第7話:ログイン
0から9。そして、aからfの英数字がしし座流星群のように山道・聡に向かって落ちていく。しかし、その量は段々と増していき、今や流星群というよりは大雨で増水した河川のように山道・聡の身体を通り抜けていく。
英数字の速度と量が増していくほどに、山道・聡の脳裏には映像が映し出される。最初はテレビの放送が終わった後の砂嵐かのようであったが、段々とあるものを形どっていく。ザザッ! ザザザッ! とノイズが走りまくる映像であったが、はっきりとしたものに変わっていく。
「こ、これはっ! ノブレスオブリージュ・オンラインっ!!」
山道・聡は直感でそう感じたのだ。中世ヨーロッパのとある都市のど真ん中に山道・聡は立っていた。しかしながら、中世ヨーロッパだというのに、街中は小綺麗すぎる。そして、町行く人々は色鮮やかな甲冑や衣服を着こんでおり、それらの人々はノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーたちだと容易に想像がつくのであった。
手を伸ばせば、そのプレイヤーたちの身体に触れられるのでは? とすら錯覚してしまうほどの現実感が山道・聡の脳裏に浮かぶ。だが、彼の伸ばした右手はスルリとプレイヤーたちの身体をすり抜けてしまう。
身体を触られたプレイヤーは一瞬、何だ!? という顔つきになり、後ろを振り向くが、そこには誰もいないのか、再び前を見て、ある方向に向かって歩き出す。
「あ、あれ? 僕の存在を気づいてもらえていない!? 僕はここにいながらにして、居ない存在となっている!?」
山道・聡は自分の身体がこの世界に存在しているであろうという、しっかりとした現実感があった。それはこの世界の空気を自分は吸っているという感覚があったからだ。大きく深呼吸すれば、秋を迎えようとしている少し涼し気で湿った空気が肺を通り、吐き出せば、暖気を伴い、喉の奥から口の外へと出ていく。
山道・聡は試しに路傍に転がる石を右手で拾ってみようとする。
「掴め……ますね。僕はこの世界に降り立ったことは確かなんでしょうけど、プレイヤーたちには触れな……い?」
山道・聡は拾ったこぶし大の石を試しに道行く仰々しい全身鎧に身を包む大柄な男の戦士の後頭部めがけて、勢いよくぶん投げてみる。
しかしだ。結果は山道・聡の予想をある意味で裏切ることとなる。なんと、こぶし大の石はその大柄な戦士の頭をすり抜けて、どこかへと飛んで行ってしまうのであった。もちろん、石を投げられた側の戦士は違和感を覚えたのか、左右に頭を振り、キョロキョロと辺りを見回すのであった。
「ふむ、なるほど、なるほど。これは興味深い現象です。僕はこの世界に存在しつつも、プレイヤーたちに明確な影響を与えることが出来ないと……。そうですね。現実世界で例えるならば、神は確かに存在するが、ひとびとには直接、干渉出来るわけではないと言ったところでしょうか?」
山道・聡は大通りのど真ん中でぶつぶつと独り言を繰り返すのだが、道行くプレイヤーと思わしき人々は、決して山道・聡の存在に気づくことは無い。勘の良さそうなプレイヤーが時折、訝し気な表情に変わるが、それでも山道・聡を視認することはなさそうであった。
山道・聡は推論に推論を重ねて、ある結論に達する。
「僕はこの世界では、目に見えない神と言ったところなのでしょう。ならば、神がすべきことはただひとつ……」
山道・聡は右足を意識して、カンカンッ! と軽快に2度踏む。すると、山道・聡の前方4メートルほどの位置に白い長方形の枠に囲まれた文字群が浮かび上がるのであった。
「やっぱり予想通り、この世界はノブレスオブリージュ・オンライン内なのですね。右足タップ2クリックで、メニュー画面が登場しましたし。さて、ということは右手をこうクイクイッと動かせば……。はい、出てきました。マウスカーソルがっ!」
山道・聡の眼には白くて小さいマウスカーソルが見えていた。右手の指を細かに動かすと、それに連動して、マウスカーソルが自由自在に動く。その不思議な感覚に新鮮なものを感じつつも、山道・聡は自分がしなければいけない作業に移っていく。
プレイヤーがこの世界に存在するということは、臨時メンテナンスの時間が終了し、オンラインサービスが再開されたということである。徐々にノブレスオブリージュ・オンラインにインしてくるプレイヤーが増えてくることは明白だ。その前に、サーバー負荷を少しでも軽減するために山道・聡はやるべきことをやろうと決意する。
山道・聡が最初に行ったのは、メニュー画面に並ぶとある単語を選択したことであった。その単語は『メモリー占有率』であった。山道・聡が見ているメニュー画面とプレイヤーが見れるメニュー画面はまったく違ったものである。
山道・聡のそれにはGMだけが実行可能なメニューが一覧に追加されている。基本はプレイヤーのものと同じではあるが、GM権限により実装されているものがある。そのひとつに『メモリー占有率』というものがあったのだ。
「むむむ。この昼間の時間帯にメモリー占有率が90%に届きそうな勢いですね……。これはワールド内のゴミが上手く消去されていないということでしょうか?」
山道・聡が言う『ゴミ』というのはプレイヤーたちがその辺に捨てたアイテムのことである。一定時間を過ぎれば、それらは自動で消えるのだが、どうやら、何かシステムに不具合があり、そのゴミが消えてないのだろうと彼は推測する。
もちろん、別段、『D.L.P.N』システムを利用しなくても、これらの『ゴミデータ』を開発チームでのPCでモニタリングすることは出来る。しかし、普通は注意しておくべき『ゴミデータ』を何故に見逃しているのか? という疑念が山道・聡に起きるのは当然と言えば当然であった。