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第2話:パーフェクト・ワールド

(ルナさん……)


 ヤマドー=サルトルは遠のく意識の中、ルナ=マフィーエがリリスに攻撃され、瀕死の重傷を負ってしまったことに気づく。そして、その傷ついたルナ=マフィーエに回復魔法をかけようとしたアズキ=ユメルが罪を犯した者をかばったということで、リリスはアズキ=ユメルにも攻撃を開始したのである。


「アズキっち、危ないッス! 俺がアズキっちを死なせはしないッス!!」


「トッシェ!?」


 トッシェ=ルシエが長方形の盾を両足で蹴飛ばし、それを勢いとしてアズキ=ユメルとリリスの間に割って入り、彼女が大量の水に押し流されそうになるのを自分の身を盾にすることで防ごうとする。だが、その鉄砲水は抗おうとするトッシェ=ルシエをいとも容易く洗い流し、さらにはアズキ=ユメルもそれに巻き込まれてしまう。


(トッシェくん……。アズキさん……)


 ヤマドー=サルトルは傷つき倒れていく仲間たちの心臓の鼓動を感じていた。だんだんとその鼓動は弱まっていき、ヤマドー=サルトルは奥歯をギリギリと噛みしめる。それでも、ハリツケにされた身体は動かない。ヤマドー=サルトルは怒りに心を燃やしていた。身体は動かないが、眼には黒い意思を宿した真っ黒な炎がメラメラと燃え上がる。


 ヤマドー=サルトルは渾身の力を身体から発し、喉を通して、その想いの丈を口から吐き出す。


詠唱(コード)入力『/完全なる秩序パーフェクト・ワールド』。『天使の御業』発動許可申請ッッッ!!」


 ヤマドー=サルトルを中心に彼を囲うように鎖状の光が()となり、展開を開始する。ヤマドー=サルトルはGM(ゲームマスター)のみが許された禁断の秘技を発動させようとする。この世界はノブレスオブリージュ・オンラインの世界ではない。似て非なる異世界だ。だが、彼には確信めいたものがあった。この世界でも『天使の御業』を発動できると。


「許可が下りましたっ! コマンド『/天使の御業:完全なる秩序パーフェクト・ワールド』!!」


 ヤマドー=サルトルがそう叫ぶや否や、彼を縛り付けていた束縛から自由となる。そして、彼の周囲を囲んでいた鎖状の光の()が幾千もの欠片へと砕け散る。だが、砕け散った光の破片は彼の右手に集い、一振りの長大なカタナへと変貌を遂げる。そのカタナの柄に左手も添えて、ヤマドー=サルトルは大きく上段構えを取る。


完全なる秩序パーフェクト・ワールド!! 混沌としたこの世界を斬り伏せなさいっ!!」


 ヤマドー=サルトルがカタナを上から下へ真っ直ぐに振り切る。それを振り切った後、遅れて衝撃波が生じ、全てを破壊せんとしそうな黄金(こがね)色の疾風がリリスが産み出した宇宙空間の中を縦横無尽に駆け巡る。


 まるで千枚ものガラスが一度に割れたが如くに、パリーンッ! と盛大で幻想的な音色を奏でる。リリスの産み出した漆黒の闇は、そこに漂う星々ごと砕け散り、数分後にはヤマドー=サルトルたちがもともと居たあのドーム内に戻ることとなる。


 ヤマドー=サルトルは自分の身にある全ての力を使い果たす。荒地と化してしまった地面に両膝をつき、自然と正座状態となっていた。ヤマドー=サルトルの眼は虚ろになっており、身体は暑いのか寒いのかも感知できなくなっていた。


「オーホホッ! さすがはアダムとイヴの直系なだけはありマスワ! ワタクシの身体が崩壊しそうになってしまいましたワ!」


 リリスの身体はあちこちがひび割れ、ところどころが欠け落ちていた。わき腹には穴が開き、左手はどこかに吹き飛んでいる。そして、頭部の4分の1も失くしていた。だが、それでも彼女は生きており、歓喜の声をあげていた。


(これでもダメだというのですか……。さすがは『始まりの男女』などというたいそれた名前がついているだけはありますね……)


 ヤマドー=サルトルは今度こそ、完全に意識が断たれようとしていた。身体から魂が抜け出ていくような感覚に襲われる。そこにあるのは『死』。それを今、自分は甘んじて享受しようとしていたのである。


(はは……。これは妻を裏切って、ルナさんを抱いた罰なのでしょうか? 浮気は大罪ですから、死をもってして償うのが当然なの……でしょう)


 ヤマドー=サルトルは自分の力がリリスに及ばなかったことを悔いた。このまま、横倒れになって、もう楽になってしまおうとすら思ってしまう。しかし、薄れいく意識の中、ヤマドー=サルトルは確かに自分の名を呼ぶ声を聞く。


「ヤマドーさん……。アズキを救ってほしいッス……」


「ヤマドー。トッシェを助けてほしいんだニャ……」


「ヤマミチ……。そなただけでも生き延びてほしいのじゃ……」


 三者三様、自分のことよりも誰かを救ってほしい、助けてほしい、生きのびてほしいと言い出したのだ。ヤマドー=サルトルは、この状況下で他者を思いやる心を持てるのかと、自然と涙が溢れ、さらには苦笑してしまう。


 ヤマドー=サルトルは、ぴくりと右手を動かす。激痛が右手の先から肩まで走る。ヤマドー=サルトルは苦痛で顔を歪める。冷や汗を額からダラダラと流しながらも、右手を魔法の荷物入れ(マジック・バッグ)の中に入れる。


 ヤマドー=サルトルはこの場を何とかできるアイテムが残ってないかと、探り始めたのである。もちろん、そんな都合の良い物などあるわけがないのは重々承知であったが、ヤマドー=サルトルは最後まで抗おうとしたのである。それは生きとし生きるモノなら当然の権利であった。


 ヤマドー=サルトルの右手の先がコツンと何か硬くて柔らかい不思議な物体を感知する。ヤマドー=サルトルは何だろうと思いつつも、それを右手で鷲掴みにして、魔法の荷物入れ(マジック・バッグ)から取り出す。


 それは薄く朱の入った珠玉であった。何かの魚介類の卵のようにも思えるヤマドー=サルトルであった。ヤマドー=サルトルはその珠玉を右手の上に持ち、リリスに差し出すかのように右手をそっと前へと突きだす。


 その時であった。リリスがヒイイイッ! と悲鳴をあげたのは。


「何故ナノ!? 何故、貴方が『賢者の石』を持っているノヨ!?」


 リリスは後ずさり、その場から逃げ出そうとする。しかし、彼女の身体全体にヒビが入り、彼女は上手く動けない。そうこうしているうちに、ヤマドー=サルトルが持つ珠玉は虹色の光を発する。その光の束は放射状にリリスへと発射され、彼女はギャアアア!! と女性らしからぬ悲鳴をあげたのだ。

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