14話 ジルとレム1
ロンの放った5つの炎が、ジルに襲いかかる。
しかし、ジルは剣を一振りして、その炎を打ち払う。
5つすべての炎を、同時に剣で切っていた。
トド隊長では、そのスピードにほとんど反応すらできなかった炎を、いとも簡単に防いでしまった。
ロンがジルに魔法を放っている間に、レムはロンの後ろにまわりこんでいた。
ジルとレムに、ロンは前後を挟まれる格好となった。
ロンは体を横にかたむけて、背後のレムにも注意を払うようにする。
今度は両手に炎を浮かばせる。
合計10個の炎が灯る。
薄暗かった洞窟内が、少し明るくなる。
10個の炎すべてを、今度はレムに放つ。
レムは炎を切るではなく、すべてかわした。
上下左右に体を素早く動かし、炎を避ける。
下手なパラパラマンガのように、体が瞬時に移動している。
炎がむなしく宙を通過する。
ジルが距離をつめ、剣を振る。
ロンはなんとか、脇に刺した剣を抜き、それを受けとめる。
ロンの剣が刃こぼれする。
1センチ程度の破片が落ちる。
ジルは剣を押しこんでくる。
ロンはその力に抵抗することができない。
ロンは剣をかたむけ、ジルの力をなんとか流し、体を反転させ後退する。
しかし、後ろにはレムがいる。
レムがロンの胴に目がけて、ナイフを払う。
ロンはそれにもどうにか反応する。
さらにバックステップを重ねて、レムから離れる。
だが、完全にかわすことはできなかった。
ロンの服は避け、脇に切り傷ができる。
傷は深くはなく、ダメージはたいしてなさそうだった。
短いナイフだったので、なんとかかすり傷程度ですんでいた。
しかし、ロンが追いやられてきていることは明白だった。
このような攻防がつづくようだと、ロンは早晩、致命傷をおうことになるだろう。
「うむ。本当にふたりは強いね。
ハルス家のベスト5には入る腕だ」ロンが言う。
ジルは呆れたような苦笑を顔に浮かべて、首を軽く振る。
「ベスト5でなく、ベスト3だよ。
あなたの父親である剣聖ハルス将軍にはおよばないが、それ以外は俺たちには勝てないよ。
それに剣聖ハルスもふたりがかりなら、俺たちのほうが上だ」
ロンは口の中の飴を、舌で口内を一周させる。
「君たちは強い。
でも奴隷生活だったために、すこし世間を知らないようだ。
世間は広いんだよ」
ロンは剣を両手で握り、胸の前にたてる。
刀身が赤く変色していく。
淡く輝きだす。
その輝きはうねりだす。
うねりが刀身全体にひろがると、輝きは光ではなく、炎へと変化する。
剣に炎がまとわれる。
「僕は下級魔法使いだから、本来は小さい炎しか生みだすことしかできない。
ただ、いろいろと努力してね。
小さい炎でも複数個を同時に出現させることができるようになった。
試行錯誤の賜物だ。
その小さい炎を剣にくっつけていく。
するとこのようなこともできるんだよ」
ロンは燃えあがる剣を、軽くかかげる。
「魔法剣だ。
誰もが思いつくことだけど、なかなかこれが難しい。
なにしろ魔法と剣の両方を使えないといけないからね」
「ただ剣が燃えているだけだろ。
たしかにロマンはあるが、それだけだ」ジルが言う。
ロンが剣を振りはらう。
剣を振った勢いで、炎が放射線状に飛びだす。
炎は一直線にジルに迫る。
ジルは横に転がってそれをよける。
先ほどまでとは炎の大きさが違う。
大きく移動しないと逃れることができない。
ジルが移動した先には、いつの間にかロンが待ち受けていた。
ロンは剣を振りおろす。
しかし、ジルの超人的な肉体はその攻撃に完全に対応できる。
後ろにジャンプをする。
本来ならそれでかわせるはずだった。
剣の間合い以上の距離はとることができていた。
しかしロンの持つ剣は伸びた。
剣にまとっていた炎が、さらに燃えあがり、炎の形状分だけ間合いが広がったのだ。
ジルはそれを剣で受けようとする。
だが、炎は固形物ではなかった。
先ほどまでの小さな炎とは性質が違っていた。
剣で受けられない。
ジルの剣を通り抜け、炎がジルの肩にあたる。
ジルの着ていた上着が燃えあがる。
今回の炎に重さはない。
ジルの肩に切り傷はできない。
しかし、炎をとしいて物を燃やす能力は強かった。
ジルは慌てて、服を脱ぐ。
燃えあがる服を投げ捨て、わずかに火傷をおった肩をさする。
ロンは追撃を試みるが、そのまえにレムが背後から、ナイフを突き刺してきた。
ロンはある程度、レムの攻撃を予想していたので、これを難なくかわす。
そして剣の炎を一気に燃えあがらせる。
炎はレムに向けて燃えあがったわけではない。
ただ、ロンの持つ手で勢いを増しただけだ。
しかし、熱風と炎の光は、レムをひるませた。
レムが反射的に体を身構える。
その瞬間にロンはレムの腕を掴む。
レムは自分が絶体絶命であることを悟る。
ロンは手に炎を作りだして攻撃する。
今、ロンの手のひらは自分の体とゼロ距離にある。
ここでロンが魔法を発動させれば、間違いなく自分の腕は燃えあがる。
この状況にジルがすぐにロンに襲いかかる。
一直線にロンとの距離を詰めて、剣を振りかざしてくる。
しかしこの行動は、ロンの術中にあった。
ジルはレムを早く助けなくてはいけないため、その動きは単調だった。
まっすぐにロンへと突進してくる。
ロンはジルが助けに動くことを予想していた。
しかもその動きが直線的であることも。
簡単にカウンターを仕掛けることができた。
ロンは大きく燃えあがっている剣の炎を、ジルに振る。
横に払われた剣から、炎の塊が噴きだす。
そこはこれまでの炎とは比べものにならない大きさだった。
2メートル近い炎の塊が、熱を撒きちらしながら、ジルに襲いかかる。
避けることは不可能だと考えたジルは、渾身の力で剣を振りあげる。
剣でその巨大な火の玉を、切り裂こうとする。
驚異的な剣速により、炎はふたつに割れる。
炎はジルに直撃はせずに、左右に分かれてとおりすぎる。
しかし、ジルは炎を完全に避けることはできなかった。
左右に分かれた炎の塊に挟まれ、両腕が燃えあがる。
握っていた剣を落とす。
両手で腕に燃えひろがっている炎を叩き消す。
炎はなんとか消すことができた。
ジルは火の消えた腕から視線をあげる。
レムのほうへ視線を戻す。
そこにはロンに首に剣を突きつけられた、レムの姿があった。
レムは燃えあがるジルの姿に注意を引かれてしまった。
その瞬間にロンは掴んでいた手を引っ張り、反動を利用してレムの背後にまわり込んだ。
そして、剣を首に突きつけたのだ。
レムは自分の敗北を知り、ナイフを床に投げる。
両腕を上にあげる。
それを見たジルも、同じように手をあげる。
「魔法剣はなかなか優秀だろう。
世間にはこんな戦い方をするやつもいるんだよ。
世間は広いだろう」
ロンは、レムの首にあてていた剣をおろして言う。
ロンの顔には満面の笑みが浮かんでいる。
その笑顔を見ると、ジルとレムは、なんだか気が抜けてしまった。
自然とふたりにも笑みがこぼれていた。
明日も15時15分ごろ投稿予定です。




