11話 夜襲逆
第4大隊を囲うゴデル国の指揮官は、ディレスという50代前半の将校だった。
勤勉であり、堅実な戦い方をする。
華はないが、安定してつねに一定の成果をあげている人物だった。
第4大隊との戦闘は順調に進んでいた。
開戦早々に、敵に大打撃を与えることができ、完全に包囲する陣形を形成することもできた。
あとはひと押しをするだけだった。
夜襲の計画は完璧であった。
準備も万全であり、天災でもないかぎり失敗することはないはずだった。
ところが奇襲攻撃は失敗する。
第4大隊はディレスたちの夜襲を予見していた。
それどころか、こちらがどのような攻撃を仕掛けるかもわかっていた。
氷の魔法対策が完璧になされ、傷すら負わせることができない。
剣術至上主義の脳筋が、まさかこのような対抗策を練ってくるとは、完全に予想外であった。
部下からの報告に、ディレスは絶望を覚えた。
しかしそこまで悲観すべき状況ではないと思いなおす。
たしかにこちらの攻撃は効かないようだ。
しかし自軍もまた被害は受けていないのだ。
敵は防御に徹しているのみだ。
ディレスたちのみが殴りつづけており、相手はそれを必死に耐え忍んでいるだけなのだ。
今回の襲撃では決着はつかないだろうが、殴りつづければ、体力的にも精神的にも相手はきついはずだ。
早期決着は難しくなったが、こちらが優位なことには変わりなかった。
ディレスは夜明けまで、魔法の攻撃をつづけ、その後撤退をして、また夜に襲撃を再開すればいいと考えた。
いつまでも守りつづけるなど不可能だ。
ディレスがそう考え、心落ち着かせたタイミングで、新たな報告があがってきた。
20代前半の兵士が、ディレスの前に通されると、まだ整っていない息で報告をおこなう。
その声は怒鳴り声のように、大きかった。
「ロシヌ班、キリガ班、プスキ班が全滅しました。
現在、リスガス班が交戦中です」
ディレスの手から、書類が落ちる。
地面に紙が散らばる。
「全滅? 交戦中?
どういうことだ。
なぜ敵がいる」
ディレスはつぶやくように言う。
しかし若い兵士は、その言葉を聞きとることができた。
「どうやら、前もって潜んでいたようであります」彼は言う。
「馬鹿な、兵を配置する前に索敵は充分におこなった。
敵軍が潜んでいる形跡はまったくなかったはずだ」
「はい、たしかに敵軍はいませんでした。
しかし潜んでいたのは軍ではありませんでした。
ふたりの兵士です。
少人数のため発見が困難だったようです」
「たったのふたり。
まさか、そのたったのふたりに100名近い兵が殺されたというのか。
こちらは3班も全滅しているのだぞ」
「ふたりに全滅させられました。
そのふたり、恐ろしく強いです」
ディレスは椅子に倒れるように座りこむ。
テントの天井を見上げる。
地面に散らばった書類を拾うものは、誰もいなかった。
3つの班を殲滅したふたりとは、リンとティラである。
ふたりは日が暮れると同時に野営地を離れ、東の林に身を潜めていたのだ。
敵がこの地点に拠点を作るだろうことを、ロンは予見していた。
敵の包囲網は、30名程度の集団を、各ポイントに配置する形であった。
ひとつの集団が、左右の集団と連携をとりながら、その包囲網を狭めて進行していた。
敵が包囲網を作るために、2,000の兵力を細かく分断しているこの状態を、ロンはチャンスと見た。
各個撃破にでたのである。
ただし、襲撃の防御のために人員は避けない。
そこで最強のふたりのみを送りだした。
30人の敵に、2人を向かわせる行為は、本来であれば無謀でしかなかった。
しかしこのふたりにとっては、ひとりで15人を相手にすることは、さほど困難なことではなかった。
最初の敵の集団は3秒もせずに始末した。
リンはまるで背後霊が取り憑く瞬間のように、相手の背後に回り、首を切り落としていった。
切られた相手は、首から吹き出す血を見てようやく、自分が攻撃されたことに気づいた。
そしてそのまま生命を終える。
ティラは反対に正面から敵に迫った。
単純に相手との距離をつめて、剣を振りおとした。
相手はリンのときとは違い防御をとる。
