王都での騒動
アトラスはゲルマン王国に向かう途中にデカポリスに立ち寄り、そこを警護していたスケルトンたちに皇帝がくるであろうから危害を加えないように命令を付け加えていったのだが、ちょうど王国の魔法学院で一緒になっていたイリヤと出くわし、彼女も同行することとなった。
それを喜んだのは手持ち無沙汰だったオスカルだ。
「イリヤちゃんは魔法では何が得意なの?」
と話しかけるオスカルには無頓着なイリヤは、
「この前良いことを教わったのよね」
そう言って話を受けたと思ったオスカルは、
「それは誰にだい? いや、何を教わったんだい?」
それでイリヤは得意げに、
「魔法師って鈍くさいって思われているでしょ? でもね、瞬間に相手を丸焼けに出来るのよね。火の玉を投げたりするんじゃなくってね」
それを側で聞いていたジュディーは頷きながら、
「わたしも教わったわよ。火だけじゃなく下から霜柱が立ち上がる氷の魔法もね」
それは初耳だったイリヤはアトラスを締め上げ、
「ちょっとどう言うことよ? そんな話は聞いていないんですけど」
と目が血走っている。
それでジュディーは大人びた対応で、
「修羅場をくぐり抜けた回数で絆って深まるのよね」
と意味ありげにオホホホと高笑いをしていた。
そんな楽しい日々を過ごしながら王都に到着したレッドナイトのメンバーは、着いてすぐにリーダーのエモンが情報収集に動き出すと言い出した。
「さすがは王国だな。どこもかしこも街並みばかりじゃないか」
そう言ったエモンにジュディーが恥ずかしそうに、
「ちょっとなにキョロキョロしているの。まるでわたしたちが田舎者みたいじゃないの」
「しかし、俺たちは本当に田舎者なんだから仕方ないだろ」
と言うのはオスカルだ。
そう言われても納得できないジュディーは、
「わたしは都会育ちなの。あんたたちと一緒にしないで頂戴!」
それを聞いてエモンもオスカルもイリヤまでも苦笑していると、アトラスが、
「おれは自分がどこで浮かれたのか知らないほどの田舎者だけどな」
と独り言のように言えば、それに反応したイリヤが、
「そう言えばあんたって、どうして草原で倒れていたのよ? あの草原って、わたしたちの魔法訓練場になっているのよ。だからどこから魔法攻撃されてもおかしくないのよ」
そんな話を聞いていたジュディーが不思議そうに、
「倒れていたって、アトラスが? 草原に? って、どう言うことよ?」
その話をしようとした時、エモンが、
「この店がちょうど良くないか? 大分賑わっているようだし」
そう言ったエモンにジュディーは、
「本当は外にまで臭ってくる酒の臭いが堪らないんでしょ」
と自分も満更でもない様子で言う。
「じゃ、入ろうか」
そうあっさりとオスカルが先に入っていく。
それで仕方がないイリヤにアトラスも酒場の門をくぐった。
酒場の店ではまだ夕焼けの時間だというのに出来上がったものが大勢いて盛り上がっている。どうやら金回りが良さそうだ。
それでテーブルに着いたエモンがウエイトレスにこう問い掛けた。
『あの人たちはどこのお方ですか?』
と小声と聞いたのだが、それでも声が大きかったようでウエイトレスに指先で唇を押さえつけられながら、
『しーー! あの人たちに聞かれたらただでは済まないわよ。なんでも特殊警察の人らしいわよ。下手したら掴まっちゃうんだから』
そう言って注文を取っていった。
最初にポテトサラダを乗せた皿が出てきた時、飲兵衛がよくする見下すようなからかい半分の暴言を酔っ払いどもが言い出した。
どうやら狙いがあるようだ。
「そこの姉ちゃん、こっちに来て飲まないか。そんなガキじゃあるまいし」
と指までは差さなかったがアトラスと言うよりエモンとオスカルを挑発していた。
しかしエモンが相手にするなと目配せしたからオスカルも彼らの方に顔すら向けないでいる。
それでもジュディーの方は気が気ではないようで、
『こんな店、早く出よう。なんだかトラブルになりそうだよ』
それはイリヤも、
『そうだよ。ここじゃわたしたちはよそ者なんだし、味方してくる人なんていないよ』
と戸惑うばかりだ。
そんな切羽詰まった状態でもアトラスはポテトサラダを食いながら、
「ねぇちゃん、この店に鶏ガラの骨ってあるよね? どのくらいある?」
