飲兵衛たちの家で
飲み屋から少し離れた人気の無い荒地にポツンと一軒家が建っていた。見るからに粗末な造りだったがエモンたちには知らない土地での休みの家はありがたかった。
入るなりいきなりジュディーとイリヤが、
「殺風景にしては小綺麗にしているのね?!」
と拍子抜けしたように言う。
しかし、なんだか分かっていたようなアトラスは、誰かに向かって、
「もう良いから出てきなよ。その鎖を外してあげるからさ」
と、何のことだかを言い出した。
すると奥の方からゾロゾロと女が三人出て来た。その時、女たちは思い鉄か何かを引き摺るような音を立てていた。
それでアトラスは、
「それじゃ逃げたくても逃げられなかったね」
といつになく優しい口調で言うと杖を使いながら、
「ほら解除! 次ぎも解除、これでお仕舞いの解除と……」
こうして鎖に繋がれた女性たちを解放していった。
しかし、女たちは怯え、なにも話せないでいる。
それで察したジュディーにイリヤが、
「こいつらに拘束されていたのね。なんて酷いことを!」
そう言っては憤慨し、
「この女の敵」
と言いながらゾンビを殴ろうとしたのだが、それを寸でのところで止めたアトラスは、
「よせよ。こいつら屍肉だよ。少しの力でもその肉が剥がれ落ちる」
「うげぇぇ!!」
と思い出したようにジュディーもイリヤも戻しそうな程気持ち悪がった。
その遣り取りを見ていた女性たちは、
「あのぉ……、その人たちは死んでいるんですか? もしかしてゾンビですか?」
と恐怖が顔に浮き出しながら聞いてきた。
「そうだよ。だからあんたたちは自由の身さ。だから好きなところにって言いたいのは山々なんだけど、誰かに話されたら厄介だから、ね。そうも行かないんだ、悪いけど」
そうアトラスは言うのだが、女性たちは首を振りながら、
「いいえ、わたしたちには行く当てがないのです」
「だから、よろしければ」
「このままここで」
「住まわせてもらえたら」
「ありがたいです」
そう震えながら、ぽつりぽつりと言い始めた。
すぐに了承したのはやはりジュディーにイリヤだった。
「勿論、OKよ。ね、そうでしょ?!」
と同意を求めるより返答を強要しだした。
エモンもその方が得策だと判断したようで、
「あんたたちは料理とか出来るよな?」
と、さもジュディーたちが出来ませんと言わんばかりの事を聞き出した。
女性たちは頷きながら、
「お料理は一通りのものは作れます。今からでも作ります。ご要望をお願いします」
その夜になって、別々の部屋で休んでいたジュディーにイリヤが、エモンたちの部屋まで来て、
「あのゾンビが気味悪いんだけど」
とジュディーが言えば、イリヤは、
「屍肉の臭いがして嫌なんだけど!」
と言ってはアトラスに何とかしろと無言の圧力をかける。
アトラス自身は、
「死んでいるんだから腐敗臭がしても仕方がないよ。なんだったら骸骨にしようか? そうなったらもうなりすましも出来ないが」
それでイリヤはこう命令しだした。
「それだったら体だけでも生きたものにして、いえ、しなさい!」
そんなことを思いもしなかったアトラスはビックリしながら、
「体だけを生きたものに? って、生きた肉体にすれば良いのか? ふむふむ」
そう言ってアトラスはゾンビが押し込められていた納戸に向かった。
そこでアトラスはゾンビの体を生きたものにすべく魔法を使うのだが、死んだ肉を生きた肉に変えただけでは、どうもそのままでは肉が死んでしまう。やはり、肉を生かすには食べさせなければならない。
しかし、肉に食事をさせるには意識がなければどうにもならない。今のゾンビの意識では食事をするというところまで発展しないのだ。なにしろ脳内はすでに朽ち果ててしまい神経系が崩壊しているのだ。
そこで仕方なく幽霊か何かに憑依させるしかないと、またしても墓地に向かったアトラスだった。
しかし、そこには先客がいて、こう言い出した。
「子供が来るところじゃないわよ。化け物に食われても知らないからね」
そう言われたアトラスは、
