10話 夜襲
ロンの予想どおり、ゴデル国はその夜、襲撃を仕掛けてきた。
真っ暗な夜空に、氷の矢が飛んでくる。
ラグビーボールをとがらせたような、氷の塊が、第4大隊の頭上に落ちてくる。
破壊的な雹は、本来であれば大きな被害を生むはずだった。
ゴデル国の魔法使いは、魔法を放つ瞬間、そのことを確信していた。
しかし奇襲は失敗した。
どこからともなく現れた、盾を持った兵士に、雹はすべて防がれた。
頭上にかかげられた盾に、雹がぶつかる。
激しい音をたてて、氷の矢は砕け散る。
氷の矢が降りやむと、盾を持つ兵士たちは、片手に持つ松明に火をつけた。
その炎で盾をあぶる。
氷の魔法を受けて、冷たく凍りついていた盾が、温められていく。
冷気がとび、霜が消えていく。
しばらくするとまた、氷の雨が降ってくる。
しかしやはりこれもまた、同じように盾ですべて防ぐ。
この状況を見て、ロンは口元に笑みを浮かべる。
作戦はうまくいったようだ。
第4大隊の兵士は、自分の言ったことを忠実に守り、そして確実に実行していた。
来るとわかっていても、空から降り注ぐ氷を防ぐのは意外と難しいものだ。
松明を持っているので、重い盾を片手で扱わなければならない。
氷の矢を取りこぼしないように、盾に当てるのは、相当な技術と連携が必要だった。
しかしそれをぶっつけ本番で成功させていた。
年季の入った楽団の交響曲のように、完璧に盾を扱う。
ロンはこの第4大隊の優秀さを感じた。
さらにロンを驚かせたのは、トド隊長の護衛をしていたあのふたりであった。
ふたりは盾を持ってはいない。
赤髪の青年は弓を、黒髪の青年はナイフを手にしている。
簡易的に作られた見張り台の上に立っている。
赤毛の青年はジルといった。
父親が猟師だったらしく、子供のころから弓を得意としていたらしい。
飛んでくる氷に矢を命中させていった。
矢の当たった氷は、上空で砕け散っていった。
動いているあれほど小さい的に的確に、弓を当てていく技術は驚異的だった。
しかも、ケーキ屋さんが卵を割るかのように、素早いペースで次々と矢を放っていく。
それらがすべて氷に命中していく。
黒髪の青年は、投てきを行っていた。
彼はレムという名前だった。
レムは握った拳の指と指の間に、ナイフを挟んで投げた。
つまり4本のナイフを同時に投げていたのだ。
信じられないことに、その4本すべてが氷に命中していた。
彼は床に置いた箱から、ナイフを次々と取り出し、また投げる。
弓に比べると、スピードも距離もでないが、撃ち落とした氷の数は、ジルと同等以上であった。
ジルとレムのふたりで、氷の矢の10分の1は防げていたように思う。
このふたりの活躍は、今回の防衛計画の成功率を大きく上昇させた。
ロンは今回の策を練るにあたり、ティラに前回の戦闘の詳細を聞いた。
敵の使ってきた魔法の種類や威力、精度などを確認していった。
そこで敵の使用する魔法が氷属性であり、どれぐらいの威力の、どれぐらいの量の魔法が放たれるかを予想していった。
その予想は見事にあたり、今こうして、敵の放つ魔法を全弾防ぐという成果をあげている。
ロンはまず全兵士に、厚着をするようにいった。
季節は夏であり、夜でも気温が高い。
普通であれば、誰もが半袖姿で夜を過ごしていたと思われる。
しかし、ロンは暑苦しくても、厚着でいることを強要した。
氷魔法の特徴として、温度を奪うというものがある。
たとえ氷に直撃しなくても、氷が舞うことで、空気の温度が急激に下がるのだ。
当然、そこにいる人間も冷えていく。
体はかじかみ、うまく動くことができなくなる。
身体能力が高いことが剣士のひとつのメリットであるが、それがなくなってしまうのだ。
そのための対策としての、厚着だった。
また、装着している鎧から、生身の体を隔てる効果もある。
金属である鎧は、熱がすぐに奪われる。
冷えた金属は直接触ると、痛みすら感じる。
下手をすると凍傷の危機もでてくる。
そのため、鎧と体との間に、服の布を挟むことで、鎧からの冷気を防ぐことができる。
厚着の服は、氷魔法対策としては優秀であった。
また、ロンは兵士ひとりひとりに、松明をもたせた。
この理由は単純で、氷の反対の属性である炎で、対抗しているのだ。
この炎は冷えた盾や鎧を温めるのに使われ、また、空気が冷えるのを抑えもした。
今夜、襲撃があることはわかっていたので、兵士は全員、これらの準備をしてテントの中で待機をしていた。
寝ていたものはひとりもいない。
これらの準備のおかげで、大量の氷が突然飛んできても、素早く対応できた。
奇襲で一番大切なのは、初撃である。
最初の攻撃で、どれだけ相手を混乱させることができるかが要である。
しかし今、ゴデル国の攻撃は、第4大隊になんの戸惑いも与えていなかった。
この時点で6割がたは、ゴデル国の失敗が決まっていた。
ロンたちは、この襲撃をしのぎきることができそうだった。
しかしゴデル国の兵士の数は、第4大隊の4倍である。
力押しで、攻め入られては、対応できなくなることも考えられた。
戦況はまだまだ予断を許さない。
「あとはあの二人にかけるのみだな」
ロンは、リンとティラがいるであろう、東の地に目を向ける。
夜の闇で何も見ることはできない。
ただ黒い空間が広がっているのみだ。
しかし、そこには数多くの血が流れているはずだ。
ゴデル国の魔法使いの死体が、次々と積み重なっていっているはずだ。
明日は午前7時15分ごろ投稿予定です。




