員に、身体強化魔法をかける。

 人員の体を強固にする。

 兵士たちは体の内側から、不思議な力を感じる。高揚感がわく。


 まず、ロンが着水する。

 流れは激しく、ロンは翻弄されるしかなかった。


 水の力で上下左右に、振りまわされる。

 呼吸だけは、必死で止めておく。

 運悪く障害物に衝突しないことを祈る。


 500の兵士も、次々と川の中へ吸いこまれる。

 兵士たちは、最初こそバランスを失い、水の中でもだえるが、冷静さを取り戻すと、顔を水面にだし浮かびあがることができた。


 浮き輪の浮力をうまく使い、流れに乗って、浮かび進む。


 第4大隊の身体能力の高さが、ここで大きく役立った。

 激流の川であるにもかかわらず、彼らは溺れることなく、川を下っていく。


 兵士たちは毎日のように繰り返された、トド隊長のしごきに、この時ばかりは感謝した。


 また、ロンの強化魔法の凄さにも驚かされていた。


 どんなに鍛えていようが、激流の川である。

 本来であれば、バランスをとって浮かびあがるなど不可能だった。

 しかし、ロンの強化魔法によって、飛躍的に身体が強化されたため、その不可能が可能となっていた。


 第4大隊の兵士たちは、ロンの魔法の凄さをこの時はじめて知った。


 ところが、そのロンであるが大きな問題に直面していた。

 ロンは当然、トド隊長のしごきなど受けていない。


 それ以前に、ロンは魔法使いである。

 もともと身体能力が低いのだ。

 剣士としての鍛錬は積んでいたとはいえ、第4大隊の兵士よりかもはどうしても、劣る。


 強化魔法をかけていても、この川の激流にはたえられなかった。


 ロンは、流れに翻弄され、浮かびあがれない。

 息を止めているのにも限界がある。

 わずかに水を飲んでしまう。


 三途の河へも流れさそうなロンを、引き上げてくれたのはティラだった。


 ロンを抱え、水面へと浮上する。


 ロンは大きく息を吸う。

 水しぶきが少し口に入るが、気にしてなんていられなかった。


 一度、水面に上がれば、浮き輪のおかけでバランスをとることはそれほど難しくなかった。

 なんとか安定する。


 ロンは隣に浮かぶティラを見て、お礼を言う。


「ありがとう。

 死ぬかと思ったよ」


 ティラは少し怒ったような、喜んでいるような表情を浮かべている。


「無茶苦茶な計画だとは思っていましたけど、立案者が真っ先に死にそうになるなんて。

 次からは、もう少しまともな計画を立ててください」


 ロンは頭をかく。

 苦笑を浮かべる。


「まったくだ。

 もう二度とこんなことはしたくないね」


 ロンは流れとは逆のほうを振り返る。


 他の兵士たちも順調に川を流れているようだ。

 500人の上半身が、水面に広がっている。


 そして、渓谷の上には1,500のゴデル軍の兵がいる。

 深く切り立った崖の前に、立ち往生している。


 その姿はどんどんと小さくなっていく。


 川の流れが、ロンたちをゴデル軍から遠ざけていく。


「でも、これで包囲網からの脱出は成功だ」


 ロンは笑って、ティラに言う。


 ティラも遠ざかっていくゴデル軍を見つめる。

 ゆっくりとうなずく。


「そうね、窮地は脱した」ティラが言う。


ロンは水につかる服のポケットから、飴玉をひとつ取りだす。


 浮き輪と水が邪魔でうまくポケットに手を入れることができなかったが、数度繰り返すと、飴玉に手が届いた。


 濡れた包装を、濡れた手で、はがしていく。

 川の流れに揺れる状態で、濡れた包装をとるのは、やはり少し時間がかかった。


 しかしこれもなんとか成し遂げて、飴玉を口の中に入れる。

 ようやく味わえた飴を、舌で転がす。


 ロンたち第4大隊は流れに身を任せ、下流へと進んでいく。


 あれほどの高所から飛び降りたにもかかわらず、第4大隊に死者は出ていない。

 負傷者が数人いる程度だった。


 こうして第4大隊は、数倍の敵に完全に包囲され、全滅を待つのみだった絶望的な状態から、脱出することができたのだった。


 ゴデル軍は、まるであやまって支払ってしまった月会費でも見るかのように、逃れていく第4大隊を眺めていた。

明日も午前7時15分に投稿予定です。

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