2話 弟【ロン視点】
僕は父親のテントをでたあと、そのまま第4大隊のいる東へと向かう。
まっくらな山道を歩くのは、かなり苦労する。
下手に明かりなどはつけられない。
森には獰猛な獣がいる。
この闇の中に明かりがあったら格好の標的である。
また敵国の兵に見つかる可能性もある。
目立つ行為はひかえないといけない。
フクロウが「ほっほー」と鳴いている。
それに混じって、狼の遠吠えが聞こえてくる。
現在は遠くからのものだが、いつ狼が目の前にあらわれてもおかしくない。
道の脇の草むらからは、カサコソとなにかが動く音がつねにしている。
「兄さん」と、突然声をかけられたときはかなり驚いた。
もしかしたら飛びあがっていたかもしれない。
後ろを振り返ると、そこには弟がいた。
「なにか用か。ラガン」と僕は言う。
「兄さんともう一生会えないと思うとね、寂しくて。
こうして会いに来たんだよ」
弟はそう言って、腰にさしている剣を抜く。
指揮棒のように、リズミカルに剣先を振る。
「俺は兄さんと違って無能じゃない。
ちゃんと優秀なんだよ。
剣聖ではなかったけど、ジョブも上級剣士だ。
ハルス家にふさわしい剣士だ。
兄さんより剣もずっと強い」
弟が一歩ずつ僕に近づいてくる。
「でもね。家の家臣どもは兄さんを慕っている。
無能な兄さんをだ。
おかしいだろう。
俺は上級剣士だぞ。
チンケな魔法使いとは大違いだ。
俺を慕うのが筋というものだ。
兄さんは俺よりも少しばかり先に生まれただけだ。
長男というだけで、優遇されている。
ただそれだけなのに、いい気になりすぎなんだよ、兄さんは」
僕はため息をつく。
「ラガン、おまえが家臣に嫌われているのは、その性格が悪いからだ。
父親にこのタイミングでの僕の追放を入れ知恵したのも、お前だろう。
おまえはちょっと心が腐りすぎている。
おまえが嫌われているのは、僕とはなんの関係もない」
「違うな。
兄さんさえいなくなれば、ちゃんと俺が優遇されるんだ。
あんたがいたから、家臣どもは気をつかっていたんだ。
俺は兄さんのせいでだいぶ苦労させられた。
だからね、俺には仕返しをする権利があるんだ。
このあと、どうせ兄さんは死ぬんだ。
ここで痛めつけたところで、誰も文句は言わないだろうからね。
ちょっとばかし、兄さんの体を切らせてもらうよ」
弟は本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。
僕は頭をかく。
口の中で小さくなった飴玉をかみ砕いて、新しい飴を取りだし、口に入れる。
「たしかに俺は家臣に好かれている。
そしておまえは嫌われている。
よく状況把握ができている。
ただな、状況が把握できていても、そこから導きだされる結果をおまえは想像できていない。
僕が好かれ、おまえが嫌われると、どういう未来が訪れるかをわかっていない」
「あいかわらず、ごちゃごちゃとうるさい奴だな。
なにが言いたいのか、さっぱりわかんねーよ」
弟は剣を振りあげ、そして僕の肩をめがけて振りおろす。
しかしその剣が僕を傷つけることはない。
僕にとどくまえに、別の剣が受けとめてくれる。
森の闇に、金属のぶつかる音と、衝突で生まれた小さな火花が一瞬だけ浮かぶ。
いつのまにか、僕の横には17歳ぐらいの少女が立っている。
彼女が僕を守ってくれたのだ。
彼女の握る剣が、弟の剣を受けとめている。
金色のロングの髪を後ろにまとめ、陶器のように白い肌をしている。
その白さは、暗闇のなかでもはっきりとわかる。
まるで輝いてでもいるかのように。
「どうつもりだ。リン」
弟は木の葉を揺らすかの勢いでどなる。
顔を真っ赤にしている。
唾の飛沫がとんできて汚らしい。
「すいません。
私はラガン様の従者ですが、ロン様を守らせていただきます。
ロン様が傷つけられるのを、見すごすことは私にはできません」
少女は言う。
弟とは反対に、とても静かな声だった。
でもそこにはしっかりとした意志がこめられていた。
そういう力強さがあった。
「ふざけるな。
おまえは俺の従者だろう。
従者が主人に逆らうなんてありえないんだよ」
「これがおまえが想像することができなかった結果だよ」と僕は言う。
「家臣に好かれている僕と、嫌われているおまえ。
するとこういうことが起こる。
おまえの従者が僕の味方をすることになる。
おまえは誰にも知られずに、こっそりと僕のあとをついてきたつもりでいただろう。
でも従者はつねにおまえを見張っている。
それが従者の役目だ。
リンは特に優秀だからね。
夜中にこっそりと抜け出そうが、すぐに気がつく。
リンがおまえをつけたのは、おまえを守るためだ。
おまえに危険がおよばないように、リンはおまえのあとをつけた。
夜の森は特に危険が多い。
しかし嫌われ者のおまえは、こうして最終的にはその従者に裏切られてしまう。
自分がどれほど嫌われているか、もう少ししっかりと考えておくべきだったな。
こういった状況が起こりうることを、ちゃんと想像しておくべきだったんだよ。
リンの実力はあの父親も認めている。
従者というよりおまえの護衛として、父親はリンをおまえにつけた。
おまえではリンに勝つことは不可能だよ」
ラガンの剣を持つ手に力が入る。
剣を強く押し込んでいる。
しかしリンの剣は微動だにしない。
「ラガン、とっとと失せろ。
帰って、お友達を作る練習でもしてろ。
幼稚園からやり直しだ」
本日、15時15分ごろにもう一話投稿します。