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19話 脱出1

 朝もやが平原に広がっている。

 白い霧が、まるで行き場を失った霊魂のように、たゆたっている。

 上にあがるでもでもなく、左右に動くでもなく。

 その場にゆらゆらと留まっている。


 その霧のなかを500人の兵士が歩いている。

 南へと進む。


 ロンたち第4大隊は、このもやを利用して、姿を隠しながら移動していた。


 しかしさすがは第4大隊をここまで追い詰めた敵である。

 ロンたちはすぐに発見をされて、攻撃を受けることになった。


 もやを吹き飛ばしながら、例の氷の矢が隊列に降り注ぐ。


 敵の連携は素晴らしく、ロンたちを発見後すぐに周りにいる兵たちが集結をする。

 第4大隊と同じ、500の兵士がすぐに集まり、ロンたちの行く手には立ちふさがっていた。


 それでも頭上から襲ってくる氷の矢を盾で受けながら、第4大隊は前へと突進していく。


 今回ももちろん厚着をして、寒さ対策を行っている。

 盾を持つ手には、手袋を2重につけ、マフラー代わりに簡易的な布を首に巻きつけている。


 しかし、松明は持っていない。

 氷を受けた盾は、どんどん冷えていき、体も体温を奪われていった。

 凍えた体に、暖をとる手段はなかった。


 松明を使わないのには理由がある。


 ひとつは朝もやのなかでの松明の炎は目立つことだ。

 標的にされやすい。


 また、今回は前回とは違い、防御に専念をするつもりはない。

 敵の包囲を突き破るのである、当然攻撃が必要だ。


 盾を持たないもう片方の手には、攻撃のための武器が握られていた。

 松明ではなく、剣がそこにはあった。


 松明の炎がないので防寒対策は、かなり不安なものであった。

 そこでロンは兵士たちにあることを推奨した。


 酒である。


 敵の攻撃が始まったら、少量の酒を飲むようにうながしたのだ。


 酒は体温を上昇させる。

 登山のさいには常備され、そのおかけで寒さを耐えしのぐことができた事例は多数ある。


 しかし、デメリットももちろんある。


 これから戦いをしようという兵士には、バランス感覚を失うアルコールは悪影響を与える可能性もあった。


 しかしそれ以上に体温の上昇の方が重要と考えた。


 それにこれから行うことは、酒でも飲んでないとやってられない。

 自殺をしに行くみたいなものなのだから。


「ウヒャー、お酒って美味しんですねー。

 ウッキウッキの、ポッポコポーですねー。

 ウヒャヒャのチンチキチンです〜」


 リンがロンに背中から抱きついた。


 リンの顔は真っ赤になっており、目は視点があっていなかった。

 ろれつも回っていなかったし、だいたい言っている内容が意味不明だった。


「リン、おまえ酒は初めて飲んだのか?」ロンがきく。


「はい、そうなんですー。

 せっかくの初めてのお酒だったので、ウォッカと言うちゃんとしたお酒を飲みましたー。


 おじいちゃんが言っていたんです。

 アルコール度数が80%を切るような酒は酒じゃねえ、と。


 だから度数95%のお酒をわざわざ用意したんですうう。


 でも、たくさん飲んじゃダメっていうから、ちゃんとコップ一杯分だけに抑えましたよ、よ、よよよ」


「よーっと」と叫びながら、リンは手を叩いた。

 その音が、朝もやで満たされる平原に響きわたる。

 なにがおかしいのか、リンはその音を聞くと大爆笑をした。

 腹を抱えて笑っている。


 その笑い声に反応したのか、また大量の氷の矢が飛んでくる。

 第4大隊は、盾を構えて、それを必死に防ぐ。


 氷魔法により、周りの気温もだいぶ低くなってきた。

 そろそろ兵士たちの手は、かじかんで感触がなくなってきている。


「うざったいですねー。この氷ー。

 人がせっかく、せっかく、楽しくお酒を飲んでいると言うのに」


「リン、それは違うぞ。

 僕たちはここにお酒を飲むためにきているわけじゃない。


 戦争をするためにきているんだ。

 敵が攻撃してくるのは正しいことなんだよ」


 ロンが正しいことのような、この場にはふさわしくないような返答を、リンに言う。


「えー、でも寒いです。

 こちとら、美味しいお酒で温まってきて、さあこれからだってやんでい、な時にこれは寒いです。


 ちょっと許せないですー」


 そういうとリンは突然、走りだした。

 氷の矢の放たれくる方へ、猛ダッシュした。


 泥酔した足腰のためバランスが崩れていたが、リンのダッシュは信じられないくらい速かった。

 ロンは大きく左右に蛇行しながら進んでいるのに、飛びだすリンをとめることができなかった。


 リンはその姿が霧で見えなくなるまでに、2回転んだ。

 しかし、ゴムボールが弾むかのように、すぐに跳ね上がり、そのまま走りつづける。


 ロンは自分の失策を悟った。

 やはり酒は飲ませるべきではなかった。

 少なくともリンには、そんな指示をだすべきではなかった。

 

 ロンは急いでリンのあとを追った。

 あんな酔った状態で、ひとりで500名の敵兵の中に飛び込んでいったのだ。

 早く追いつかないと、取り返しのつかにことになる。


 しかし、リンがひとり突っ走ってから、数秒もすると氷の矢の攻撃が激減した。

 おかげでロンたちは、敵兵に一気に近づくことができた。

 不思議に思ったが、リンの姿を発見すると、すぐに原因はわかった。


 酔っ払ったリンが、剣を振りまわして、敵兵をつぎつぎと斬っていたのだ。

 山道を歩く子供が小枝を振りまわすかのような、リンの姿だった。

 しかし、その剣は鎧を着たゴデル軍の兵士を、枯葉のように簡単に斬り裂いていった。

 すでに、50以上の死体が地面に横たわっている。


 ゴデル軍は混乱をきたしていた。


 それはそうである。

 酔っ払った美少女が、戦場で暴れまわっているのである。

 対処の仕方など、わかるはずがなかった。


 ジルとレムは、そんな化け物のようなリンの姿を見て、自分たちはたしかにリンには到底かなわないと理解した。

 ロンが言っていたとおりだ。

 ふたりがかりで戦っても、勝つことは不可能な存在だった。


「たしかに世間は広い」とジルは、よろけながら剣を振るリンを見てつぶやいた。


 とにかく、これは第4大隊にとって好機であり、ロンたちは一斉に敵軍へと襲いかかった。

 ただですら統制のとれていなかったゴデル軍は、その攻撃にまったく対処をすることはできない。

 簡単に崩れさっていく。


 500対500の対等な衝突であったはずなのに、それは一方的な展開となった。


 剣が振られ、魔法使いが倒れていった。


 ゴデル軍の生き残った20人ほどの兵士が、背中を向けて逃げだしたとき、第4大隊に死者はひとりもいなかった。

 負傷者が十数人でたのみであった。


 もともと、接近戦では剣士が圧倒的に有利なのである。

 魔法使いが鎧を着てたからといって、たいした問題ではなかった。


 ロンは当初の予定とは大きく異なった展開に、苦笑を浮かべる。

 まあ、結果は大成功である。

 とりあえずは、その功労者を褒めてやるか。


 ロンはリンの姿を探す。


 リンは草むらの中で吐いていた。

明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。

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