ウエイトレスも急に聞かれたのだが、アトラスが差し出した銅貨に目が行き、
「聞いてきてあげるけど? 骨なんて食べれないよ!?」
「とにかく丸ごと一匹分で何体分あるのか聞いてきて」
銅貨を受け取ったウエイトレスは、すぐに戻ってきて、
「五体分あるらしいけど、一匹分だけ足の骨がないらしいの。要するにびっこね。で、それでどうするの? 買うなら一匹分が十銅貨だってさ。どうする?」
「じゃ、五匹分買うけど、足がない分だけ値引きだな。全部で四十八銅貨だ」
それを聞いていたイリヤが大笑いし、
「またしてもアトラスの経済音痴が露呈したね。本当にアトラスって常識知らずなんだから、そfれで良く今まで生きてこられたものね。ほんとに不思議!」
そう言って笑う彼女だが、ジュディーの方はかえって気の毒そうに、
「アトラスって、友達にも笑われるなんて可哀想だね」
「だって考えてもみなよ。鶏ガラよ。肉屋なら捨てるような骨なのに、それを十銅貨で買うって言うのよ。道ばたの石ころにお金を払うようなものだっての!」
「可哀想なアトラス、わたしが慰めてあげるよ!」
そう言ってジュディーはふくよかな胸でアトラスの頭を抱え込んだ。
その成り行きを見守っていたウエイトレスに、アトラスは、
「早く持ってきてくれ」
と銀貨を一枚投げた。
その銀貨を見事にキャッチしてウエイトレスは厨房に消えていった。
それからすぐに厨房から戻ったウエイトレスはゴミ袋のようなものを担いでいた。
「はい、これが五体分の鶏ガラ、確かに渡したからね」
そう言って引き上げようとしたのだが、
「待ちなさいよ。お釣りがまだでしょ!」
とイリヤが言えば、
「そうよ。猫ばばなんて婆臭いわよ」
とジュディーも言い出した。
それで仕方なく、
「はい、五十銅貨! 後はお願い!」
と、ウインクしてみせる。
そのアトラスは視線をゴミ袋に注ぎながら了解の手を振っていた。
嬉しそうにウエイトレスは奥に引き上げていくとジュディーが、
「あれは猫ばばしたに違いないね」
と言えば、イリヤも、
「かなり吹っ掛けていたんでしょうね」
と、推測して見せた。
その間にもアトラスは鶏ガラで作ったスケルトンに命令を出していた。その中でも片方の足がない鶏の骨は、びっこを引きながら、
「おれには杖をくれないか!?」
と人の言葉を喋り出した。
アトラスはアトラスで、
「ではお前には杖を、そうだな、魔法の杖をやろう。そして全員に首輪をやろう。そして手羽先には鳥に羽で作った弓矢をやろう」
そんなことを言いながら一羽一羽に武装させていき、
「ではお前が指揮官だ。名はなんと言う?」
そう言ってびっこの鶏ガラに聞けば、そいつは、
「おれはな、サイモンと言うんだ」
「ほう、どこから持ってきた名だ?」
それには機嫌が良くない様子で、
「うるさい、おれのご主人だったやつの名だ」
と悔しそうに言い捨てた。
それでアトラスは察して、
「なんだ、お前を捨てたやつの名か」
「うるさいやい。しかしお前は俺たちを捨てるなよ!」
「ふむ、片足になったために捨てられた、いや、売られたって分けか」
「余計な詮索はするな!」
「ふむふむ、ご主人だった子供を野良犬から助けたときに片足を失ったのか。しかし、よくそれで生きていたな」
その片足君は懐かしそうに、
「ご主人が治してくれたんだよ!」
「でも、その子の親の方はそうじゃなかったんだな。なにしろ売ってしまったんだからな。売られたお前はホラこの通りに鶏ガラにされちまったな。で、どうすよ?」
「どうするたぁ、どう言う意味だ?」
「時ああったら帰りたいのかを聞いているんだ」
「こんな姿を見せるんですかい? それは酷というものですぜ! 旦那!」
それからアトラスは酔っ払いとの遣り取りの様子を見ながら鶏ガラスケルトンの調教をしていたのだが、どうやら事が大きくなり出した。
「だからその女をこっちによこせって言ってるだろ!」
それにはジュディーもイリヤも、
「わたしは物じゃないっての!」
と厳しく断ると、
「そこのちっこいのはお呼びじゃないの。おれは幼女趣向はないんでな」
と酔っぱらい同士で盛り上がっている。
それでイリヤの方が激高しだし、
「なんだって!! この変態おやじが!」
