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17話 追放後

 ロンの父親は、目の前の朝食の豪華さに驚いていた。


 ロンを夜中の森に放りだし、停電にみまわれたが、朝日が昇り明るくなると、本陣の混乱もようやく落ち着いてきたように思えた。


 寝不足で充血した目をこすりながら、朝の食事の席に着く。


 するとそこには、まるで誕生日パーティーのような食事がでてくる。

 分厚いステーキに、希少なフルーツ、種類豊富なサラダがテーブルの上に並ぶ。


「これはなんだ。どうしてこんな高価なものが朝食に用意されているのだ?」


 父親ハルスは、サラダを運んできた給仕にきいた。


「はい。食料の保存をしていた冷蔵箱が動かなくなりまして。

 この暑さで、生物はすぐにダメになってしまいます。

 それならと、いたむのが早く貴重なものから使ってしまおうということになりまして」


 給仕は、そう言ってサラダの入ったボウルを置く。

 ハルスは、そのボウルに指をあてる。


 いつもだったら、少しばかりの冷気を感じるのだが、今日はそれがまったくない。

 むしろ暖かい。


「冷蔵箱はいつごろ復旧しそうなんだ」


「それが、冷蔵箱はロン様にご準備いただいたのですが、そのロン様が見あたらないようです。

 早くしないと、食品が次々とダメになっていってしまい、兵糧にも問題がでてきそうなのですが」


 給仕はまるでサラリーマンの専業主婦のようなため息をつく。


「ロンはもういない。

 今、代わりの魔法使いをこちらに向かわせているから、それまで待て。

 おそらく夕方までには着くだろう。

 照明器具の修理が終わったら、すぐにその冷蔵箱の修理に向かわせる」


 給仕はうやうやしく頭をさげた。


「そういえば、水の浄化機と長距離望遠レンズも動かなくなっているそうです。

 そちらのほうの修理もお願いできればと思います」


 給仕の言葉を聞いたハルスは、鯉のように口を開閉させる。

 その顔を見た給仕はその間抜けな表情に思わず笑いそうになるが、もちろん我慢をする。


「待て、浄化機に長距離望遠レンズだと。

 ふたつとも戦場では、最重要装置ではないか」


「はい」と給仕は言う。


「ロン様の持ってこられた道具は、要所要所で使われており、その他にも問題がでてきているようです。


 早く魔法使いが到着してほしいですね。


 戦闘では役立たずの魔法使いでも、日常ではけっこう優秀だったのですね。

 今回の件で思い知りました」


 給仕は接客用の満面の笑みを浮かべて、深々と頭をさげてから、テントを出ていった。


 ハルスは目の前のご馳走を見る。

 大きなステーキを手で掴み握る。

 そして、地面に思いっきり投げつけた。


 ハルスはその豪華な食事には手をつけず、急いで状況確認に走った。


 外を少し歩けば、事態がかなり深刻であることは、すぐにわかった。

 昨夜の停電騒動で誰もが寝不足であるはずなのに、誰もが何かに追われるように、走りまわっていた。


 唯一寝ているのは、ロンをこのタイミングで追放することを提案してきた、息子のラガンだけである。


 ラガンはどこで何をしていたのか、森の中から死人のような顔をして帰ってきたかと思えば、そのまま眠りこけて今にいたる。


 ハルスはラガンに怒りを覚えていた。

 上級剣士なので少しは優秀であるが、剣聖である自分と比べれば、赤子も同然だ。


 それなのにこの緊急事態に眠りこけている。

 ましてや自分が招いた危機であるというのに。


 ハルスはラガンを怒鳴りつけに行きたい衝動にかられたが、それを抑える。


 今は、そんなことよりも、いち早くの事態の収拾が重要だった。


 まず、すぐに呼び寄せる魔法使いの人数をひとりから、10人とした。

 ハルス家には魔法使いは10名しかいないが、その10名すべてを呼び寄せたのだ。


 それも急がせ、先行して向かっている魔法使いと同じ、夕方までに到着するように命じる。


 そうして、日が傾き、空がオレンジ色に染まる頃に、10人の魔法使いが到着をした。


 ハルスは移動の労もねぎらわずに、急いで彼らに、道具の修復をさせた。

 体力のない魔法使いたちは、ここに来るまでで疲労困憊(こんぱい)であったが、断ることはできない。

 言われたとおりに、道具の診断をはじめる。


 ハルスはこれでひと安心と胸をなでおろした。



 太陽が完全に沈み、今夜も暗い夜空が広がったころ、ハルスの怒鳴り声が、響きわたる。

 どこかで、その声に対して狼が、遠吠えをかえす。


「直らないとはどういことだ。

 どれ一台とて直らないというのか」


 ハルスの声に、一列に並んだ魔法使い10名がすくみあがる。


「あの無能な下級魔法使いが使っていたのだぞ。

 お前たちは中級魔法使いであろう。


 どうしてそのおまえらが扱えないんだ」


 魔法使いのひとりが、恐るおそる口をひらく。

 65歳は超えているだろう風貌だ。

 痩せており、研究職にありがちな不健康な顔色をしている。

 ハルスへの恐怖で、その姿は今にでも死にそうにすら見えた。


「あれらの道具は魔道具です。

 魔道具を扱うのに、ジョブは関係ありません。

 下級だろうが、上級だろうが平等に扱えます。


 魔力量は引き出せる効果の大きさに関係してきますが、基本的に魔道具を扱うのに必要なのは技術と知識です。


 そしてこれらは才能ではなく、研磨と努力によって身につきます。


 どこからこの魔道具を用意したかはわかりませんが、これらは非常に優秀な魔道具です。

 とても高度な技術によって作られている品々です。


 そして、あまりに高度であり、我々には扱うことができないのです。


 もちろん我々も日々、魔法技術の研磨と努力はしています。

 それでもこのレベルのものを扱うには、まったくの力不足なのです。

 アステル国にあれほどの魔道具を使うことのできる魔法使いがいること自体が、おかしいことなのです」


 老人の魔法使いは、言い訳がましいことを言うなと、怒鳴られるのではないかと思った。

 しかし、これが事実である。

 そう返答するしか彼には選択がなかった。


 しかし、ハルスは怒鳴りはしなかった。

 彼は何も言わなかった。

 いや、言えなかった。


 椅子のうえで固まり、ただ口を半開きにし、目を泳がせているばかりだった。

 ピエロのねじまきおもちゃのように、しばらく目の反復運動を繰り返す。


「あれらの道具がないとまずいのだ」ようやくハルスはそう言った。


「はい。その重要性は充分に理解しています」と、老人の魔法使いはうなずく。


「おそらくこの基地は、もってあと10日でしょう。

 それ以上は無理です。


 食料はなくなりますし、浄化機がないため衛生面でも問題が出てきます。

 第一、現在の状態では基地としての機能が心もとない。


 敵に発見されると、そのまま崩壊につながりかねません」


「10日か」ハルスは、老人の言葉を繰り返す。


「もって10日です。

 早ければ、6日で維持できなくなります」


 ハルスは目をつむる。

 このまま眠ってしまいたいと思う。


 もちろんそんなことはできない。

 ハルスはこの夜も眠ることはできなかった。

明日は午前7時15分ごろ投稿予定です。

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