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第8話:沙羅双樹

 ヤマドー=サルトルは最初、トッシェ=ルシエが何を言っているのかがわからなかった。扉って、この玄室に入るための正面の鉄扉のみでしょ? こいつは何を言っているんだといわんばかりの怪訝の表情を浮かべるのである。


「いや、そうじゃないッス。その扉は木製なんッス。高さ1メートルちょっとくらいで、さらにその先は真っ暗な洞穴が続いているんッス。論より証拠ッス。俺っちについてきてほしいッス」


 トッシェ=ルシエに促されて、ヤマドー=サルトルは彼の言う木製の扉の前までくる。それを見て、ヤマドー=サルトルの眉間のシワは一層に深くなる。


「あれー? ノブレスオブリージュ・オンラインでは、こんなもの、ありませんでしたよね? この世界ならではのことなんでしょうか?」


「やっぱりヤマドーさんも知らないんッスね。どうするッス? 行ってみるッス?」


 ヤマドー=サルトルがその木製の扉を開けて、真っ暗な坑道を覗き込む。もしかすると、誰かがこの先に何かがあるのではないかと穴を掘って進んだかのように、適当に補強されている坑道であったのだ。


「そう……ですね。僕たちの使命はこのシノン銅山に居る魔物(モンスター)を駆逐することです。この先に何かが居るとするならば、排除せねばならないでしょう」


 徒党(パーティ)のリーダーであるヤマドー=サルトルがそう言うのであれば、そうしようということで、皆の意見は一致することになる。この先のことを放置しておいて、後からやってきた鉱夫たちに人的被害が出ては大変なことになるだろうと。


 ルナ=マフィーエがしゃがみ込み、さらには火の魔法である炎の照らし(ファー・ライト)を使う。灯り代わりの炎の照らし(ファー・ライト)に照らし出された坑道を見つつ、彼女が感想を漏らす。


「しっかし、狭いのう……。こんな先に魔物(モンスター)なんぞ、生息しているのかえ?」


 光源は確保できたということで、彼女が四つん這いになりながら、その狭い坑道を先行していく。続いてアズキ=ユメル、そして、トッシェ=ルシエ、最後尾がヤマドー=サルトルであった。もちろん、この並びには意味がある。自分の尻をローブ越しにじっくり観察されて、またもやヤマドー=サルトルが狂戦士(ベルセルク)状態になってほしくないというルナ=マフィーエの提案からだ。


 3人はルナ=マフィーエの言いはもっともだと思いながら、やっとのこと、その坑道を抜けると、そこには空間が広がっていた。その空間は明らかに人為的な構造となっている。地面から天井まではゆうに10メートルほどあり、さらにはその空間はドーム状をなしていたからだ。さらには地面には丈の低い草が生い茂り、この空間の中央には2本の巨木が植えられていたのである。


沙羅双樹(シャラソウジュ)ですね、あの木は……。嗅いだことのようなある気がする匂いが坑道内に漂っているとは思っていましたが、まさかまさか、お釈迦様の最後の地というわけですかね?」


「へー。沙羅双樹(シャラソウジュ)だったんッスね。しかもご丁寧に2本ッスか……。こりゃ、明らかにここには何かありそうッスね……」


 『祇園精舎の鐘の音~』で有名な沙羅双樹(シャラソウジュ)が、この空間にあることで、警戒心をマックスにするヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエであった。しかしながら、ルナ=マフィーエとアズキ=ユメルは警戒心を抱くどころか、好奇心で、ほほぉ……と感嘆の声をあげていた。


 それもそうだろう。沙羅双樹(シャラソウジュ)の木だけでなく、その枝には花が咲いていたのだ。基本的に涼しすぎる西欧の気候で沙羅双樹(シャラソウジュ)が育つなど、決してあり得ない。それゆえ、産まれて初めて見る木とその花に彼女たちが感嘆の声をあげるのは致し方無かったと言えよう。


 その幻想的な雰囲気に飲まれてか、ルナ=マフィーエとアズキ=ユメルはうかつにも、その沙羅双樹(シャラソウジュ)に不用意に近づいていってしまう。


「この世にこんな神秘的な木があることに驚きなのじゃ……」


「なんだか、見ているだけで心がホッとするんだニャー」


 ルナ=マフィーエが向かって左に生えている木へ。アズキ=ユメルが惚れ惚れとした顔で右側の木の幹を両手でさすり始めたのである。ヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエがちょっと待ってください! との警告も聞かずに彼女たちはうっとりとした表情でその沙羅双樹(シャラソウジュ)の木を撫でて、さらには抱き着いてしまうのであった。


 何をやっているんだと呆れ顔になるヤマドー=サルトルであったが、そんな彼女たちを見ていると、もしかすると自分が思うような危険は何も無いのでは? と警戒心を徐々に解いていく。そして、自分もまた、その沙羅双樹(シャラソウジュ)の木に触れようと、その木に近づいていく。


 だが、やはり罠は仕掛けられていた……。


「なんじゃ、なんじゃーーー!?」


「うわわ!? 身体に何か肉々しい根が絡みついてきたんだニャーーー!!」


 その動物の腸のようなテラテラと肉の色をしたモノが沙羅双樹(シャラソウジュ)の根本から飛び出してきて、ルナ=マフィーエとアズキ=ユメルの身体を締め付ける。しかもその物体は彼女たちの身体を這いずり回り、彼女たちの衣服の内側に侵入していく。


「や、やめるのじゃ! 気持ち悪いのじゃ!!」


「いやあああ!! お嫁に行けなくなるニャアアア!!」


 幾本もの腸のような脈打つ物体がルナ=マフィーエとアズキ=ユメルを穢さんとばかりに、彼女たちに襲いかかる。彼女たちの一番近くにいたヤマドー=サルトルは手と足をその物体に絡めとられ、その場から動けなくなってしまい、彼女たちを救う行動に移れないのであった。ヤマドー=サルトルは『チッ!!』と盛大に舌打ちする。罠だとわかり切っているところに自ら足を踏み入れたことに、自分の見識の浅さを恨んでしまうのであった。


「鍛冶屋・奥義! 全員・罵倒(オール・バトウ)ッス!!」


 唯一、罠にひっかからなかったトッシェ=ルシエが盾役(タンク)が使える全体ターゲット固定技である奥義『全員・罵倒(オール・バトウ)』を発動させる。しかしながら、いわゆる罠としての『触手』系にこれが利くかどうかは怪しかった。


 しかし、それでもこの状況を看過できぬトッシェ=ルシエであった。罠が張りめぐされていた以上、この空間に何かが潜んでいることは確かであり、ここで奥義を無駄打ちすることは非常に危険であったが、彼は彼女たちがエロエロの薄い本のような惨状に見合われることだけは避けたいと思っての行動だったのだ。

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