不思議な部屋
レッドナイトの面々には、表だってのお誘いなら貴族関連から夜とも昼とも馬車の使者が頻繁にやってきていた。それでも国王からの使者の類いは来た試しはない。国王ともなればそれだけのプライドもあれば、対面もあるのだろう。そう易々と来て下さいなどと言えないのが現状だった。
とは言え国王派にとっても何時かは目通りさせねばならぬ相手だとは認識していた。それは味方につけねばならぬ、と言う意味を当然のように含んでいた。
そして味方につかなければ、その時は王国の総力を挙げても、討ち取らねばならぬ存在だとくっきりと明確にもなっていた。
そのレッドナイトにはもう一つ奇妙なお誘いがあった。それは闇の国からの案内状と共に運ばれていた。
「エモンよ! これをどうするよ?」
そう言って表に髑髏の刻印が押された羊皮紙を示した。
そのエモン、その羊皮紙を触るのもいやらしく視線だけ向け、
「行かなければやばそうだしな。誰かが行くしかないだろう? 俺は嫌だが!」
そう言ってオスカルに促したのだが、彼も、
「俺だって嫌だっての!」
「じゃ?」
と言ったのだが、そのアトラスが姿が見えない。それで、
「イリヤ! あいつを知らないか?」
そう言われたイリヤもジュディーも、
「アトラスが大人しくしていたことがあって?」
とジュディーが言えば、イリヤも、
「試合だっていなかったでしょ。これであいつには首輪が必要だって分かったでしょ」
そう言って自分の主張を誇張する。
アトラスはいない。オスカルもいない。そうなったら致し方なくエモンが、
「じゃ、俺しかないか、そうだ、ジュディーもいかないか?」
しかし、そのジュディーはあっさりと、
「わたしは嫌よ! そんな危険な場所、絶対にお断り!」
とにべもなく拒否してきた。
それに意気消沈したエモンだったが、なんの前触れもなく急に、
「ところでアトラスって、本当にいるのかな? 幽霊って事はないよな?」
そんな事を聞いてジュディーは笑いながら、
「帝国の墓場でスケルトンと戦った時のことを忘れたの? あの時ってアトラスがいなかったら、わたし等って死んでいたんだよ」
「それはそうだがよ。その墓場ってのが気になってな。ここにも女の幽霊ってのが実体化して一人いるだろ」
そう言うエモンに、ジュディーは、
「それ言ったらスケルトンが肉体をつけ、さらにそれに憑依している幽霊がいるんだよ」
と飄飄として笑い飛ばした。
それでもエモンが異議を言おうとしたとき、
「なんの話をしているの?」
と急にアトラスが現れた。
死ぬほどビックリしたのはエモンで、
「驚かすなよ! 本気でビックリしたぞ」
しかしジュディーは笑いながらも、
「エモンって見かけによらず恐がりなのよね。本当は幽霊って怖いんでしょ?」
とからかうように言えば、エモンは真顔で、
「そんなの怖いに決まっているじゃねぇか。いつ憑依されるかわからんのだぞ!」
そこで振り向いたジュディーは、
「アトラス、そうなの?」
とここも聞き出した。
そのアトラスは、
「幽霊にもよるだろうね。強力な幽霊なら何でも出来るし、虚弱な幽霊なら何も出来ないよ。そうだな出来て見ているだけとか、ね。それよりその招待状、どうするの?」
それでエモンは投げやり気味になって、
「どうせならアトラスが行ったら良いじゃないか!?」
と言いだしたのだが、そのアトラスは、
「ここは大人の出番でしょ。それに護衛をつけますよ」
「え? ついてきてくれるの?」
「そう、これとあれ!」
と言っては肉体を持った幽霊の女に、スケルトンの肉に取り憑いた男を指差した。
エモンは気味悪い思いがしたのだが、それだけ頼りがいがあるのかと思い直し、
「じゃ、護衛がいるのなら行こうかな?」
とまだ不安そうにアトラスの反応を見ようとした、のだが、すでに彼の姿はそこにはなかった。
招待状の場所に赴いたエモンにミサキとその亭主。
一瞥だけなら夫婦に体がでかい傭兵と判断するだろうが、よくよく見れば、その夫婦がどうも変だと気が付いてしまう。
第一に視線が変なのだ。どこを見ているのか、焦点が合っていないというのか、右と左でも違うし、そもそも見えているのかさえ怪しく感じるのだ。
そして最大の不思議に、その夫婦は呼吸、つまり息をしているようには見えないのだ。
それで案内役の男が、
「ところで、そのお連れさんはどちらのお方なんです?」
と探りを入れてきた。
