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第2章 《正拳の魔女》と三年生の《魔女》――と作戦会議 ①

『何を言ってるのかちょっとよくわかんない』


「なんでだよ。すげえ単純に説明したじゃん。もっと理解頑張れ」


 その日の夜。


 帰宅し、自室でくつろいでいると椿姉から電話があった。今日の首尾を尋ねるものだ。


 言ってやりたいことがないではなかったが、俺はぐっと堪えて端的に説明した。


 保健室に行った。真那さんと知り合った。真那さんは素敵な《魔女》になる決意をし、俺はその手伝いをする約束をした。


『……もう一回話してもらってもいいかな?』


「最初からか? 一から説明しないとわからないか?」


『お願いします』


「ったく、仕方ねえな……」


 俺はそう言って、


「放課後第三保健室に行った。椿姉は呼んでおいて留守だったけど」


『悠真、びっくりするかなって』


「したよ。馬鹿じゃないの?」


『私が居るとは言わなかったぞ』


「また明日、をスルーしたのはそういうことだったんだよな。気づいて椿姉の性格の悪さに戦いたよ」


『そう褒めるな』


「一ミリも褒めてねえよ……」


『脱線するな』


「させてるのはそっちだろ……で、保健室で真那さんと会った」


『うん。会話はできたか?』


「まぁな。ちゃんと先輩後輩として知り合えたよ」


『そいつは僥倖。それから?』


「真那さんは素敵な《魔女》になって、保健室登校の卒業を目指すことになった」


『うん、そこ』


 電話の向こうで首を傾げる気配がする。


『おかしいな。おかしいよね?』


「どこが?」


『伏倉が、《魔女》になるって?』


「いや? 素敵な《魔女》だ。そこを間違えたら辻褄が合わなくなる」


『やっぱりおかしいよね。私、《魔女》を普通の女の子にしてあげてくれって言ったよな?』


「そうな」


『……どうしてそうなった』


「いや、まあ先輩と話をした結果、こうなったとしか言えないけど」


『……あれぇ?』


 電話口の向こうで怪訝な顔をしている椿姉の姿が目に浮かぶようだ。


『……私が知っている伏倉は、《魔女》と呼ばれる事を疎み、そう名付けられたことに酷く傷ついていたのだが』


「そうな」


『……その伏倉が、素敵な《魔女》になるって?』



「うん」


『……にわかには信じられん。というかお前、そんな話ができるほど伏倉と打ち解けたのか?』



「俺の感覚だと打ち解けたとはちょっと違うかなぁ……壁は感じる、ごりごりに」


『じゃあどうやってそんな話を?』


「ちょっと追い詰めて《魔女》に変身してもらった。椿姉から事件の経緯聞いていたし、先輩のメンタル脆いしでちょっと煽ったらすぐ変身したよ」


『…………お前はもう少し理性的な行動をすると思っていたのだけど』


「怖えよ怒るなって。留守にしたってことは全面的に俺に任せたんだろ。じゃあ文句言うなよ。それに素敵な《魔女》になって保健室登校卒業を目指すって本人が決意したんだ。先輩が前向きになったんだから結果オーライだろ?」


『そこがわからん。本気でわからん。どういうことだ?』


「椿姉はさ、先輩が卒業までにあがり症を克服してクラスに復帰――クラスに馴染んで無事卒業ってできると思う? 今は五月だろ? あと十ヶ月だぜ……馴染むって言うのなら行事だっていくらか参加したいだろ? それを考えたら二学期には保健室じゃなくてクラスの方に通わせたいよな。それまでに克服できると思う?」


『……難しいと思う』


 渋々といった様子で椿姉は言った。そこに、俺の所感を伝える。


「俺は実際先輩と話してみて無理だと思ったよ。それでも前向きに考えようと思ったら《魔女》がどんなものなのか見ておきたかったわけ」


『……目の当たりにしてどう思った?』


「可哀想だと思ったよ。いや、可哀想より哀しいが正解かな。本来優しい人だろ、あの人。それがあがり症からくるパニックで相手を傷つけて遠ざけることでしか自分を守る方法をとれない。しかもそれを理解していて、どうしようもない」


『……同感だ』


「椿姉も変身を見てるんだ?」


『受け持った際に、一度な』


「じゃあわかるだろ。素の先輩があがり症を克服するより《魔女》のキャラをコントロールするほうがきっと早い。《魔女》になることで人を前にするとあがってしまう先輩の心を守れるならそれでいいと思う」


『……あの子にそう説いたのか?』


「うん」


『……それくらいで、あれだけ疎んでいた《魔女》を受け入れるつもりになったのか……?』

 それは椿姉を引き合いにして《魔女》のイメージを反転させたからだけど……それを俺が細かに説明するより、先輩が卒業するときに彼女から椿姉に伝える方が椿姉は嬉しいだろう。


