第6話:決意
「いやあ、美味い酒と食事をたっぷりと堪能しましたよっ! あとはふかふかのベッドで寝るだけですねえ~」
ヤマドー=サルトルは徒党仲間たちとジル=ド・レ卿に手配してもらったシノンの街1番の宿屋に案内されていた。そしてそこに併設されていた酒場で酒盛りと洒落込んだのである。彼としては珍しくハメを外して、飲みに飲み、腹いっぱいに料理をかっつめたのである。皆が彼に酌をすると、ヤマドー=サルトルは、くるしゅうないっ! と言いながら、グビグビと麦酒を一気飲みしてしまう。
女性陣は主にワインを担当し、男連中は麦酒で喉を潤す。そして、次々と運ばれてくる料理をナイフとフォーク、それにスプーンを用いて味わい、まるでここは天の国なのでは? と思ってしまうほどに堪能するのであった。
そして、腹を満たした後、それぞれに寝室へと消えていく。ヤマドー=サルトルとルナ=マフィーエはもちろん同じ寝室である。ここで意外だったのは、飲み過ぎてべろんべろんになってしまったアズキ=ユメルを介抱すると言い出したトッシェ=ルシエの存在であった。彼は空いている左腕で彼女を支え、同じ寝室に入っていってしまう。
それを思い出したかのようにルナ=マフィーエがクスクスと笑う。
「きっと今頃、アズキは良い声で泣いていることじゃろうて……」
「泣いているのか、鳴いているのか、どっちかはわかりませんけどね?」
ヤマドー=サルトルは狭い湯舟の中で、ルナ=マフィーエを後ろから抱きかかえるような体勢で湯に浸かっていた。彼女はリリスとの戦闘で髪の毛が焼けてしまい、胸まであった金髪は今やショートボブへと変わってしまっている。そんな彼女を愛おしく思うのか、ヤマドー=サルトルは彼女の後頭部に鼻を押し付け、クンクンと嗅ぎ、彼女の柔らかく暖かい花のような匂いを嗅ぐのであった。
一線をすでに越えてしまった関係である以上、2人が同じ湯舟の中でイチャイチャするのは致し方ないと言っても良いだろう。ヤマドー=サルトルの頭の中には酔いの勢いもあり、嫁に対する罪悪感はどこかに飛んで行ってしまっていた。
「こらっ! 胸を鷲掴みするでないっ! つぶれてしまったらどうするのじゃっ!」
「むふふー。こんなご立派なものを持っているのが悪いのですよっ!」
ヤマドー=サルトルたちは風呂場でイチャイチャしつつ、互いの身体を洗い合ったあと、ふかふかのダブルベッドへダイブし、そして、その後も互いの身体を求め、ついばみあう。ヤマドー=サルトルは半狐半人のみずみずしい身体を十分に堪能し、自分の中の精を全て吐き出すと、深い眠りにつく。
「ふあああ……。昨夜はヤリ過ぎましたね……。って、あれ!? あれれ!?」
ヤマドー=サルトルが眼を開けると、そこは真っ暗な空間の中であった。両腕と腹あたりが何か機械的なモノに拘束されており、頭に兜らしきものを被らせられている。数時間前まで、確かにふかふかのベッドと女性の柔肌を堪能していたのに、いきなり無機質なマシーンの中に放り込まれた感覚に襲われることとなる。
そして、プシューンッ! というスチーム音がどこからともなく聞こえ、急に視界に光が入ってくる。
「ここは……。もしかして、僕は現実世界に帰ってきたんです!?」
スチーム音を鳴らしたのは『D.L.P.N』システムであった。卵型のそれはハッチを大きく開き、山道・聡に光を届けたのである。続いて、山道・聡の頭部を包み込んでいたフルヘイスメットが上方に移動し、山道・聡の頭部を自由にする。彼は自分の顔からメットが外れたことで、眼鏡越しの眼で周囲を見回せるようになる。
その眼に映るのは無機質な『D.L.P.N』システムそのものであり、山道・聡は、はあああ……と深いため息をつくことになる。
「あれは全て、『D.L.P.N』システムが見せてくれた夢だったのでしょうか……。ルナ=マフィーエさん……。アズキ=ユメルさん……」
山道・聡は大事なものを失ってしまったかのような、言葉では言い合わらせないような強い喪失感に襲われていた。彼女たちとの冒険はただのまやかしだったのだろうかと。しかし、夢幻の類だったとしても、あの世界の匂い、味、痛み、そして……、ルナ=マフィーエの柔肌の感触は今も山道・聡の脳裏に焼き付いていた。
山道・聡は知らずしらずに涙を流し、嗚咽していた。失ってしまった。二度と会えない。肌と肌を重ね合わせられない。山道・聡の心に耐えがたい寂しさという感情が運び込まれてくる。
山道・聡はまるで赤子のように泣きつづけた。まるで二度と戻れぬ故郷を想うようなそんな泣き声であった……。
山道・聡はひとしきり泣いた後、『D.L.P.N』システムから、身体を物理的に離そうとする。すでに両腕と腹部の拘束は解かれており、いつでもその操縦席のような場所から移動できるようになっていた。山道・聡は右足をそこから出そうとすると、その拍子に硬い何かを蹴っ飛ばすこととなる。
ん? と思った山道・聡が何を蹴っ飛ばしたのだろうかと思い、身体を全部、そこから出した後、足を乗せていた部分を両手でごそごそと漁り出す。すると、確かにこの部屋に入ってきた時に無かったものをその両手は握りしめたのである。
「はは……。あーははっ! やっぱり、あの世界は存在するのですねっ!」
山道・聡は両手でその物体を握りしめ、さらには抱きしめていた。その物体は金で出来た像であった。そう、土くれから金の像に変わってしまったあのリリスの身体である。山道・聡はその金の像を、涙を流しながら頬ずりしたのであった……。
「また会いましょう、ルナ=マフィーエさん、アズキ=ユメルさん。僕はまだまだ冒険したりなくて、身体がうずうずしてますからっ!」
山道・聡はあの世界は確かに存在しており、『D.L.P.N』システムを介せば、またあの2人に会えるという確信を持っていた。
しかし、それは今すぐの話では無い。彼にはやることがあった。あの世界を体験したことで、自分がやらねばならぬことに気づかされたのだ。
「僕は状況に流されることを良しとしてきました。でも、それじゃダメなんです。欲しいものは欲しいと。やりたいことはやりたいと言わねばなりません。だから、僕はもっと立派な男になってから、彼女たちに会いにいきます……。それまで待っていてくださいねっ!」
山道・聡は左手にしっかりと金の像を握りしめ、『D.L.P.N』システムがあるブラックルームから退出していくのであった……。




