第6話:星
エイコウ・テクニカル社の会長兼相談役である豆柴・豪は最近はメディア露出も積極的である。エイコウ・テクニカル社はVRを利用したゲームに昔から力を入れており、他のゲームメーカーに先んじて、VR対応MMO・RPG:ノブレスオブリージュ・オンラインを世の中に出した。
その功績は甚だしいものであり、下火になりつつあった世の中のVR熱を再燃させた。しかし、それが災いし、本格的VRMMO時代がやってきたことにより、ノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤー人口が半減してしまったのは皮肉と言ってもよかった。
しかしながら、それでも豆柴・豪は自分が開発からサービス開始、そして初期の運営を手掛けてきたこともあり、ノブレスオブリージュ・オンラインには今でも最低限の予算を割り振ってくれている。
だが、そんな会長の温情があってしてもだ。今、割り当てられている予算では、ゲーム内の新コンテンツを次々と生み出していくには足元がおぼつかないのも事実である。現GMである山道・聡は、棚ぼた式でGMになれたはしたが、現状、前任の上杉氏が企画していたコンテンツをゲーム内に実装しているだに過ぎない存在であった。
「うう……。嫌なことを思い出しました」
山道・聡は自分はお飾りなだけのGMではないのだろうか? という心配がある。とある開発チームのように、全然関係ない他所の開発チームから優秀な人材が回されてきて、自分は開発陣の一員に降格されるのでは? という疑念を持っている。そのこともあり、本社側に強く出れないといった事情があった。
山道・聡は頭を左右に振り、今はそんなことを考えている時ではないと自分に言い聞かせる。優先すべきはこれ以上、臨時メンテナンスを行わなくても良い状況にもっていかなければいけない。山道・聡は自分の身を犠牲にすることを選んだのだ。ならば、やることはただひとつ……。
「今までのGMが廃人になったわけではないのです……。僕だって、無事に帰ってこれるはずです……」
山道・聡は恐る恐るであるが、黒い卵の中に右足から身体を入れていく。まるで何かの操縦席のような装いを見せる座席に尻を乗せ、足を踏みペダルの上に乗せる。そして、背中をぴったりと背もたれにゆだねる。さらには右手で頭の上方にあるフルヘイスメットを下方に下げる。
フルヘイスメットを頭に装着した山道・聡は両腕を椅子のひじ掛けに乗せる。するとだ。彼の胴体を包み込むように革製の拘束具が座席の両脇から飛び出し、彼の身体をギュウギュウに締め付ける。さらには、チクチクといった針に刺される感触を胸や腹に喰らい、山道・聡はつい、イギッ! と不気味な悲鳴をあげてしまうのであった。
「ちょっとぉ! 痛いのはやめてほしいんですぅ! もう少し、母親が赤ん坊を抱きかかえるように優しくシステムに組み込んでくれませんかねぇ!?」
だが、山道・聡の文句を聞いて、マシーンが機嫌を損ねたのか、彼の身体を包む拘束具のようなものは余計に力強く、彼の身体を締め付ける。さらには背中の背骨に沿って、細く長い針が次々とブスブスッ! と連続で刺さっていく感触に襲われることになる。
「いったぁぁぁ!! これ、背骨の神経にまで針が突き刺さってるでしょぉぉぉ!?」
次々と襲いかかる背中の激痛に、山道・聡は頭を左右に振りながら、涙とヨダレをダラダラと流してしまう。あながち、『D.L.P.N』システムが廃人を産み出す噂があるのはデマではなかったのだと思わざるをえない状況であった。しかしながら、そんな苦痛に満ちた時間も2~3分ほどもすれば終わる。
次に山道・聡の両腕がひじ掛け付近から飛び出してきた革製のベルトによって締め付けられることになる。彼は手首から先以外は満足に動かせないほどに固定されてしまう。
だが、その唯一自由に動かせるはずの両手は足元からせり出してきた器具に包み込まれてしまう。その器具の先はゼリー状の球体になっており、そのヒト肌のような温かさを持つ球体に両手はすっぽりと包みこまれることとなる。
「なにか、いかがわしい感じのするぬるぬる感なんですけどぉ!? ひき肉をこねているようなそんな感触ぅ!?」
ゼリー状と言っても、柔らかい感じではなく、しっかりとした肉感に似た感触を味わえる球体であった。山道・聡は気持ち良いような気持ち悪いような、なんとも言えない感想を抱くのであった。
しかしながら、上半身はしっかり固定されたものの、下半身は割りと自由に動かせる状態であった、彼は。山道・聡はホッと安堵したのも束の間、金属製の冷たい何かに腰回りを固定される感触に襲われることとなる。
金属製のパンツと言っても良いのかもしれない、それは。その時は、山道・聡は何故、そんなものを履かされたのかは後で知ることになる。
黒い卵型のマシーンが山道・聡の固定を終えたのか、再び、シュィィィンと言う音を鳴らして、開いた卵を閉じ始めるのであった。すっぽりと暗闇に包まれた山道・聡はこの次はどうして良いものかと逡巡する。
するとだ。山道・聡の視界に色鮮やかな光の点がぽつぽつ現れだす。その点は夜空に光る星のようでもあり、明滅を繰り返す。
(きれいだなあ。あれは星かな? いや、違う。なんだろう?)
などと、わけのわからない感想を抱いていると、山道・聡に向かって、その星々は流星のように流れ出す。彼はつい、うわあああ!? と素っ頓狂な声をあげてしまう。
星のようだと思っていたそれは、意味不明な英数字であった。闇の奥から次々と英数字が産まれ、そして流れ星となり、山道・聡に向かって降り注いでいく。
そして、山道・聡はその英数字をつぶさに観察し、それがあるものだということに気づく。
「こ、これは……。16進数!? ということは、何かしらのデータが溢れだそうとしているってことですか!?」