とんひゃらほい
短編その1です。
内容はあまり面白くありませんが、鮮明なイメージが頭に思い浮かんだので文章に起こしてみました。
朝、胸が苦しくなって目が覚めた。
喉はヒリヒリと痛み、何度も何度も咳き込んだ。何分か経ってようやく収まったが、これほど咳き込んだことは無かった。
目を開くと私は和室に敷かれた布団で寝ていた。
寝る前は和室にはいなかったはずなのに、どうして和室で寝ていたのだろう?
不思議に思いながら、辺りを見回すと、自分の腕が皺くちゃでまるで筋肉がそぎ落とされたかのようにすっかり細くなっていたことに気づいた。
私は驚きのあまり声を上げた。
だが、その声は私の声よりも低く、か細く、酷くしわがれたものだった。叫び声というよりは呻き声に近かった。
そのとき、私は自分が年老いていたことを思い出した。
そして、自分がどんな人間であったのかということを思い出した。まるで走馬燈のように私のこれまでの人生が頭の中を駆け巡った。
そうだ。私は肺に病を抱え、余命幾何もなかったのだ。その事実を知った私は娘夫婦に頼み込んで自宅で看病してもらっていたのだ。
そうだった。どうして、こんな大事なことを今まで忘れていたのだろう?
そう思っていると、どこからかこどもが何か喋っているような声がした。
──こんな夜中に何事か! と思いながらも、私はしばらく横たわっていた。
しかし、その声は止むことなく、むしろ大きくなっていった。
私は我慢ならなくて、つい叫んでしまった。
「うるさい! 早く私を寝かせてくれ!」
そのとき、私は目の前に二人のおかっぱ頭の着物を着た少女がいることに気づいた。
私はつい叫びそうになったが、堪えた。
彼女たちは私が見つめていることに気づいたのか、クスリと笑ってから私の周りを奇怪な踊りをしながら、回り始めた。
何か喋っているな、と思いながらも不思議な踊りをしている彼女たちを私は孫娘を見ているかのように優しく見つめていた。
普段の私であれば、──人が寝ているのに周りをぐるぐると回るとは何事か! と叱っていたところだが、不思議とそんな気持ちはわかなかった。
「とんひゃらほい。とんひゃらほい」
いつからかだろうか、そんな声が聞こえてきた。
──とんひゃらほい? いったい何だろう? 何かの掛け声なのか?
そう思っていると、突然、私の喉元を細長い何かが通った。
口を塞がれた私は息もできず、ただただ何かが通っていくのを感じることしかできなかった。そして、口から何かが出てきた。──それは蛇だった。
そう。蛇が私の口の中から出てきたのだ。
私は怖くなった。
──どうして、私の中に蛇がいたのだろう? まさか、気づかないうちに胃袋に蛇を飼っていたとでも言うのか?
ありえない。
そんなはずがない。
寄生虫ならまだしも、蛇を腹の中に入れているなど聞いたこともない。
本当に飼っていたのだとしても、肺に病があることを医者から伝えられた際に、何か言われていたはずだ。
なのに、私の口から蛇が出てきた。
息苦しい私を尻目に彼女たちはまだ踊り続けていた。
そのとき、私は彼女たちが「とんひゃらほい」と言っていると、蛇が私の喉を這い上がっていくことに気づいた。
──そうか。彼女たちは私の腹にいる蛇を追い出そうとしてくれているのか。
もし、蛇が身体の中に居たら当然、具合も悪くなる。たぶん、彼女たちは私の身体に悪さをする蛇を追い出そうとしてくれているのだな。
そう思った私は心の中で──いいぞ。もっと踊ってくれ! と踊る彼女たちに心の中で声援を送った。
彼女たちの踊りに合わせて蛇はゆっくりと這いあがる。
蛇が喉を出ていくのはひどく苦しいものだったが、蛇が腹の中にいることよりはましだった。
すると、突然、私の喉に蛇の尾が触れた。
むずかゆくて少し咳き込みそうになったが、何とか堪えた。
──どうやら、このまま出て行ってくれるようだな。
そう思った私は蛇が出ていくのを待った。
すると、なぜか急に私はその蛇に出ていってほしくないと思ってしまった。
さっきまで蛇が悪さをしていたと思っていたのに、なぜか私は蛇に出ていってほしくないと思ってしまったのだ。
そう思うと、なんだか息苦しくなってきた。
蛇が喉を這いあがる時よりもずっと苦しかった。
──出ていかないでくれ!
そう思う私の意に反して蛇は無情にも口からするりと出て行ってしまった。
手を伸ばして掴もうとしたが、蛇は避けてどこかへ行ってしまった。
途端に、ゆっくりと私の視界が暗くなっていった。
そのとき、私の側でケラケラと笑う二人の少女の姿が目に入った。