『そもそも、《魔女》を制御するなんてできるのかな』


「できると見たね。変身しても俺を致命的に傷つけそうな言葉は思い留まった。それは意図的にブレーキ踏めなきゃできないことだろ? 完全にパニックで制御不能なら不可能だ。考えるより早く口から出ているはず」


『確かに――……』


 椿姉は呟いて、


『……お前、すごいなぁ』


「そうかな?」


『そうさ。前任者と私で一年と三ヶ月――……何も変えられなかったというのに、たった一日で教師の我々ができなかったことを』


「それは違うよ。前任の先生と椿姉の積み重ねがあったからこそだ。俺は椿姉には絶対できないアプローチをしただけ。多分椿姉が教師じゃなかったら、俺の出番はなかったよ」


 椿姉の立場ではいたずらに煽って彼女を《魔女》化させるなどもってのほかだろう。それに《正拳の魔女》の存在がなければ俺にはどうにもできなかった。


『……お前に頼んで、心から良かったと思っているよ』


「そうかい」


『……で、だ』



「うん?」


 電話の向こうの雰囲気が緩む。


『伏倉はどうだった? 可愛かっただろう?』


「――否定はしないよ」


『んん? そんな程度だったか?』


「……ちょっと見ないレベルの美少女だったな。びっくりした。あれでもう少し社交的なら余裕でミス桜星三連覇だろうな」


 学園祭における男女別の生徒人気投票は、学祭イベントの中でも最も盛り上がるものの一つだ。世間体やら時勢などから美少女コンテスト。美男子コンテストではなく人気投票というのがあれだが、実体は変わらない。


 真那さんのルックスなら、人前にさえ立てれば男子の票は間違いなく集まるだろう。


『惚れた? 惚れちゃった?』


「いや別に。好きになったり嫌いになったりするほど深く関わってない」


『あれだけの美少女なら外見だけで好きになったりしないのか、男子は』


「人によるんじゃないかな。俺は外見だけじゃなぁ」


『おっとなぁ』


 椿姉が茶化す。が、単に美人は身内で見慣れているだけだ。本人には決して言うつもりはないが。


 椿姉を見慣れているせいで俺の女性の外見に対するハードルは相当上がっていると思う。


『というか中身だって知り合ってみれば可愛いだろう?』


「愛着を感じるほど深く関わってないよ」


『《魔女》化まで見たのに?』


 ――あ。


「《魔女》化で思い出したけど」


『うん? なにかあったか?』


「――少し煽りすぎて先輩をマジ泣きさせちゃって……俺は先輩に対して感情ニュートラルだけど、先輩は俺のこと嫌いかもな」


『よし、今からお前の家に行ってお前を殴る』


「え、ちょ――」


『女を泣かすような奴に育てた憶えはない。修正してやる』


 反論する間もなく通話が切られる。まじかよ業務用の電子レンジか。一瞬で熱くなったぞ!


 いや、面倒を見ている女子生徒を泣かしたらそういう反応もする……か?


 どうする、一旦逃げるか? 俺が自分で撒いた種――自業自得とは言え弁明の余地は欲しいぞ。椿姉は実家住み――ご近所さんだ。徒歩で来るだろうから来襲の前にバイクで出れば撒けると思うが―――


 途端、家の中に鳴り響く来客を告げるチャイム音。しかも連打。早えよ、秒で来やがった!


 椿姉なら母さんか父さんが確実に家に上げる。家に上がったら確実に俺の部屋にくる――っていうか、階段を上る音が!


 慌てて扉のノブを掴む。俺の部屋に鍵はない――だがノブが回らなければ扉を開けることはできない。


 間一髪だった。ノブを掴んだ瞬間、急激に捻られる力がかかった。それに全力で抗う。


 ドア越しに声が聞こえる。


「開けろ、悠真」


「来るの早すぎない? 逃げる暇もなかったけど?」


「元々顔出すつもりで向かっていたからな。開けろ」


「ちょっと落ち着こうぜ。泣かせたのは確かだ、そこを誤魔化すつもりはない。ただいろいろと理由があってな?」


「勿論聞くぞ、殴ったあとで。開けろ」


「いやそれは流れを聞いてからでも遅くはないと思うんだけど!」


「おばさーん。後でちゃんと直すから、悠真の部屋のドア壊してもいいかなぁ?」


「ちょっとマジで待てって! 弁明の機会をくれ!」


「女を泣かす男にそんなものはない」


 そんな言葉の向こうで、母親の「いいわよー」なんて声が聞こえてくる。母さん……!


 両親の椿姉に対する信頼が鬼。椿姉が怒るなら絶対に俺が悪いはず、という精神だ。


 俺は諦めてドアノブを押さえる手を放した。


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