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20話 脱出2

 ロンは、草に隠れて胃の中のものをリバースしているリンを見ていた。


 もしかしたら、こいつさえいれば、力押しでも2,000の敵兵に勝てるかもしれない。

 そんなことを考えていた。


 リンは酔った状態で500の兵士と戦闘をおこなっていた。

 ひとりで500人を相手にしていた。


 酩酊していた彼女の剣筋はひどいものだった。

 幼稚に剣を振りまわしていただけだ。


 そのおかげで変則的な軌道になり、防ぎずらかったというのはあるかもしれない。

 しかし、それでも威力はかなり落ちていただろうし、体の動きの効率は悪かったはずだ。


 リンがもしも酔っていなかったら、さらに500の兵を圧倒していただろう。


 リンの実力が、ますますもって底が見えなくなってきた。

 強すぎる。


 ひょっとすると剣聖である父親に迫るほどに。


 500人の兵に突っ込んでいったというのに、リンは無傷だった。

 リンの身体にはどこにも傷が見当たらない。

 かすり傷ひとつない。


 リンの姿を凝視しているのは、ロンだけではない。

 ティラも、ジルも、レムも見つめている。

 その他の兵士も多くが彼女に視線を集めている。


 誰もがあの異常な強さに疑問をもっているのだ。

 あまりに強すぎて、不安になるほどに。


「あいつは何者だ」ティラがロンに言う。


「わからない」ロンは肩をすくめる。

 まるで他人事のように。


「でも、どうやら味方らしい。

 追放されても、僕の味方であるらしい。

 とりあえずそれだけは、たしかだ」


「どうしてそう確信できるんだ。


 そのうち裏切るかもしれないぞ」


「うーん」ロンは首をかしげる。

 それについて少し考える。

 しかし、理論的なこたえはない。


「どうしてかわからないけど、なぜかリンは信用していいと感じるんだ。

 説明できるようなことじゃなくて、ただ、そう思う。


 リンは信頼できる存在だと、理由なく確信できているんだ」


「ロンにしては、珍しいことだな」


「ああ」とロンはうなずく。


 ロンとティラは、またリンの背中を見つめる。

 彼女はまだ吐きつづけている。



 その後、ロンたちは、焚き火をはじめた。

 氷魔法で冷えた体を温めた。


 こうしている間にも、残りの1,500の敵兵が迫っていた。

 ゆっくりとはしていられなかった。

 それでも、一度冷えた体に温かみを取り戻す。


 暖をとると、すぐにまた南へと移動を開始した。

 断崖の渓谷へ向かっていく。


 太陽は着々と登っていき、気温が上がってきた。

 厚着をしている兵士たちに、汗が流れる。


 先ほどまで凍えていたのに、今度は暑さに苦しむ。

 服を脱ぐわけにはいかない。

 いつまた戦闘になるかわからない状態で、それは危険すぎた。


 それにこの後のために、大切な布も腰に巻いていた。

 この布は決して外してはいけない。


 渓谷が見えてきたあたりで、また、氷の矢が第4大隊に襲いかかってきた。

 先行して500名ぐらいの部隊が、ロンたちに追いついたようだ。


 降りしきる氷の矢を第4大隊は盾で受ける。

 しかし今度は剣を持ってはいない。

 盾を持たないもう片方の手には、松明が握られていた。


 昨日の夜襲と同じように、彼らは防御に徹していた。


 ロンたちは500人からの攻撃をほぼ完璧に防ぎきった。


 リンとティラは剣で次々と、氷の矢を打ち砕く。

 ジルは例のごとく弓で、レムはナイフで、氷を撃ち落とす。


 二度目ということもあり、他の兵士たちも慣れた動作で、氷を盾で受ける。

 受けると同時に、凍りついた盾を松明で温める。


 しかし、完璧に防いではいたが、次第に氷の攻撃は激しさを増してきた。

 敵兵の残り1,000の兵士がつぎつぎと合流してきたのだ。


 一度に放たれる氷に矢は、500だったものが、1,000に増え、そして、1,500になった。


 夏の豪雨のように氷の矢が襲いかかり、冬の風のように兵士たちを凍えさせた。


 左右、前方を3倍の敵に、完全に敵に囲まれていた。

 背後には断崖絶壁の崖がひかえている。


 昨夜の夜襲以上の猛襲が、第4大隊に降りかかっている。


 ついに第4大隊には疲れを見せる兵士が現れてくる。

 連戦の攻防に、集中力がつづかなくなってきている。


 氷の矢が、体をかすめるものが多くいた。

 肩や足先などに、氷の霜をつけているものが、散見しだす。


 ロンはこのタイミングで、後退を命じた。

 さらに南へ逃げるように命じた。


 この行為に敵は笑みを浮かべた。


 後退したとて、そちらには渓谷しかないのだ。

 むしろ自分たちを窮地に追いやるだけだ。


 それなのに後退をしていった。

 つまり、それほどまでに第4大隊を追い込んている証拠だった。


 指揮官のディレスは、ここで一気に猛攻にでる、なんていう愚行は行なわなかった。

 短期決戦は敵の望むところだろう。


 こちらは氷魔法で敵の体力をじわじわと奪っている。

 このまま奪いつづけていれば、自然と勝利は舞いこんでくるのである。


 下手に距離を詰めて、余計な反撃など食らう必要などない。


 撤退していく、第4大隊をディレスたちはつかず離れずの距離を保ちながら追っていく。


 ロンたち第4大隊はついに、渓谷まで後退する。

 すぐ後ろには、深い谷が広がっている。


 昨夜の雨のため、底を流れる川は激しい水流だ。

 水は渓谷の岩の壁にぶつかりながら、削り進んでいる。


 茶色く濁った水は、これまで破壊してきた、木や岩の破片をその中にのぞかせる。


 ロンが右手を高々とかかげる。

 空を吸いこもうとするかのように大きく息を吸う。


 偶然なのだが、空に浮かぶ雲が少し形を変える。

 端が引き伸ばされ、薄く伸びる。

 まるでロンの呼吸に雲が吸い込まれたかのように。


 ロンが右手を振りおろす。


「飛び降りろ」


 ロンの大声が、平原に響く。


 そして、ロンは谷底へその身を投げる。

 崖から飛び降りる。


 その行動にディレスは目を疑う。

 隣にいる望遠鏡を覗く副官も驚愕の表情を浮かべている。

 ディレスはそれを見て、自分の見間違いでないのだと確かめる。


 ロンにつづいて、第4大隊の兵がつぎつぎと、崖をとびおりだす。

 第4大隊500の兵士が、まるでひっくり返された砂時計のように、渓谷の底へと吸いこまれていく。


 集団自殺を目の前に、ゴデル軍の兵士は、驚きのあまり攻撃の手が止まっていた。

明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。

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