それでもエモンもオスカルも黙りを決め込み、運ばれてくる料理を平らげている。
それで仕方なくアトラスが、
「じゃ、鶏ガラ兵団! あいつらを始末しちゃいな」
とただ事ではない命令をだした。
すると指揮官になったサイモンが、
「殺しちゃったも良いんですね?」
と念のために聞いてきた。
「あぁ、それで十分だ。ただ、血が飛び散るとこの店が迷惑だろう。だからさ、毒矢で始末してやりな。その方があいつらも幸せってものだろ」
「旦那はお優しいですね。おれなんてざく切りでしたぜ!」
「まぁな。鳥と人の違いとでも思ってくれ」
そう言われて解き放たれた鶏ガラ兵団は狙いを定め矢を放った。
「がぁぁ???」
と酔っ払いどもの一人が不意を突かれ毒矢が刺さった。
が、他の者はそこまで酔っていなかったのか、用心深かったのか、反射神経が並ではなかったのか、放った毒矢を払いのけ盾に腰にぶら下げていた剣を抜き身構えた。
「良い度胸だな! 俺たちを舐めきったな!」
他の者も、
「ここを血の海にしてやるぜ!」
と凄むのだが、誰も鶏ガラスケルトンに向かって突進するものはいなかった。
それで仲間内で身構えながら作戦の相談をし出したのだ。
「どうするよ?」
と右往左往するものに、頭らしき男が、
「そうだ、術者を殺せばスケルトンも動かなくなる、はずだ!」
それを受け他の者達は、
「どいつが術者だ?」
そう言って迷ったいると、
「あいつだ! あの女が術者だ!」
などと勝手な思い込みで言い出し始めた。
「じゃ、みんなで一斉に行くぞ!」
「おぉぉぉ……」
と酔っ払い集団が動き出すその前に、鶏ガラスケルトンの指揮者サイモンが、
「水龍の清めの水! 降臨!!」
そう言っては大水を彼らの頭の上から降らせると、
「そして電撃! まさかの雷が落雷!」
酔っ払いどもはその落雷で痺れている、その時、四匹の鶏ガラスケルトンが一人一人の首の後ろにある脊髄に毒矢を差し込んでいく。
こうなっては人の身のため即死状態になり、そのまま椅子に座り込んだ。
そこにアトラスが近寄り、各人に聞こえるように、
「タリタクミ! 起きて我が命に従え」
とぐぐった声で呪文を唱えた。
すると死んだはずの酔っ払いどもが背筋を伸ばした。
「それでは出すものをだしな。もう、お前らには必要ないものだろ」
そう言われた酔っ払いのゾンビどもは懐から金子入れをテーブルの上に投げ出した。
「ふむふむ、割りと持っているじゃないか」
そう言ってアトラスはそれらを懐に仕舞うと、
「ねぇちゃん、こいつらの払いはいくらだ?」
急の状況でも代金に関しては頭に入っているらしくウエイトレスは即座に、
「銀貨一枚に七十五銅貨です」
しかし、それにもくってかかるイリヤは、
「本当はいくらだって? 本当は七十五銅貨だろ! 正直に話さないと鶏ガラが襲いかかっちゃうよ、それでも良いのか?」
それに合わせるようにジュディーも、
「たった五人で銀貨一枚分の飲み食いってどんな化け物だよ。ウエイトレスのお姉ちゃん。あんた死ぬよ!?」
と二人して脅し出せば、さすがのウエイトレスもへたり込んで、
「七十銅貨です。ごめんなさい、殺さないで!」
と床にシミのようなものまで作ってしまった。
その間でもアトラスはエモンとオスカルに遅ればせながらと料理に食らいつき、
「はいよ。七十銅貨だ」
そう言って銀貨一枚を投げ渡した。
その遣り取りの後、店の主人らしき男が街の治安部数人を引き連れ、
「あいつらです。あいつらが暴れて……?」
と言いかけたのだが店は静まり返っている。
一緒に入ってきた治安部の頭が、
「寝惚けて夢でも見たんじゃないのか?」
そう言いながら店の中に入り、エモンとオスカルの服を繁繁と乱闘の痕跡がないか見たりした後、
「お兄さん方、ちょっと剣を見せてはくれないか?」
とエモンとオスカルに要求した。
勿論、エモンもオスカルも素直に同意し、
「好きなだけ見てくれ」
と鞘のまま差し出した。
それを無造作に抜き、
「ふむ、そう悪い逸品じゃないが、上等という代物でもないな。まぁ、よくそこそこって感じだ。しかし、あんた本当に冒険者なのか? 戦闘の痕跡が一欠片もないぜ! 買ったばかりという感じもしないし? どう言う身分だ?」
そう言われたエモンは、
「人とか動物とか、まして化け物を切ったことがないからだ」