腰の剣を急いで抜いて、受けとめようとする。
しかしその行為は無駄に終わる。
たとえ剣で受けたとしても、ティラの剣は勢いを失わなかった。
剣は押しこまれ、ティラの剣はそのまま相手の頭へと直撃する。
何人かの魔法使いは鉄の兜をかぶっていた。
しかし、それすらも意味をなさなかった。
ティラは兜のうえから剣を叩きつけ、相手の頭蓋骨を破壊した。
リンとティラの前に、30人の兵士は一瞬で屍と化した。
しかしさすがは第4大隊をここまで追い詰めた相手である。
その連携は見事だった。
左右に展開していたふたつの班が、異常に気がつき、リンとティラのもとへすぐに駆けつけたのだ。
ふたりはふたつの班に挟まれてしまった。
50人以上の兵が、ふたりを囲んでいた。
さすがのふたりもこの人数に囲まれては少し厳しかった。
しかしこの状況も想定内のことだった。
ふたりはロンにこのような状況になった場合の対応策をすでにもらっていた。
ふたりを取り囲んだゴデル国の兵士がとった行動は、やはり魔法による一斉射撃だった。
氷の矢がふたりに降り注ぐ。
しかし、これこそがロンの対策方法の引き金だった。
ふたりは氷魔法が放たれると同時に、それが発せられたもとへと走りだした。
つまり自ら進んで、氷の矢に突進していったのだ。
ただですらスピードのある氷の矢が、駆け寄ることでますます速さを増して迫ってくる。
これを避けることはほぼ不可能だ。
事実、ティラの体には氷の矢が次々と直撃していた。
だが、ティラが走るスピードを落とすことはなかった。
そのまま魔法使いへ迫っていく。
氷魔法は優秀だがいくつか欠点もあった。
そのひとつが威力の弱さである。
やはり氷であるので、鉄などに比べて硬さが足りないのだ。
つまり致命傷になりにくかった。
また直撃すると凍らせることができるが、それは接触したものを凍らせるだけである。
肌に直接ぶつかれば、大きなダメージとなるが、服などを介していれば、凍るのは布のみであり、肌に被害はない。
もちろん凍った服が肌にあたり体を冷やすので、まったくの無害ではないが、体が冷えるには時間がかかる。
ティラは致命傷になりうるもののみをかわし、その他のものは服のある部分でわざとぶつかっていた。
もちろんティラも厚着をしており、長袖、長ズボンである。
素肌はほとんど見えていない。
こうして魔法使いとの距離を一気に詰める。
しかしこれでも本来であれば、魔法使いを捉えるのは難しい。
たいていは魔法使いにたどり着く前に第二波が来てしまうのだ。
魔術師たちはそのことを考えちゃんと敵から距離をとっている。
しかしティラはその第二波の準備ができる前に、魔法使いとの距離をつめることができた。
これはティラのスピードが尋常でないほど速かったということもあるが、それだけが理由でない。
ゴデル国の魔法使いは今、鎧を着ている。
彼らは味方が襲われていることを知り、この場にかけつけた。
重い鎧を着て、走ってきた。
体力のない魔法使いだ。
それはかなり疲れることだっただろう。
魔法を放つには、詠唱が必要だ。
集中力もいる。
あがった息を、まだ完全に整えられていなかった彼らは、魔法を唱えるのが通常より遅くなってしまっていたのだ。
それによりティラの接近を許してしまった。
距離を詰められては、ティラの独断場だった。
ゴデル国の兵士は次々に倒れていく。
ティラは氷の矢により、いくつかの傷はおったが、大きな負傷はなくこの戦闘を切り抜けることができた。
ティラは凍えた手を擦って、リンの様子をうかがう。
リンはちょうどティラのもとへ歩み寄ってくるところだった。
驚いたことにリンは無傷だった。
まったく傷をおっていなかった。
服も一切凍っていない。
ティラと同じように、氷の矢へ飛びこんだはずなのに。
「おまえは化け物か」とティラが言う。
「それはレディに対して失礼な言葉です。
私は化け物ではなく、美女です。
私は美魔女です」
可愛らしい若い笑顔で、リンは言う。
「美魔女の使い方を間違っているわね」とティラは言う。
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。