「あなたが化け物なんですか?!」
と変なトーンで返した。
そのイントネーションが小馬鹿にしたように聞こえた相手の少女が、
「パパ、今の聞いた? こいつ、わたしをなんだと思っているのかしらね!」
そこで一風変わった服装の中年が出てきて、
「なんだ、子供じゃないか? 可哀想だから逃がしておやり!」
「だってこいつったらわたしのことを化け物って言ったのよ!」
それを聞いて急激に怒りだした中年が、
「なんだと!! 許されることと許されないことがあるって、分からせる必要があるな」
「そうでしょ。こいつにはこれ以上無い程の苦痛を与えた上で殺しましょう」
「うむ、殺すことは決まったな! では、どうやって殺すかだが!?」
と言ってその子供を探したのだが、どこにもいない。それで、
「あやつ! 逃げ出したか?!」
「パパ、早く捕まえないと!」
などと言い合ってい、親子して探し出した。
その当のアトラスは、そんな親子などに構っている暇はないと幽霊の欠片をあっちこっちと探し回っていた。
それでその功もあってか、つい先ほど葬られたばかりの墓の上に恨みのためか、それとも未練ためか、実体はないが幽霊となったものを見つけた。
「おぉ、これはちょうど良い」
そう言ったアトラスはその幽霊を指差しながら、
「お前に体をくれてやるからついてこい」
と台詞はそう言ったのだが、彼の手は有無を言わさずに幽霊をとっ捕まえた。
勿論、その幽霊がしゃべれる分けもない、し、拒否することもできない。何しろ漂っているだけだったのだがら。
しかしアトラスはそんな事情などお構いなしに、
「お前の仲間とかはいないのか? いるんだったら場所を教えろ」
と聞くのだが、幽霊はしゃべれない。
その事に気が付くまでにゆうに一分はかかったのだ。それで気が付いたアトラスは、無理にでも聞き出そうとして、思いついたのが、さっきの親子だった。
「そうだ、その前にさっきの親子に憑依させてやる。それなら話せるだろ!」
と、自分でも妙案だと感心しながら親子のもとに出向けば、
「おい、そこの女。ちょっと体を貸せや!」
とどう聞いても誤解するしかない聞き方をした。
驚くと言うより激高しだしたその娘は、
「あたしの体が目当てってわけね。このドスケベ! 変態男!」
また親の方も血相を変えて怒りだし、
「まだ手つかずの生娘に向かって、体を貸せとはよくいった。そこになおれ、手打ちにしてくれる!」
などと言いたい放題だったのだが。
しかし、そのアトラスは気にもかけずに、
「こっちに来いよ」
と言いつつ抱き寄せると、無理矢理その子の口を開かせ、
「よし、これでも食え!」
と幽霊をねじ込んでいき、
「なに、心配はいらない。こいつに喋らせたら体は返すからな。なにしろ、こいつには棲む場所が決まっているんだから。会話するだけだ」
そんなことを言われても自分の愛する娘が不埒な目に遭っているのだ、それを許せるわけがない。だから父親の方は、
「この強姦魔! 女の敵!」
と近寄っては来ないのだが言いたい放題喚いている。
そんな父親は無視するアトラスは、娘の体に、
「それで仲間はいるのか? いるならどこにいる?」
しかし、その娘の体に憑依した幽霊は、もどかしいほど動かない体で、
『店にいる』
とふらつく身振りとたどたどしく話した。
それを聞いてアトラスは、
「それじゃ、そいつらを皆殺しにすれば……」
と言ってから少し考えると、
「それは違うか。恨みが俺になるよな。それじゃ別の質問だ。死んでいったお前の仲間はどこにいるんだ? だ、それなら良いだろ?」
娘に憑依した幽霊は、よろけながら墓地を歩きだし、無縁仏のような場所を指差し、
「この変に埋められていった」
と、少し体になれてきた感じで話しだした。
「ふむふむ、この辺か、で、幽霊になった気配とかはどうなんだ? あるか?」
「ない……、ない……」
そう言いながら幽霊の娘は悔しそうに周囲を回ってから、
「しかし、骨ならある! 恨みの積もった骨ならある!」