実際に後ろめたいエモンは答えられずにいると、ミサキの方で、
「あんまり首を突っ込まない方が良い穴もあるんですよ。ねぇ、あんた!?」
ミサキの亭主も薄笑いを浮かべ、
「そう言うこと。ほれ、お前さんの横をすり抜けたのが幽霊だとしても、知らなければ素通りする分けだろ。しかし、知ってしまったら?」
と歯切れの悪い尻上がりのイントネーションで言葉を締めくくった。
その気味悪さに背筋が凍る思いがした案内役の男は、それ以降口を閉ざした。
男が立ち止まった部屋には大きな扉があり、それが音も無く開いてゆく。
そして男はそのまま立ち去ったが、中から入るよう促す声が聞こえたきた。エモンに選択肢はなかった、が、それでも自分は一番最後から入るからとミサキに合図を送った。
その仕草がいたくおかしかったのかミサキは笑いながら入っていく。そしてその後には亭主が、遅れてエモンが及び腰で入っていった。
エモンが最初に見たものは恐ろしげな男たちに女たちだった。それらはどこからどう見ても人間だった。
それで安心したエモンは急に態度がでかくなり、
「俺がレッドナイトのリーダのエモンだ!」
と部屋中に聞こえるようなどでかい声を出した。
すると部屋の奥から、
「威勢の良い兄ちゃんじゃないか。どうだ、手っ取り早く俺たちの配下にならねぇか?」
としゃがれた声が聞こえてきた。
そして部屋にいた幹部らしき者達がワイワイと騒ぎ出し、中には、
「ちょっと待ってくださいよ、お頭。こんな得体の知れない連ちゅを仲間にするなんて俺は反対ですからね」
または、核心をつくような、
「そうですよ。それにですよ。エモンとか言う男は良しとしても、そっちの二人は違うだろう? 正体を出したらどうだ?」
そんな言葉までもが飛び出した。
エモンは剣の柄に手を添え、
「俺は不快だな。人を呼び出しておきながら、なんだ、このもてなしは?」
と怒りを言葉に顕わにしだした。
それを受け手なのだろう、奥から、
「俺たちが誰なのか分かっていないようだな。だれか分からしてやれよ!」
と言う者に受け手なのだろう、
「俺がやってやるぜ。良いだろう、お頭? 俺に殺されるほど弱いんじゃ、仲間にする価値なんてないんだから」
そう言ってエモンのいる方に進み出た、その瞬間だろう、
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
と声を発したと思えば、その男が上下と真っ二つに分かれてしまった。
その血の臭いを嗅ぎながらエモンは、
「言わんこっちゃない。これに懲りたら俺たちを怒らせないことだな」
とあくまで強気に出ていく。
その半分になった男がどうやってやられたのかも分からないから、部屋にいた幹部らしき男も女も押し黙ったままでいる。
と、その静けさのなか、何かスープをはしたなくも啜る音がしてくる。
「ズルズルゥゥゥ……」
それがどうも二人がかりでスープを啜っているようだ。それで誰だろうとエモンが見渡すと、二つになった男を片一方はミサキで、もう片一方は旦那がと言った感じで、屍肉から血を啜っているのだった。
「げぇぇぇ!!」
とエモンも流石に声が出てしまった。
「なんだ、この化け物どもは!??」
と部屋中がパニックになった。
エモンも返す言葉もなく事態の行く末を見送っている。
すると先ほどのしゃがれた声の主が、
「だから仲間に入りなされ! 最高幹部に迎え入れてあげるから、なぁ、アトラス君」
と半分笑いながらアトラスを紹介するのだ。
エモンは開いた口が塞がらないようで、
「なんでアトラスが!???」
と動揺を隠せないようだ。
そのアトラス、
「別に驚くこともないだろう? 何しろどこにも光、つまり表があれば裏と言う闇もあるのだから。表の国は国王が治めているのだろうが、民衆の生活を支えているのはその闇の力なんだよ。そう思わないか、エモンリーダー?」
エモンは困り顔で、
「それはそうかも知れないが……」
「闇がボイコットすればたちまち物流が止まる。そうなれば国家としては配給制にするしかなくなるよな。そうなったら国力は半減するだろう。そんなところに帝国が攻めてきたらどうなると思う?」
とこれまた質問形式のアトラスだ。
「それは防げないかも知れない。なにしろ国が混乱状態では、その先がどうなるか誰にも予測がつかない」
