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第7話:アズキの気持ち

 手持ちぶたさとなったトッシェ=ルシエがボス部屋である玄室の中をひとりでうろつき始める。かつてヴァンパイア・エンペラーが座していた玉座には大量の灰が山のように積まれており、いつのまにやら崩れ去ってしまったのだろう? と思ってしまう、トッシェ=ルシエである。


 しかし、トッシェ=ルシエが発見したのはそれだけではなかった。玉座がある後ろの壁には高さ1メートルほどの小さな木製の扉が取り付けられていたのだ。


(あれ? こんなところに扉なんてあったッスか? ノブレスオブリージュ・オンラインでは、この玄室で、ここのダンジョンは終わりのはずなんッスけど……)


 トッシェ=ルシエは訝し気ながらも好奇心が勝り、その扉を開けようとその扉のドアノブを回す。すると、その扉はなんの抵抗もなく、ガチャリと開いてしまうのである。そして、その扉の先の真っ暗な空洞からはなんとも表現できぬ、花の匂いが漏れ出てくるのである。


(これって、何の花の匂いだったッスか? うーーーん、俺っち、匂いだけでそれが何の花かってのは判別できないッス……。でも、これは中々に特徴的な匂いッスね)


 トッシェ=ルシエはこの先に何があるのかが気にはなるが、それは後回しにしようと考えるのであった。皆が帰り支度を終えたあとにでも、こんな扉があったと報告しようと思うのであった。




 トッシェ=ルシエがその扉を見つけてから15分後、正気に戻ったヤマドー=サルトルが自分の身体を濡れたタオルで丁寧に拭き終わり、鎧下の服と黒い全身鎧(フルプレート・メイル)をその身に装着し終える。


「さ、さて……。僕の身に何が起きたのかはよくはわかりませんけど。皆さん、帰りの支度は整え終わりました?」


「……」


 ヤマドー=サルトルがそう言うが、一同は沈黙をもってして返答とした。ルナ=マフィーエは無言でヤマドー=サルトルを睨みつけるし、トッシェ=ルシエは持て余した力を振り払うかのようにオリハルコン製のラージ・クラブをバットのように振り回す。そして、アズキ=ユメルに至っては完全にヤマドー=サルトルからそっぽを向けている。


「あは、ははは……。僕、こんな時、どんな顔をすればわかりません……」


 ヤマドー=サルトルはこの徒党(パーティ)内に流れる微妙な空気に耐えきれず、なんとも微妙な日本人らしい困り顔を作る。そんなヤマドー=サルトルに向かって、ルナ=マフィーエが抗議の色を込めて、ヤマドー=サルトルの脚絆(きゃはん)に包まれた左ふとももに魔法の杖(マジック・ステッキ)を叩きつける。


「ひどいのじゃ……。わらわは初めてだから優しくしてほしいと言ってたのに、あんな野獣みたいにがっつかれるとは思わなかったのじゃ……」


 ルナ=マフィーエは半泣き状態になりながら、何度も何度もヤマドー=サルトルの左の太ももに向かって、バシバシと魔法の杖(マジック・ステッキ)を叩きつけ続けるのであった。ヤマドー=サルトルは申し訳ない気持ちでいっぱいになり、ただただ、彼女の攻撃を甘んじて受け続けることになる。


「まあまあ、済んでしまったことはしょうがないッスよ。ヤマドーさんが暴走するなんて、そうそう滅多に起きることじゃないッス。だから、それくらいでやめてやるッスよ……」


「そうだニャー。初めては相当に痛いって聞くけど、もともとはルナ自身が誘ったことなんだニャン。ルナも半分くらいは責任があるんだニャン」


「し、しかしじゃな!? わらわのお腹が物理的に破裂しそうになるほどに、わらわに注ぎ込み続けるほうがよっぽど悪いと思わないのかえ!?」


 ルナ=マフィーエが自分にも責があると言われ、心外だとばかりに唇を尖らせて、トッシェ=ルシエとアズキ=ユメルに文句を言う。だが、文句を言われた側の彼らは顔を一度、見合わせた後、やれやれとばかりに肩をすくめる。怒りを肩透かしされて、ルナ=マフィーエはどうしたものかと思うが、やはり、ことここに至るまで、自分がヤマドー=サルトルを性的に挑発しつづけた事実もあるため、反省の色をその顔に映すのであった。


「言いたいことはやまほどあるのじゃが、街に戻った時にでも、やり直しを要求するのじゃ! 今度こそ、優しく扱ってくれたもれ?」


「はい……。善処します……」


 トッシェ=ルシエとアズキ=ユメルはまだヤルのかよと呆れ顔になったのは当然であった。あそこまでボロボロの姿にされたならば、かなりのトラウマが心に刻まれたはずなのに、ルナ=マフィーエは許すというのだ。


(ルナはすごいニャン。あちきはあんな風にトッシェにされたら、絶対に許せないニャン。いくら惚れているからといって、相手のやることを全て受け止めるだけの器量はもちあわせていないニャン)


 アズキ=ユメルは先ほどまでルナ=マフィーエが身体を清める手伝いをしていた。彼女の身体には栗の花の匂いがする汁がこびりつき、なかなかに水で洗い流せなかったのだ。自慢の金髪の髪はベタベタのパリパリなのはもちろんのこと、毛並みの良い彼女のキツネ尾の毛も艶を失くしていたのである。彼女がここまで現状回復したのは、やはりアズキ=ユメルの回復魔法も功を奏したといって過言ではなかった。


 それほどまでに乱暴に扱われながらも、それでもヤマドー=サルトルを許し、受け入れるルナ=マフィーエを見て、どうしても添い遂げたいと本気で慕う男相手なら、そう出来るようになるのかと感心する他無かったのである、アズキ=ユメルは。


 アズキ=ユメルはちらっとトッシェ=ルシエのほうを見る。すると彼は『ん?』という顔つきになった後、彼女の頭をぽんぽんと軽く叩くのであった。


(あちきの気持ちがどれほどまでに強いかはわからないけれど、トッシェならどうなんだろうニャー? あちきはあちき自身の気持ちがまだはっきりとわかっていないみたいだニャー)


 アズキ=ユメルとしては、そういった雰囲気に流された場合はトッシェ=ルシエに抱かれても良いとは思ってはいる。しかし、だからといって、トッシェ=ルシエの全てを受け入れる準備は出来ていないだろうと思うのであった。ぽんぽんと頭に彼の右手を乗せられて、さらには優しく撫でられるのだが、それはあくまでも兄と妹のスキンシップであるかのように感じ取れるのであった。


 しかし、そんなアズキ=ユメルの気持ちも知らずにトッシェ=ルシエがまったく関係ないことを言うために口を開く。


「あっ、ヤマドーさん。つかぬことを聞くッスけど、ノブレスオブリージュ・オンラインでは、ここから先に進めそうな扉って存在していたッスか? さっき、さらに奥に進めそうな扉を発見したんっスけど……」

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