そう言うと地面を恨めしそうに睨んでいる。
仕方なくアトラスはその骨の当たりをつけると、
「そいつはお前の良い人だったのか?」
と女性と付き合った事も無いのに知ったかぶって聞く。
するとその幽霊は、娘に涙を流させ、
「わたしの愛した人……、そして最も憎い人……」
その幽霊、膝を崩し地を舐めるようにしてから、
「お願いします。あの人を蘇らせて下さい」
と、こう言った。
その成り行きを見ようとアトラスは、
「スケルトンだが良いのか?」
「はい、骨だけでも構いません」
「ふむ、意識はやつのものだから安心しろ。では、少し離れていよ」
そう言うと大地を深くえぐり出し、
「蘇れ! 若人よ!」
と、自分よりも年上な若者、骨だけだがを、生き返らせた。
大地が噴出したかのような地の底から、這いだしてくるスケルトンが一体いた。
その者を見た瞬間、娘に憑依していた幽霊が飛びつき、
「会いたかったよぉぉぉ~~、あんたぁぁぁ!」
と、その声では考えられないような大人びた連れ合いみたいな展開だ。
しばしの時間の後、ようやく事態を把握しだしたスケルトンが、
「俺のご主人様は? ご主人様はどこだぁぁ?」
と喚きだした。
急に何を言い出すのかと思ったら、恋女房ではなく、主人捜しとはと怒りがわき上がってくる幽霊妻が、
「あんたのせいでわたしがあんな所に売られたんだよ! それなのに? なに? ご主人様だぁぁ?? まず、わたしを抱きしめるのが先でしょ!?」
そのスケルトン、キョトンとし、
「お前、誰なんだよ? 俺には恋女房がいるんだよ。汚らわしいからあっちへ行け!」
と骨で足蹴にする。
踏んだり蹴ったりの憑依した幽霊は懸命に縋り付き、
「捨てないでおくれよぉぉ、あんたの恋女房のミサキじゃないか!!!」
と大声で泣き出した。
そのミサキという名でスケルトンも気が付いたのか、
「お前がミサキ? いつ若返りのクスリを飲んだんだ? それだったらもっと高く売れたんだぞ!? 今からでも取り返してくるか?」
「馬鹿、何言ってるんだい。わたしはあいつらになぶり殺しにあったんだよ」
「じゃ、なにかい? お前は幽霊ってわけか? ゾンビでもないようだし」
「そうだよ。陵辱された挙げ句になぶり殺しさ。それは酷い目に遭ったもんさね」
「お前も苦労したんだな!?」
その言い方が他人のようだったから、
「だれのせいだと思ってるん? 全部あんたの借金のせいだろうに、このろくでなし!」
「すまんな! おれに甲斐性がないせいでよ」
しかし、その娘は泣きはらしたその顔をさらに泣き顔にし、
「馬鹿言うんじゃないよ。惚れあった仲じゃないか」
そんな場面を眺めているアトラスだが、そろそろ時間だと思い、
「さて、その続きはその幽霊に肉体を与えてからにしてくれないか」
との急な言い分に驚いたスケルトンは、
「この体がそうなのでは? 違うのですか?」
「あぁ、違う。それは通りすがりの憑依した体だ。予定の肉体はむさ苦しい男の肉体だ」
「えぇぇ!?男なのですか?」
それを聞いた幽霊も驚き、
「いや、わたしは男になんかなりたくない。だってこの人に抱かれなくなるもの」
と完全に抵抗する気になっている。
しかしアトラスは難色を示し、
「でもよ。用意されている肉体は一体なんだぞ。それもむさ苦しいおっさんだ」
「そんなの死んでも嫌!」
「いや、お前はもう死んでるし。それに選択肢はないぞ!」
「だったらこの女の体を乗っ取ってやる。それならダーリンも喜ぶし」
「しかしそれではお前でなくなるんだぞ。どこからどう見ても……」
と考えたアトラスは仕方ないと、
「それならお前の骨を使えば良いんだな!」
と少なからずお冠状態になりながらも譲歩し、幽霊の骨が埋葬された場所まで戻り、
「こら、起き上がれ!」
と命ずるとまだ肉がついたままの骨が土の中から這いだしてきた。良く見ると土をかき分けたせいか指先の肉が剥がれ落ち骨が見えているし、髪は半分以上が抜け、あるいは頭皮が捲れ上がっていた。
その醜さから骨の旦那の方が、
