第7話:最初の1歩
――西暦2036年12月24日 午後7時55分 生放送開始5分前――
「ふぁーーー!? 緊張でぽんぽんペインですよおおおっ!!」
「ちょっと、山道さん! もう生放送が始まるんッスから、今からトイレに籠ってたら戻ってこれなくなっちまうッス! ここでお漏らししたほうが視聴数を稼げるッス!」
ノブレスオブリージュ・オンラインの開発・運営チームはこの日、クリスマスイブ特別生放送と題して、いつも使う手狭な会議室から、今後の開発計画の発表を行おうとしていた。そして、初めて素顔をプレイヤーたちに晒すことになる予定の山道・聡は緊張のあまりにお腹が非常に痛くなってしまったのである。
「あうあう……。えっと……。シーズン6.0の発表を最初に行って、それに伴い、新技能の実装、そして新ダンジョン実装予定であることも発表するでよかったっけ? カロッシェさん」
生放送の最終的な段取りについて、緒方・桜子が隣に座るカロッシェ・臼井にそう尋ねる。カロッシェ・臼井は眼鏡を右手の人差し指でクイッと押し上げ、眼鏡のレンズをキラリと光らせる。
「ふひっ。マイスイートハニー。その通りでござる。あと、プレミアムBOXの予約受付開始とその中身を紹介するコーナーがあることも忘れてはいけないでござるよ?」
「いつから私はカロッシェさんの彼女になったんですぅ!? 川崎さん、カロッシェさんを力いっぱい殴ってほしいですぅ!!」
「ちょっと待つッス! 今、山道さんにオシメを履かせようとしているところッス! あーーー! あと2分しかないッス!!」
手狭な会議室は阿鼻叫喚の慌てぶりとなっていた。先々代のGM鍋島の時はちょくちょく生放送を行っていたが、先代のGM上杉の時にはまったくもって行わなかったのだ。それゆえ、久方ぶりの開発・運営チーム直々の生放送による発表ともあり、放送前でインターネットサイトの来場者は5000人を超えるというとんでもない数字を叩きだしていたのだ。
その数字を見れば見るほど、山道・聡はぽんぽんペインに苦しむことになる。だが、山道・聡は放送開始1分前ですというスタッフの声を聞き、開き直ることに決めたのだった。
そして、ついに番組開始と相成る……。
「え、えーーー、えーーーとおおお!! ノブレスオブリージュ・オンラインを楽しんでいる皆さま、初めマステッ! 僕は現GMのヤマミュチ・シャロルです。って、噛みまくりましたっ! リテイクさせてくださいっっっ!!」
「山道さん、落ち着くッスよ! えっと……、俺っちはGM山道の補佐をしている川崎ッス! 皆さま、今日は重大発表とプレイヤーへのプレゼントも用意しているので、番組の最後までお付き合いお願いするッス!」
カメラに向かって、しどろもどろになりながら、山道・聡と川崎・利家は自己紹介を終え、そこで一度、頭を下げる。進行・司会は緒方・桜子が勤め、彼女がこれからの開発計画を発表しつつ、それについてのプレイヤーからの質問を拾い上げて、山道・聡がそれに応えるという形で生放送は進んでいく。川崎・利家とカロッシェ・臼井はテロップを操作し、そこにアドリブで説明書きを付け加えたりする仕事を担当していた。
「えっと……。プレイヤー人数が減ってきたことで上から開発費を引っ張ってくるのがかなり厳しい現状かと思いますが、よくもまあシーズン6.0にこぎつけてくれたことに驚きです。今日の重大発表はサービス終了かと思って、ドキドキしてましたってご意見がたくさん来てますですぅ」
「ノブレスオブリージュ・オンラインは永遠に不滅ですっ! なんなんですか? 重大発表をすると公式サイトで告知した途端に、サービス終了説を流布した輩はっ!? 安心してくださいっ! これから10年、20年とサービスを続けていけるように、僕が会長に直談判してきたばっかりですからっ!!」
山道・聡は憤慨しながら、緒方・桜子が拾ってきたプレイヤーの意見に対してコメントをする。事実、彼はあの不思議な世界から、こちらの現実世界に帰ってきた後、1週間で自分がなすべきことをなすために、予算をもぎ取ってくるための資料を作成したのである。川崎・利家も山道・聡の熱意に感化され、その資料作成におおいに貢献したのであった。
山道・聡がGMに就任した時は、先代GM上杉の残した企画しかやらないで良いと上から言われていた。その時はそれで良いと思っていた。自分は所詮、次のGMまでの繋ぎでしかないと諦めていた。
しかし、彼はあの世界を体験したことにより、ノブレスオブリージュ・オンラインに逆輸入したいと思ったアイデアをゲーム内で実現したいと思った。いや、それ以上にあの世界で起きたことを少しでもゲーム内でプレイヤーたちが体験できるようにしたいとさえ思ったのである。
山道・聡には夢があった。あの世界にもう1度行きたいという願望が。あの世界にノブレスオブリージュ・オンラインをプレイするプレイヤーたち全員で行きたいという壮大なる夢が。そのための第1歩として、ノブレスオブリージュ・オンライン:シーズン6.0『異邦の章』と題したのであった。
皆がその題目を理解できず、山道・聡に対して質問がやまほど届く。しかし、彼はカメラの前で毅然たる面持ちで、こう告げる。
「僕はノブレスオブリージュ・オンラインには無限の可能性があると信じています。そして、それはプレイヤーの皆さまに本格的VR対応MMO・RPGのさらに上を行く体験をしていただけると信じています。その第1歩として、僕はこのタイトルを選ばせてもらいましたっ!」
山道・聡には自信があった。あの世界にもう一度、たどり着けるという自信を。それは自分のみだけでなく、多くのプレイヤーを巻き込んででだ。それを成し遂げるために自分は残りの人生を捧げようと、そう決めたのであった……。




