拷問
薄暗く堪えられないような臭いが充満する狭い部屋の中、しゃがれた声で、
「元魔法学院長だとは、とても思えない恰好になったな」
といかにも人の悪そうな声質の男が言う。
「わしを出してくれ。礼ならいくらでも出す」
と、小太りだった以前の体型の名残すらない、ガリガリにやせ細った男が言う。
「へん、まだ、わからねぇのかね? 前は学院長だったんだろ? 自分が置かれた状況くらい理解しろよ。そして洗いざらい喋っちまいな。そうしたら楽に殺してやるからさ!」
「だから何度も言っている。わしは知らないんだ。わしには荷馬車が七台しかなかったんだ。だから他の荷馬車は帝国軍が持ち去ったはずだ」
「それは聞き飽きたな。だから他の答えを言いやがれ!」
その問答があってからしばらくしてしゃがれた声の男が部屋から出来てきて、待ち構えていた男に報告しだした。
「ここまでやって白状しないってんですから、あいつは何も知らないんじゃないですか。これ以上責め立てれば保って二三日ですぜ。どうします? ここは手を緩めてやつを少しばかり回復させてやりますか? そうすれば時間はかかるでしょうが、聞き出すことが出来るかも知れませんぜ」
「うむ、やむを得ないか。やつに死なれるのは悪手だからな。それに生かしておいても実害が生じることも無し、今後、何かの手駒になることもあるしな」
それを聞いてしゃがれた声の男は嬉しそうに、
「それなら生かしておくのですね?」
「あぁ、殺すな、だ!」
「なら、別口の給金の方もお願いしやすだ」
差し出された手を見て先の男が嫌そうな目付きで、
「抜け目のない男め、今はこれしかないから、後で屋敷に来い」
そう言ってからこの館を後にした。
馬車を走らせある大きめの館に到着した先の男は、出迎えた執事たちには目もくれず真っ直ぐ目的の部屋へと入っていった。
そしてそこにも彼の報告を待っていた男がいて開口一番、
「どうだった? 口を割ったか?」
先の男はここの召使いのようで深々とお辞儀をしてから、
「いえ、一向に口を割りません。それで死にそうなので拷問を中断し延命処置をさせることにしました。このまま行きますと保って二三日ということでしたので」
「そうか、それは致し方ないな。死んでしまっては死人に口なしだからな」
そう言って主人らしき男は振り返って、
「と言う具合だ」
そう言っては表面上も残念がってみせる。
話しかけられた男は口惜しそうに、
「絶対に奴は嘘を言っているに違いない、いや、絶対に十台以上の荷馬車をどこかに隠しているはずなんだが……」
と一瞬激高したのだが、相手のために語尾はトーンを下げていた。どうやら彼の方が格が下のようだ。
「うむ、聞き出せるように手は打っておくよ。しかし、やつが言う七台の荷馬車の行方は分からんのかね? せめてそれだけでも見つかると助かるのだが?」
「やつを捕まえたときには、すでに荷馬車は奴が乗っていた一台だけになっていました。それでもと思い周囲を探索させたのですが、轍すら発見できないありさまでした。それで並の盗賊ならすぐに足が付くと高をくくって待っていたのですが、一向に尻尾を出しませんでした。となると、やはりやつが隠したとしか考えられませんので……」
家の主が濃いあごひげを撫でながら、
「尻尾を出すとは? どういうことだね?」
「普通の男ならあぶく銭が手に入ればすぐに使って足下がばれるものですから、その形跡を探ったんですけど、まったく急に小金持ちになったものはおりませんでした」
「なるほど、盗んだ荷馬車で小金持ちか、それはカペルナウム城塞都市での話だね?」
「はい、我が城塞都市をつぶさに調べましたが、民間人に変わった動きはありませんでした。勿論、それなりの費用はかかりましたが」
その費用の話は聞いていないと言いたげな主の方は、
「それなら対象は将軍たちとか、軍関係者というのはどうだったんだね? 君の所の兵だってその場にいたんだろ?」
などと好色そうな目をぎらつかせてみせる。
急に心外なことを言われたカペルナウム城塞都市のルクセンブルグ男爵は、
「我が兵にもそのような怪しい素振りはありませんでしたし、そもそもそのようにこそ泥を働くような兵などいません。それを言うならコラジン軍を疑った方が良いのではありませんか? 王も気にされているのでしょう?」
と懸命に疑いを払拭しようと別の話に持っていこうとした。
主の方はその反応に驚いたようで急に態度を変え、
「いやいや、君を疑っている分けではないのだよ。そこを理解して欲しいものだね。実は、コラジンの城主、バッハ男爵には……」
と、気まずい雰囲気の中、一呼吸置いた後、
「ここだけの話にして欲しいのだが、大丈夫だよな?」
と神妙な表情を見せ、親近感を醸し出そうとする。
相手はすぐさま聞きたそうにし、
「無論ですとも。大臣とわたしとの仲ではありませんか」
「うむ、それを聞いて安心したのだが、いやね、実はバッハ男爵がね、まずい立場に追い込まれていたんだよ。あと少しの所で、国王のご機嫌を取るのがあとちょっと遅かったら、今頃はあの首は繋がっていなかった、と言うのが真相だ」
