18話 策
「今夜、夜更けに雨が降る」
ロンが自身のテントに、小隊長5名と、副隊長ティラ、リン、ジルとレムが集まっていた。
夜襲を見事撃退し、各々が睡眠をとり、昼食を食べた終わったところだった。
ロンが彼らを招集したのだ。
集まったメンツの顔を一度見わたしてから、「雨が降る」と一声を発した。
「天気予報士というのは信じられない。
雨が降る降ると言っていたので傘を持ち歩いていたら、まったく使わなかったなんてしょっちゅうだ。
あげくにはその傘を乗り物に忘れてきてしまったりする。
週末は晴れるとあれだけ言っていたのに、直前の金曜日に雨予報に変えたりもする。
天気予報士の言うことは信じてはいけない。
僕も基本的には信じはしない。
しかし今夜の雨はほぼ確実らしい。
100回今夜がおとずれるとすれば、99回は降るらしい。
3人の天気予報の訓練を積んだ者に聞いて、3人ともそう答えた。
そして僕も今夜は雨だと思っている。
僕は子供のころ水たまりに、おふざけで飛び込んで、転んだことがある。
僕の職業は魔法使いだからね。
運動は苦手なんだ。
転んだ拍子に、その水たまりにいた雨蛙が僕の口の中に入った。
丸めた紙くずをゴミ箱に投げ入れるかのように、綺麗にスポンと入ってきた。
もちろん僕は慌てて吐きだしたよ。
でもね、その気色悪い感触はいつまでも僕の口の中に残った。
ヌルッとして、ザラッとした感触。
それ以来僕は雨の気配を感じると、口の中にこの感触がよみがえってくる。
僕はお昼にサンドイッチを食べた。
その時に、ヌルッと、ザラッとした舌触りがあった。
僕は卵サンドを食べていた。
卵は腐ってはいなかったし、パンもカビてはいなかった。
当然、ヌルッともザラッともしていないはずだ。
これは雨の降る予兆だ。
そしてこの予兆を感じた時には、たいてい12時間以内に雨が降る。
それもそこそこの量の雨だ。
つまり、今夜雨が降るのはほぼ間違いない」
ロンが一堂を再度見わたす。
皆、首をうなずかせるでもなく、傾かせるでもなく、曖昧な表情を浮かべている。
なぜそんな話を突然しだしたのか、理解できないのだから当然だ。
ひとりリンだけは、深くうなずいていた。
「なるほど、つまり今夜は洗濯物を干すな。
そういうことですね」とリンが言う。
「部屋干しにしろ、と。
さすがわロン様です」リンは何度も深くうなずく。
「うん。たしかに今夜は洗濯物は干さないほうがいい」ロンが言う。
「ただ、それと明日はこの包囲網を突破を図れる。
明日の朝、こちらからゴデル国に戦闘を仕掛ける」
小隊長5人が唾を飲む。
ティラも表情が硬い。
小隊長のひとりが少し遠慮をしながら口を開く。
「昨日の襲撃で、敵の数を少しは減らすことができました。
しかしそれでも4倍の兵が敵にはいます。
それも現在、我々は完全に敵に囲まれてしまっている。
一点突破を図っても、すぐに左右、後方から追撃が襲ってきます。
突破を試みるのでしたら、敵の網をかなりのスピードで破らないといけません。
そして、そんなに簡単に破れる網でもありません。
それでも突破が可能だとおっしゃるのですね」
「そうだ」とロンはうなずく。
「明日がチャンスなんだよ」
「それは前夜に雨が降っているからですね」ティラが言う。
ロンは口元を緩めて、笑顔を作る。
「うん。
まとまった雨が降った時にしか、使えない作戦なんだよ」
ロンは上を見る。
テントの天井からは、生地をとおして陽光が降り注いでくる。
外は、雨が降るとは思えないような快晴だ。
「僕たちは明日の朝に、南に向けて進軍する。
南は包囲が薄くなっている。
兵の数が他の方面に比べて、4割程度少ない。
リンや、ジル、レムが戦力として加わった今、ここを突破するのは、難しいことではないはずだ」
「たしかに南側なら、突破できる公算はある。
しかし、南に敵兵が少ないのには理由がある。
あそこは突破したからと言って、その先に道がない。
南には渓谷が広がっている。
崖があるだけだ。
あの崖を鎧を着た兵士がくだることは不可能だ。
結局、背後が敵兵ではなく、渓谷になっただけで、敵に取り囲まれてしまうことには変わりない」
小隊長のひとりが言う。
「そう。
おそらく敵もそう考えている。
だからこそ隙が生まれている。
準備はある程度整った。
トド隊長を生かしているのも、その一環だ」
ロンはジルとレムを見る。
「昨日の夜襲で僕は指揮だけとっていた。
魔法は一切使っていない。
魔道具もね。
敵はこちらに魔法使いがいることをまだ知らない」
ロンはポケットから飴玉を取りだす。
包装を外して、口の中に放りこむ。
「この戦いで、下級魔法使いの力を敵に教えてあげようと思う」
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。