「そう、今エモンリーダーが考えたような、謀反、国家の分裂、反乱、王家のお家騒動などがあるだろうね。そうなったらどこにつくかで運命が決まるというもの。しかし、そんなことで自分の運命を決められたら、嫌だよね?」
とこれも質問してきた。
エモンは表の晴れやかな雄志を想像してきたから、今の発言には納得しかねる部分があった、が、しかし、それを言葉にすれば自分がおとぎ話が好きな子供子供して見え、
「しかし、そんな事をしても誰の得にもならないだろう?!」
「いや、それがなる。この国の国王とか貴族とか、上部の人間とかが抱え込んでいる財宝が洪水のように流れ出す。それを喜ばないものはいないだろ。コロナド城のことも思い出しなよ。あそこにあった全ての富が流れ出したんだ。そうなってみんなが喜んだだろ」
それにはエモンは渋い顔で、
「その代わりに城にいた全ての人間が死んだんだがな」
と吐き捨てるように言った。
「しかし、ゾンビとして、或いはスケルトンとして生まれ変わったぞ」
「それを望んだ人間など一人もいない!!!」
「エモンリーダーは表がそれと同じだって気が付いていないんだね。命令一つで人を殺さねばならない。それが軍の掟だろ。スケルトンとどこが違うと言うんだ?」
そう言われると言葉を失ったエモンだが、
「それでも人としての自由がある!?」
「自由が欲しいのなら闇の世界に入るしかないと、リーダーも知っているくせに。軍紀にも縛られない、国からの命令にも縛られない。まして人望にも縛られないんだぜ。その意味が分かるよね。先のスケルトンとの戦いで死んでいった三大英雄も、本気でやりたかったわけではあるまい。何しろ力量の違いが分かっていたはずだから。でもどうして出て行って戦ったんだ? それは民衆の期待に応えるしか道がなかったからだろ。言い換えれば民衆に殺されたようなものだ。リーダーもそうなりたいのかい?」
そう言われればエモンも民意の恐ろしさをよく知っていた。また、それは自分をもやっていたことでもあった。そう、民衆とは我が儘で無責任で血を流すことが大嫌いで、その嫌なことを拍手と引き換えに英雄と祭り上げて人に押しつけるのだ。だから、
「いや、俺はそんな英雄になりたい分けじゃない。ただ飲み屋で知られた男に……」
「つまりこういうことだろ。良い人のようでいてワイルドで、頼りがいがありそうだけど頼りにくい存在。それはいいとこ取りする人間の特徴ってやつだ」
エモンはそう言われて自分で始めて自覚した。
『いいとこ取りか、確かに民衆に知られてはいるが、民衆の自由にはならない。だから英雄なんかの座なんて望んでいなかった。しかし、そこそこの男として知られたかったと言う分けか。それなら民衆の期待を裏切って自己保身したって悪くはない』
そう結論付けたエモンだが、
「で、俺に何をさせようって言うんだ?」
それで喜んだしゃがれた声の主が、
「おぉ、仲間に入ってくださるのか!?」
と喜んだのだが、そのエモンは、
「早合点しないで欲しい。俺は結局の所我が儘なんだ。だから闇の世界だろうが表の世界だろうが、縛られるのはまっぴらというのさ。俺は自由人なんだ」
それを聞いてしゃがれた声の主は、
「それこそ我らの社是ではないか。我らは自分のために存在し、他に利用されない。だからここのほとんどは表の顔を持ち裏の顔もある。表だけの人間、裏だけの人間を哀れんでみている位なのだよ。そう思って君に声をかけたんだ。このまま行けば間違いなく英雄に祭り上げられ、民衆のそして国王の操り人形になってしまうぞ」
確かにこのままではその可能性しか見えてこない。そもそもこの王国に来た目的は観光客気分と賞金稼ぎだった。民衆のために、などと言った高尚な目的などはなっから持ってはいない、し、その柄でもない。そう決心したエモンは、
「それで俺に何をしろと言うんだ?」
そう聞き返したときには、その部屋には誰もいなくなっていた。
飲兵衛たちの家に戻ったエモンはすかさず、
「アトラス?! アトラスはいるか? いったいどう言うことだ?」
と怒鳴り散らしながら部屋中を探し回った。
すると台所でジュディーにイリヤに、元々この家で囚われの女性たちが、
「アトラスならここにいるわよ」
と言うのだった。
それでエモンは絶叫するかのように、
「あとらす!! 一体どう言うつもりであんな屋敷に行ってたんだ?」
と今にもアトラスの首根っこを掴みそうな勢いだ。
しかし、それにアトラスが答える前に、ジュディーにイリヤが、
