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第5話:罪悪感

 ルナ=マフィーエはそう言うと同時に、うぐっ! と痛みを訴えるような声を口から漏らし、ぐったりとその身から力の全てが抜けてしまう。身体を支える力すら、ヴァンパイア・エンペラーに吸われてしまったことで、ルナ=マフィーエはその身を完全にアズキ=ユメルに預ける結果となる。


 急に彼女に全体重を押し付けられてしまったために、アズキ=ユメルもまた、背中から倒れそうになってしまう。しかしながら、そこはトッシェ=ルシエがアズキ=ユメルの背中側に回り、2人分の体重を支えることとなる。


「おっと……。ルナっちは予想以上に疲弊しているみたいッスね……。ヴァンパイア・エンペラーの精の吸収(ドレイン・タッチ)は生命力と気合を1にしてしまう、奴の大技ッスから、しょうがないと言えばしょうがないッスけど……」


 もちろん、トッシェ=ルシエの言っていることはノブレスオブリージュ・オンラインでのことだ。ゲーム上のヴァンパイア・エンペラーは自身だけでなく、随伴する配下も回復魔法を扱うことができない。そのため、代わりに奴は対象者の生命力と気合のほぼ全てを吸い取ることが出来る『精の吸収(ドレイン・タッチ)』を決まったターンに放つことが出来る設定である。


 こちらの世界でも同じことが出来ることにトッシェ=ルシエは背中に嫌な汗が流れ出そうになる思いであった。どこまでノブレスオブリージュ・オンラインとこの世界は類似しているのか? それがわからないことは、かなり危険を伴うのではなかろうか? と考えるトッシェ=ルシエである。


「はあはあ……。ルナさんは大丈夫ですか? 精の吸収(ドレイン・タッチ)は死にはしないこそ、生命力と気合をごっそりと根こそぎもっていかれるスキルだったはずですが……」


 ヤマドー=サルトルは戦斧(バトル・アクス)を手放したまま、トッシェ=ルシエたちの近くへと歩いてきていた。狂戦士(ベルセルク)の奥義を使った反動をもろにその身に喰らったことで、彼も足取りがかなり怪しげであった。


「こちらの世界ではどれほどまでに生命力を吸われてしまうかはわからないッスけど、ルナっちが気絶している以上、気合は根こそぎもっていかれていそうッス……」


「そう……ですか。気合を回復させるお薬は、同時に生命力を蝕みますから、今の状態のルナさんには決して飲ませることができませんね……。自然回復を待つしか方法がなさそうですね……」


 ヤマドー=サルトルたちはジャン=ドローンから薬関係も支給してもらったのだが、傷薬はもちろん、自分たちの身体能力を一時的にあげる強壮薬や状態異常を解除する解呪薬ももらっていた。しかし、気合を回復させる薬については、あまりお勧めできないと忠告を受けていた。


その気合用回復薬をもらった当初は何を言っているのかわからなかったが、このシノン銅山で戦闘を(おこな)うことで、この世界にも『気合』というモノが存在することを知ったのである。


 ならば、ノブレスオブリージュ・オンラインのことを考慮に入れれば、気合回復薬は『生命力を削って、気合に変換する薬』だということに気づいたのである、ヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエの2人は。


 今現在、ルナ=マフィーエの生命力を回復させるためにアズキ=ユメルがルナ=マフィーエに膝枕をし、彼女の首から胸部辺りに両手をあてて、彼女に回復魔法をかけていたのであった。アズキ=ユメルは額から汗をにじませながら懸命に回復魔法を彼女にかけ続けている。


 アズキ=ユメルはアズキ=ユメルで、連続で回復魔法を続けているために、自身の気合が無くなってきたのか、気合回復薬をその度に口に含んでいたのである。他者を回復させるために、結局は自分の生命力を削る行為にヤマドー=サルトルは頭を下げたくなる気持ちになるのであった。


(こうやって、気合回復薬を飲みつつ、相手を回復させる行為は何かと難儀なモノを感じます……。ノブレスオブリージュ・オンラインでは、ほとんど気にもしていませんでしたけど、これは心に重くのしかかりますね……)


 アズキ=ユメルが聖女のような行為をルナ=マフィーエに(おこな)っていた。その甲斐もあり、戦闘が終了してから5分後にはルナ=マフィーエは眼を覚ますことになる。


「ほんにすまんのう……。わらわが元気ならば、そなたに苦労をかけずに済んだというのに……」


「ルナ……。そんな芝居臭いことをしなくて良いんだニャン。それよりも生命力は回復したけど、気合のほうはまだまだ回復しきっていないはずニャン。無理はしてはいけないニャンよ?」


「わかっておる……。わらわの感じだと、今はまだ全気合の7分の1程度といったところじゃな。しっかし、やってくれたものじゃ……。まさか、わらわが全気合の約8割を込めた奥義の直後にあんな隠し技をかましてくるとは予想外も過ぎたのじゃ……」


 ルナ=マフィーエはまだまだ身体がしんどいのか、アズキ=ユメルの太ももの上から頭を移動させようとはしなかった。そんな満身創痍の彼女にヤマドー=サルトルはいたたまれない気持ちになっていた。


 何故、ヤマドー=サルトルがこんな気持ちになっているかというと、ヴァンパイア・エンペラーが精の吸収(ドレイン・タッチ)(おこな)うことなど、すっかり失念していたからだ。ノブレスオブリージュ・オンラインにおいて、ヴァンパイア・エンペラーが実装され、プレイヤーたちを苦しめていたのは、早3年ほど前の出来事なのである。


 いくら開発者側のニンゲンでも、すっかり記憶から飛んでいたことはしょうがないと言えば、しょうがない事態なのである。それさえ覚えていれば、この世界でも、奴の精の吸収(ドレイン・タッチ)に対して、警戒をしておくようにとルナ=マフィーエとアズキ=ユメルたちに忠告できていたはずである。


 ヤマドー=サルトルは罪の意識を感じ、ルナ=マフィーエに何かしてほしいことはないかと言い出す。


「そうか……。では、精の吸収(ドレイン・タッチ)を喰らって、妙に身体が冷えてしまってな? 出来れば、身体を温めてほしいのじゃ……。心細いゆえにわらわを毛布の中で抱きしめてほしいのじゃ……」


「そんなことで良いんですか? わかりました……。ボスも倒したことですし、休憩といきましょう。アズキさん、トッシェくん。僕がルナさんの容態を見ておきますので、キャンプの用意をしてもらえます? ボスを倒したことで、ここのゾーンもセーフゾーンへと変わっているはずですし」


「ウッス。じゃあ、俺はテントを設置して、アズキっちと火でも起こしておくッス。やっぱり、ことが終わったあとは紅茶で一杯に限るッスもんね」

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