第3話:神の手
リリスの身体が土くれから銅へと変わり、その身体のサイズは半分になる。だが、彼女の変化はそれに留まらなかった。珠玉からの二射目が彼女を銅から銀に変える。そして、さらに彼女の身体のサイズは半分となる。
そして、珠玉から三射目が放たれる。すると、リリスの身体は銀から金に変わり、身体のサイズはオリジナルの8分の1にまで縮まることとなる。そして、彼女は物言わぬ金の像へと生まれ変わるのであった。
「な……にが、どうなったん……です?」
ヤマドー=サルトルはリリスが金の像に変わっていくのを間近で観察しつづけていた。ヤマドー=サルトルはふらふらと立ち上がり、左手で金の像と化したリリスを掴みとる。その像は苦悶の表情を浮かべており、その表情を見ていた彼はなんとなくだが、噴き出してしまったのであった。
「はは……っ。こんなご都合主義ばりばりの展開で勝っちゃって良いんですかね? リリスさんが何か得体の知れない力で金の像に変わっちゃいましたけど?」
ヤマドー=サルトルは可笑しすぎて、腹を抱えて笑いたい気分になっていた。リリスは自分が右手で持っている珠玉のことを『賢者の石』だと言っていた。賢者の石と言えば、物質を金に変えるために錬金術師たちが追い求め続けた魔道器だったはずだ。それが何故かはわからないが、自分の魔法の荷物入れに紛れ込んでいたのである。
(僕はこの世界の神と呼ばれるような存在に気に入られているのでしょうか? まあ、どっちかというと、その神の手の上で踊らされているって表現のほうが正しい気がしますけど……)
『始まりの男女』をどうにか出来るアイテムを生成できるとしたら、それはその男女たちよりも上位に位置している存在がいることの証明になる。ヤマドー=サルトルは逆説的に、その存在を認識するに至る。あまり逆説的な論理は好みではない彼であるが、そうとしか思えないことが起きた以上、そう素直に受けとめることにする。
とにかく、ジャン=ドローンから依頼されていた『シノン銅山の魔物駆逐』は成し遂げたのだ。あとは帰るだけなのだが、まともに動ける者は自分を含めて、ひとりもいない。明日の朝食時間を過ぎた頃にはシノン銅山の入り口に帰り用の荷馬車がやってくる予定である。それまでに第1層の入り口にまで戻らなければならないのだろうが、とてもではないがそんな状態ではない徒党の面々であった。
半狐半人のルナ=マフィーエはせっかくの流れるような金髪が台無しになるくらいに炎で焼かれ、さらには身に着けているローブもボロボロだ。
半猫半人のアズキ=ユメルは大量に水を飲み込んでしまったのか、地面に横たわりながら口からピューと噴水をあげている真っ最中である。そして、彼女を護ろうとしたトッシェ=ルシエは……。
「なんか右腕と右足があさっての方向を向いているんッスけど……。回復魔法でちゃんと治るんッスかね、これ……?」
トッシェ=ルシエはアズキ=ユメルに修道女系が使える回復魔法の奥義である『信仰への回帰』をかけてもらって、一命を取り留めた。それ自体は良いことなのだが、無理をしすぎたために、大岩に吹っ飛ばされた時に起きた骨折は治りきっていなかったのである。アズキ=ユメルは現状、すぐに動けない状況なのはわかりきっているので、結局のところ、この場から全員そろって動けるわけがないと結論に至る。
「これは困ったことになったのじゃ。外と連絡を取らねば、この最奥まで救助はやってきてくれるわけもないのじゃ」
「どうしましょうかねえ。これがノブレスオブリージュ・オンラインなら、親切にも開発者側が脱出ゲートを設置してくれているんですが……」
「またノブレスなんとかの話かえ? 今はそんな妄想話に付き合っている暇などないのじゃっ! って、おや? ヤマミチ。ドーム内の一角に青白く光る扉みたいなモノが見えるのじゃが……。わらわの眼の錯覚かえ??」
ルナ=マフィーエが右手のひとさし指でドーム内のある一角を指さす。その指し示す先を眼で追ったヤマドー=サルトルは、このシノン銅山に入って、何度目になるかわからない苦笑いをその顔に浮かべる。
(ははは……。ここまで準備が良いとなると、いよいよもってして、僕は神に愛されているんでしょうね……。頼みますよ。どうせ愛してくれるなら、ジャンヌ=ダルクさんみたいな敬虔な信徒相手にやってほしいくらいですよ……)
ヤマドー=サルトルはその青白く光る扉に見覚えがあった。ノブレスオブリージュ・オンラインのダンジョンのほとんどに設置されている脱出ゲートそのものであったからだ。ヤマドー=サルトルはトッシェ=ルシエの左肩をポンポンと叩き、彼にもそのゲートを見てもらうことにする。
彼は間抜けにも口をポカーンと開けて、やっぱりここってノブレスオブリージュ・オンラインの世界そのものじゃないんッスか!? と言い出す始末だった。しかし、痛みまでをも感じる世界がゲームそのものなわけがない。共通点は山ほどあるが、似て非なる世界なので、脱出ゲートも存在しているのだろうということで深く考えないようにする2人であった。
ヤマドー=サルトルたちがルナ=マフィーエとアズキ=ユメルに、あそこをくぐれば、きっとシノン銅山の入り口へと行くことが出来ると説明するが……
「何を言っているのじゃ? そんな都合の良いものがこの世に存在するはずがないのじゃっ!」
「あちきはくぐりたくないニャー。ヤマドーがあの扉をくぐって、再びここに戻ってこれたら信用するニャン」
ルナ=マフィーエたちの言うことはもっともであった。ヤマドー=サルトルたち男性陣は論より証拠だろうと言うことで、ヤマドー=サルトルはトッシェ=ルシエに肩を貸し、先に青白い扉をくぐり抜ける。
するとだ。やはり予想通り、扉を抜けた先はシノン銅山の入り口に通じていたのである。
「ここまで類似した世界となると、もっと色んなところでご都合主義なことがありそうですね?」
「うッス……。せっかくの異世界訪問だというのに、しらけちゃう可能性とか出てきそうッスね……」
ヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエはシノン銅山の入り口付近で、地平線に段々と近づいていく太陽を見ながら、たはは……と苦笑いを零してしまうのであった。