「何言ってるの? アトラスならあんたが出て行ったときからここで料理の勉強会をやっていたわよ。だから夕食は期待してても良いわよ」
と温度の違ったしゃべり方だ。
それを信じ切れないエモンは、元々いた女性たちに、
「それは本当か? 本当にアトラスはここにいたのか?」
と問い詰めるように聞き出そうとする。
その女性たちは急に脅された気になって震えながらも、
「はい、アトラスさんならここでわたしたちとずっといました」
と震えながら言うので精一杯だった。
それが信じられないエモンは今きた道を辿って先ほどの屋敷に行こうと馬車を走らせたのだが、ついた場所が公共の墓地であった。
「そんな……、ばかな事があるものか!?」
そう言って膝から崩れ落ちた。
しかし、その後からエモンの様子が変わった。
それまで良い子ぶって民衆に手を振るのが好きだったくせに、それからは妙に悪ぶって見せたり民衆を無視したりしだし、時には酒の力を借りてのご乱行をやったりもした。
それでジュディーがその変貌を指摘しながらこう言った。
「これで王国に来た目的も果たせたし、心置きなく帝国に変えることができるね」
「でもよ。俺たちは王国中の人気者なんだぜ」
とエモンはまだ自覚していないようだ。
「それでそこのミサキって幽霊に墓地に連れて行かれた挙げ句に幻を見せられたんでしょ。そろそろ覚悟しないと本当においてけぼりにされちゃうよ」
その言葉は効いた。流石のエモンも翻ったような身のこなしで、
「それでいつ帰る? 明日か? 明後日か?」
と急き立てたときだった。ドアが叩かれ、
「国王からの使者だ。ここを開けなさい!」
大声で怒鳴る者がいた。
それで窓越しに外の様子を見れば、王家の家紋付きの馬車が何台か止まっている。
「何の用だ?」
そう言ってオスカルが追い払おうとしたのだが、
「国王からの使者だぞ。言うなれば国王陛下とおなじ意味がある使者だぞ。それに対してこのような無体を働くとは正気とは思えぬぞ!」
それで仕方なくドアを開けると、雪崩れ込んでくる兵士たちに頭を押さえつけられ平伏させられたアモンにオスカル、そしてジュディーにイリヤに女性たちだ。
それで満足したのか使者が羊皮紙を取りだし読み出した。
「国王陛下はこのように仰った。レッドナイトのメンバー全員に入城を許可する。そして日付を読み上げたら、それで終わりだった」
使者は偉そうにも髭をさすりながら、
「以上だ」
と言ってエモンたちの反応を見渡した、が、彼らがなにも示さないから、
「行きますという返事はどうした! 国王陛下からのお達しだぞ!」
そんなことを言われたエモンは、かつての自分の認識が間違っていたことを痛感し、
「嫌だと言ったら?」
と低くて鈍い発音で答えた。
すると使者は仰天しながら、
「貴様、国王陛下からのお達しだぞ。それを無視したらどうなるか、今ここで思い知らせてやっても良いんだぞ!」
と脅し文句を言うのだが、その使者も相手が誰であるのか重々承知らしく、ドアに向かって足を後退させている。どう見ても使者は及び腰だ。
それでエモンが怒鳴るように、
「俺たちを誰だと思っているんだ!!」
と言うものだからジュディーが中に入って、
「そう言うものじゃないわよ。ねぇ、使者殿もそれは分かった上できているのよね。それとも使者殿には命がたくさんあるとでも言うのかしら? なんならここで一度死んでみる? なにか楽しいことが起きるかも知れないわよ」
そう言われた使者は首を振り振り、
「いえ、それには及びません。私の命も一つですから、これを失ったら死にますから」
などと言っているとズボンの辺りが水でもかけられたようになってしまい、
「では、これで失礼する」
と大急ぎでドアの外に出て行った。
それから何日かして王城から迎えの馬車がやってきた。それでエモンはアトラスにこう聞くのだった。
「お前も行くよな? それで行ってどうしようと言うんだ?」
と彼の腹の中を知ろうと努めた。
「そうだな。ここは国王陛下の顔でも見てみようじゃないか。良い土産話になるかも知れないしね」
最後の、『しね』と言う言葉が、自分に、『死ね』と言われた気がしたエモンは、
「なんだか? 俺は大丈夫なのかな?」
と確認したくなったようだ。
それでアトラスは、
「どうしたんです? 何時ものエモンリーダーじゃないみたいですよ」
そう言われて気が楽になったのか、
「ではみんなで王城見物でもしに行こうぜ!」
と景気の良い掛け声を上げた。