「じゃ、これはなんに使ったんだ?」
「スケルトンさ。しかしな、スケルトンは切っても無駄なのさ。だから切るんじゃなく」
とそこまで言ってエモンは口を閉ざした。
しかし頭は聞きたそうに、
「最後まで言えや。切るんじゃなくて、これでどうするんだ?」
それで仕方なくエモンは、
「こう、叩きつぶすって感じで使うんだ。だから刃の部分に刃こぼれはないが、フラーって言う樋の部分に打ち付けた後があるだろ」
それで頭は手先で触れ感触を確認すると確かにボコボコととしていた。
「それでか、どもう変だと思ったぜ。剣にこんな使い方があったとはな。ところであんたたちはスケルトン狩りチームなのか?」
ここまで話した以上、エモンも正直に、
「そうだとも、スケルトン狩りは俺たちの専門さ」
それで頭は思い出したように、
『王城の方でスケルトン狩りに精通した冒険者を探しているって御触れが出てたっけな』
と独り言のように言ってから、酔っ払いの方にも行き、
「お前たちはどうなんだ? 今夜も酔いどれか?」
と顔なじみのように問い掛けた。
死んではいるが動いているからゾンビと言うのだが、アトラスによって普通のようにしゃべれるようにされたゾンビの一人が、
「何でも無い。向こうに行け」
そう言って蹲ってしまった。
それを酔いつぶれと思った頭は、
「それで騒ぎはあったのか? 無かったのか?」
ともう一度店主に聞き出した。
その店主は弱り果ててウエイトレスに小声で、
『どうした? こいつらからぼったくるって話はどうなったんだ?』
ウエイトレスは弱り果て、、
『こいつら普通じゃないよ。あたい怖くって怖くって』
と冷たくなった下半身を恥ずかしそうに押さえつけた。
濡れたスカートに目をとめた主は、
『それはお漏らしというレベルじゃないな。大洪水じゃないか。それになんだかしゃん便臭いな』
『だってよ。こいつらったら……』
と言うもウエイトレスはそれ以上の言葉が出てこない。
それにはここで騒いでも治安部ですら酔っ払いどもの二の舞になると思ったからだ。
しかし、それを知らない店主は独断を決行し、
「とにかくこいつらを捕まえて下さい」
と言いだした。
だが、治安部の頭は金の臭いを嗅ぎ分けたのかエモンたちに向かって、
「どうだ? 俺たちと組まないか?」
と言いだした。
エモンは急なことで意味を理解できずに、
「組むっていきなりなんだ?」
「だからよ、王城の方でなスケルトン狩りチームを募集しているんだよ。なんでも腕があれば高額報酬がでるらしい。そこでお前らってスケルトン狩りが出来るんだろ?」
「それは出来るが?」
「だったら話が早い。俺らとチームを組もうや!」
それにメリットを感じないエモンは加えて、
「俺たちが、あんたたちと組んでも有利になる気がしないんだが?」
そう言って距離を取ろうとしたエモンに、頭は、
「そこが素人考えって言うんだよ。お前らよそ者だろ。この王都城にどんなやつがいるのかも知らないだろ? その点はどうなんだよ?」
と余裕の笑みを浮かべている。
エモンに取ったらここは未知の世界だ。どんな業師がいるのか、どんな習わしになっているのかも分からない。だから、
「分かった。あんたらは情報を持っていると言うんだな?」
頭はにこやかに、
「あったりめぇよ。俺たちは治安部だぜ。有力な情報が一手に集まってくる場所さ。それに危険人物に関してもな。で、どうなんだ?」
それでも違和感があるエモンは、
「断ったら?」
と言うと、頭は店主を見据えて、
「こいつが言ったようにしょびくまでさ。さぁ、どうする?」
そう言われ困ったエモンはジュディーの顔色を見てから、
「承諾した」
とぽつりと返事をした。
あっさり決まって嬉しそうな頭は、
「これで決まりだ。で、お前らの宿はどこだ? お前らってよそ者だろ?」
それにはアトラスが衣紋の裾を引っ張り、
「このおじちゃんの家だよね」
とにこやかに答えを送った。
驚いたのは頭で、酔っ払いの方を見やれば、先ほどのしゃべれるゾンビが、
「あぁ、俺たちの家に来てもらうんだ」
と真っ平らなトーンで言うと立ち上がり、よろけるように歩き出した。すると他のゾンビも共々立ち上がりその後にしたがって行った。
エモンもその後について行き店を出て行った。