1話 追放【ロン視点】
「おまえは追放だ」
父親がいつもの不機嫌そうな顔で言う。
テントの中にはいつの間にか入りこんだ蛾が一匹いた。
照明のランプのまわりをせわしなく飛びまわっている。
今日の月は大きく欠けており明かりが弱い。ランプは蛾にとっては非常に眩しい存在だろう。
「父上、現在何時だかおわかりですか。午前1時30分です」
「知っておる。しかし現在我々は起きている」と父親はこたえた。
父親のとなりには弟も立っていた。
父親の言葉にわざとらしく大きくうなずく。
ニヤニヤといやらしい笑みを満面に広げている。
「たしかに僕たちは起きています。
パッチリと目を覚ましています。
それはいつ進行してくるかわからない敵に備えてです。
敵国との国境であるこの山で野営をし、待機をしているところです」
弟がまたわざとらしく大きくうなずく。
「戦線はもう開かれています。
第4大隊はすでに戦っています。
このような状況で今話すべきことでしょうか」と僕は言う。
「このような状況だからこそ話しているのだよ。
戦場に来てあらためて思ったのだよ。
お前は無能だと」
弟が大きくうなずく。
シーソーのようにカクカク、カクカクとよく動く首だ。
「剣聖であるわしの子供であるにもかかわらず、おまえのジョブは魔法使いだった。
それも下級魔法使いだ。
ただですら戦闘ではなんの役にもたたない魔法であるのに、おまえはその魔法すら初歩的なものしか使えない。
おまえはまったく戦力にならないのだよ。
役立たずだ。お荷物でしかない」
たしかに僕は魔法使いだった。
それも下級の魔法使いだ。
それらはすべて正しかったので、僕は反論せずに話いを聞いていた。
「この剣の名門であるハルス家に、おまえのようなものがいてはいかんのだよ。
家の恥だ。
だからな、戦闘がはじまる前におまえをハルス家から追放する。
衆目に恥をさらすまえにおまえを追放しておくのだ。
わかったか」
僕はしばらくのあいだ返事はせずに黙っている。
2、3度軽く頭をふる。
言い返したいことはたくさんあったが飲みこむ。
別にこんな家にいたくはなかった。
追い出してくれるのなら、それは逆にありがたいことだと考えた。
「わかりました」と僕は言う。
「うむ」と父親はうなずく。
弟の顔の笑みがますますいやらしさを増す。
「これでおまえはハルス家の人間ではなくなった。
いち平民になったわけだ」と父親が言う。
なにか含みのある言い方に、僕は不自然さを感じる。
いつもの父親はこのような話し方はしない。
嫌な予感がした。
「つまり平民がこの地にいることになる。
野営の仮設テントであるとはいえここは軍事施設だ。
平民がいていい場所ではないのだよ。
これは由々しき問題だ。
軍事基地に不審者が入っているのだからな。
処刑されても文句は言えない」
この馬鹿はなにを言っているのだろうか。
僕は父親の目を見る。
父親は真剣な顔をしている。父親はまじめに話をしていた。
「しかしな、無能なおまえでも実の息子である。
処刑するのはあまりに忍びない。
そこでおまえを兵士と認めよう。
軍隊のいち戦士として認める。
兵士であればここにいても問題ない。
戦場が職場だ。軍の施設にいるのは当然の行為だ」
「はい」と僕はこたえたが、話の流れがまったく見えない。
「では兵隊となったおまえに早速配属先を伝えよう。
第4大隊がおまえの所属となる。
すみやかに配属先へと向かえ」
父親のその言葉を聞いて、僕は開いた口がふさがらなかった。
なにを言っているのか理解できなかった。
10秒ほどして、なんとか僕は言葉を発する。
「第4大隊は現在交戦中です。
それも敵の罠にかかり、背後をとられています。
挟撃にあい、完全に包囲されている状態です。
全滅も時間の問題です」
「ああ、だからおまえは急いで戦地へ向かわなければならない。
全滅するまえに大隊と合流するのだ」
「合流してどうするのですか」
「戦うのだ。
おまえは兵士だ。戦うのが仕事だ。
当然だろう」
父親はまだ真剣な顔で言っている。
弟も鳩みたいに首を振ってうなずきつづけている。
「さあ、早く出発しろ」と父親が言う。
「先ほども言いましたが、現在は午前1時30分をまわっています。
当然ながら外はまっくらです。
この闇のなかで、森を移動しろというのですか」
「何度も言わせるな。
第4大隊はいま危機的な状況なんだ。
すぐに向かわないと間に合わない。
早く出発しろ」
僕は父親をにらむ。
父親は目をそらすことなく、にらみ返してくる。
そして「早く出発しろ」ともう一度繰りかえし言う。
僕はゆっくりと頭をさげる。
藁人形に刺さる杭を押しこむかのように、力強くゆっくりと。
振り返って、テントを出る。
外はこの時期にしては肌寒い。
ポケットに入っている飴玉をひとつ取りだす。
包装をはずして、口の中に放りこむ。
飴玉を舌で転がす。
僕はそのまま戦場へと歩きだした。
新作です。
もっと大道のWeb小説を作れないかと思い書いてみました。
楽しんでいただけると幸いです。
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