その相手は仰天するほど驚きつつ自分の首筋の冷や汗を拭りながら、
「例の荷馬車の件ですか?」
「そうだとも。荷馬車の情報はいち早くに国王に届けらたのだが、国王はその事実を隠し、知らぬ顔をして大臣以下、各貴族の動向を探っていたのだよ。よもや着服する不届き者がいないかってな。まさしく知略家というものだね」
「それで大臣はどのように?」
「うん? わしか? わしはな正直者が功を奏したのか、君から聞かされ、実際にこの目で荷馬車を見たからには、国王に報告しなければと、荷馬車に積んであった良い品を持ってはせ参じたんだよ。そうしたら国王は大喜びしてな」
とユリウス大臣は満面の笑みを浮かべている。
しかし、ルクセンブルグ男爵も自分のことが知りたくて、
「それで国王はわたしめの事をなんと?」
それに気が付いたようにユリウスも、
「おぉ、男爵のことも大いに気にしてな、今度、君のための晩餐会を開く通達を出すらしいぞ。そうなったら君は親戚一同を伴って晩餐会に来ると良い。さぞかし名誉なことだぞ。一段高い位に就けるかも知れない」
「それは本当ですか?」
「あ、いや、そうなると良いなと思うのだが、そうならなくとも、国王の思し召しに必ず残るはずだ。さすれば次の機会が楽しみというものではないか」
ルクセンブルグは肩の力が抜けたように、
「はぁ、そうですか……」
そこにユリウスは景気をつけようと、
「そのためにも学院長の荷馬車を発見せねばなるまい。発見できればこの上ない」
と、感想のようなことを言う。
ルクセンブルグには尚も聞きたい思いが勝り、
「それでコラジン城主の件はどうなったのです? 何が決めてで解決したんです?」
ユリウスは思い出したように、
「そうだった、コラジンはな、多分だが、荷馬車そっくりそのままと最高級品の剣を差し出したらしいのだよ。この前の御前会議にも国王はその剣を持ちだし……」
と言いつつポーズを取りながら、
「『これと同じものがこの国で作れるのか!?』ってな具合に話を進め、帝国の攻略を推し進めることになったらしい。三日後には分かるのだが……」
そう言ったユリウスはルクセンブルグの顔色を見て気が付き、
「あぁ、今のは聞かなかったことにしてくれ!! この話が漏れれば、我らの首は繋がってはおらぬぞ!! だから絶対に他言無用だ!!」
しかしルクセンブルグは割りと平気で、
「そのような重大事項なら尚更、すでにちまたに広がっていますって」
「うん? どうしてだ? 国王陛下が厳重に言い渡したんだぞ?」
「ですから、ですよ。言うな語るな洩らすなってことは、言えよ語れよ流せよ、と言う事ですよ」
「そうなのか? どうしてそう言いきれる?」
「秘密にするなら極少人数でしょうし、王の側近だけで計画するでしょう。大臣が加わっても一人か二人だけにとどめるはず。それが全大臣を集めての御前会議場で通達するなど、これも国王の知略でしょうね。誰がどのように動くのかを見極める腹ですよ」
ユリウスは驚いたように、
「君はとんでもなく恐ろしいとこだな!?」
と言うのだが、当のルクセンブルグにとったら、
『そんなユリウス大臣に近づいたのだって策略だし、いち早くに荷馬車を差し出したのだって策略だっての。それに気が付かないあんたの方が間抜けなんだよ』
と腹黒い考えで満たされたいたあ、表だっては、
「いえいえ、普通からしたらですよ。当たっているかなど分かりませんよね」
そう表だって笑うルクセンブルグに釣られユリウスも笑いながら、
「そうか、なら安心だな。それで君の見立てでは誰が洩らすと思う?」
「洩らすと言うより準備に取りかかるでしょうね。そうなると物価が高騰しますよ」
それに無反応の表情でユリウスは、
「急になんだね、物価のことなど言い出して?」
「少し考えてみて下さい。コロナド城の財宝がこの王都に持ち込まれたときから、財宝関係の値が下がったでしょ。それの逆ですよ。軍が買いあさるものはどれもこれも値上がりしていくでしょうね。そうなったら嫌でも噂が流れますよ」
「おぉ、なるほど。君と話していると新しいことずくめだな。確かにな。荷馬車の財宝をばらまいたら王都での財宝の価値が下がったと、宝石店主たちから酷い苦情が寄せられたものだった。その理由が荷馬車だったのか。ふむふむ!」
そう言って今更ながらに理解したユリウスを尻目に、
「それでユリウス大臣は学園長の荷馬車を発見したら、どうするおつもりですか?」
それには淡々と、
「金はあった方が良いだろ? 別段、国王もこの件に関しては情報を持っておらぬだろうし、持っていてもこれくらいは見逃して下さるはずだ?」
しかしルクセンブルグは強ばった表情で、
「それはなりません。もし戦にでもなれば出費はかさみます。そこで発見した荷馬車が出てくれば、、これほどありがたいものはないでしょう?」
それを聞いたユリウスは目が覚めたように喜び、
「そうであった。お国のために働くのは大臣の役目。君は良い臣下になるだろうね」
と目を細めて言った。