「これはミサキじゃない! 腐れババアだ!」
しかしそれにアトラスは、
「死人なんだからこうなるさ。それにな、こいつ殺されたんだよ。その殺され方がこれを見れば分かるだろ? その悲惨さがよ!」
それで言葉を失ったスケルトンは、
「許してくれ!」
ババアと罵った屍肉の女に抱きつき懇願し始めた。
それもしばし待ってから、
「はいはい、そこまでにしておくれ、でないと夜が開けてしまう」
そう言ってスケルトンの旦那を引きはがし、
「では、その屍肉を生き返らせ、生きた肉にしてから、幽霊のお前を憑依させてやる。本当はこんな手筈じゃなかったんだが、予定では幽霊をとっ捕まえてスケルトンの肉に憑依させるだけだったんだが。面倒なことになりやがった」
と愚痴をこぼしながら女の肉を蘇らせていき、幽霊に、
「憑依から出てこい」
と言ったのだが、幽霊の女はその娘の体から出てこず、
「いや、わたし、このからだが気に入ったの。だったこの子のからだってまだ経験がないのよ。こんなチャンスって滅多にないんだから……」
それに喜んだスケルトンの旦那は、
「それじゃ、おれと二度目の初体験ができるじゃないか!」
と言えば、女の幽霊も頷き、
「そうよ。感動の瞬間よ」
そこに娘の父親が雪崩れ込んできて、きっと決死の覚悟できたのだろう、
「娘の体で遊ぶのは止めてくれ!」
そう言ってアトラスの前で懇願し始めると彼も、
「そうだよな。我が儘が過ぎると痛い目に遭うぞ」
などと言っては娘の体を抱き抱えると、無理に口を開けさせ、その口に手を突っ込むと何かを引きずり出していき、出てきた得体の知れないものに、
「お前の器はそれだ!」
と言い捨てると、まだ屍肉の名残が残るそのスケルトンの体に放り込んだ。
女のスケルトンの肉に憑依した女の幽霊は驚きながら、
「なんだぁぁ!??? この体は? まだ殺されたときのままじゃないか! 早く治しておくれよ。このままじゃまた死の苦しみに負けてしまうじゃないか」
でもアトラスは、
「少しはそこで反省しろ! おれの命に従わずばそうなるんだ!」
そう言って取り合わず、それより憑依したいた娘の方を気にかけていた。なにしろ憑依していた時間が長すぎたかと思ったからだ。
それでも父親の元に戻った娘は、
「あたし、悪い夢でも見たのかしら? 気持ちが悪いんだけど」
と、憑依されていた間のことは記憶にないらしい。
それでも悪いと思ったのかアトラスは、
「ほら、これをやるから機嫌を直せ」
とアイテムを投げ渡した。
それを繁繁と眺める親子に彼は、
「三世宝珠だそうだ。かなりの掘り出し物らしいが、どうだろう!?」
そう言われるとなんだかありがたい品物らしく見え、
「へぇ、三世宝珠かぁ!」
と娘が見入っていると、三本の爪から剣の先が光と共に伸びた。
「ぎゃぁ! なにこれ?」
それに汗を滲ませながら、
「それが宝珠の光の剣なんだろう。きっと浄化の力がありそうだ!?」
娘は、
「浄化? っていうとスケルトンにも効果がありそうね?!」
「きっとあるぞ! いや、必ずある!」
「それじゃ、国王の御前試合で優勝できるかも知れないわね」
「しかし、彼がなんと言うかだが?」
そう言って父親がアトラスを探すのだが、すでに彼はどこにもいなかった。
家に帰ったアトラスは肉に憑依する女のスケルトンと、その旦那のスケルトンを伴っていた。そしてこの家の、飲んだくれのスケルトンに肉をつけさせたまま、旦那のスケルトンを押し込み、
「これでお前の肉は生きた肉となり、スケルトンのお前は生きたゾンビとなる」
そう言って旦那を生きたゾンビに仕立て上げた。
しかし、屍肉を生き肉に出来たのは一体だけで、後は完全なスケルトン、つまり骨だけにしていった。
何しろ屍肉のままでは臭くて堪らないとジュディーにイリヤがうるさいからだった。
そして他のスケルトンに命令を出した。
「お前たちはスケルトン対戦に出てくるスケルトンに紛れ、出場者をぶち殺してこい」
そう言ってアトラスはスケルトンを王国管理下のスケルトンに紛れ込ました。