第4話:首無し
ヴァンパイア・エンペラーは全身を火に焼かれながらも、漆黒のような色をした籠手に包まれた右手をめいっぱいに伸ばし、ルナ=マフィーエの身体を鷲掴みにする。杖ごと、その身を捕まれたルナ=マフィーエはそこから脱しようともがく。だが、ヴァンパイア・エンペラーの予想以上の怪力に阻まれ、思うように動けない。
さらには奴が繰り出したスキル:精の吸収により、急速に身体から力が抜けていくルナ=マフィーエである。強制的に精力を搾り取られ、ルナ=マフィーエの頬はこけていく。生命力だけでなく、気合も同時に吸われたため、彼女は余計にヴァンパイア・エンペラーの魔の手から逃れることは出来ないでいた。
「クククッ! 感じるゾ……。この性欲まみれの煩悩溢れる精力ヲッ! しかも処女とは恐れ入る也! 夜な夜な自分で自分を慰める日々を過ごしていたかのように、その身には精力が詰まっている也!」
ヴァンパイア・エンペラーは右手を通して、自分の身に流れ込んでくる生気に喜びすら感じていた。見た目、300歳の半狐半人のために、思春期を終え、少しばかりものたりないのでは? と疑っていたが、とんでもない。彼女はヴァンパイア・エンペラーを喜ばせるには十分な生命力に溢れていたのである。
ルナ=マフィーエの繰り出した魔女系最強魔法:土くれの紅き竜をまともに喰らったことで、さすがのヴァンパイア・エンペラーも危険な状態であった。自分の生命力の4分の1ほどを回復させるほどには、右手で掴んだ半狐半人で補えそうであったのだ。
しかし、それはある男の手によって、中断をよぎなくされる。
「狂戦士奥義……。屠り喰らう発動っ!!」
ヴァンパイア・エンペラーの食事を中断させたのはヤマドー=サルトルであった。彼は獣のような咆哮をあげる。玄室全体に轟くその咆哮は壁や床、そして天然岩で出来た天井で反響し、ヴァンパイア・エンペラーの鼓膜を突き破り、さらには奴の三半規管を通して、直接的に脳みそへと打撃を与える。
ヴァンパイア・エンペラーは苦痛に顔を歪める。身体全体が強張ると同時に弛緩もする。ルナ=マフィーエを掴んでいた右手は力を失い、彼女を落としてしまう。
「コヤツ……ッ!!」
グワングワンと脳内を直接揺さぶられるような咆哮を喰らい、ヴァンパイア・エンペラーは玉座に座ったままに悶え苦しむことになる。しかし、それでもまるで玉座に居座り続けることそが、不死系の頂点に座する自分の役目のごとくに踏ん張り続ける。
対して、ヤマドー=サルトルは自分の発動したスキルの反動により、両目と耳の穴から血を流しながらも、両手で握る戦斧をその場で前後左右に振り回し続けていた。戦斧を一回振るたびに、何か得体の知れない恐怖を感じさせる赤黒いオーラが戦斧に纏わりつく。そして、彼が戦斧を振り回せば振り回すほど、そのオーラの総量は増していくのであった。
ヴァンパイア・エンペラーは本能で、眼の前3メートルほど先で戦斧を振り回し続ける男を危険だと感じた。そのため、まだ意識ははっきりとはしないものの、玉座に座ったままで左足を大きく振り上げ、金属製のブーツの裏底で踏みつけようとする。
「うおおおっ!! 屠り喰らう発射ッッッ!!」
ヤマドー=サルトルが自分の頭上から迫りくるヴァンパイア・エンペラーの左足に向けて、戦斧に貯まりにたまった赤黒いオーラの全てを解き放つ。その赤黒い塊は巨大な一匹の狼と化し、ウオオオンッ!! と雄叫びをあげる。さらにはその口を大きく開き、鋭いノコギリ歯で振り下ろされる左足に噛みつく。
「グガアアア!?」
なんと、赤黒い狼は迫りくる左足を金属製のブーツごとかみ砕いてしまったのである。しかも、そこで勢いを衰えさせず、ヴァンパイア・エンペラーの左ひざに足をひっかけて、そこからさらに斜め上へと真っ直ぐに跳躍する。
ヴァンパイア・エンペラーが最後に見たのはその狼のノコギリ歯であった。赤黒い狼は奴の喉笛に噛みつき、さらに首級を無理やりねじ切る。そして、空中に舞い上がったヴァンパイア・エンペラーの首級を狼は空中において口の中でキャッチする。ついにはバリッボリッ! と頭蓋骨をかみ砕き、ヴァンパイア・エンペラーの頭を踊り食いしまうのであった。
腹が満たされたことに満足したのか、狼は背中を海老ぞりにさせながら、一度、ウオオオンッ! と遠吠えを放ち、細かな黒い粒子と成り代わり、空気に溶けるように霧散していくのであった。
赤黒い狂暴な狼が去った後、立派な玉座に残されたのは首から上を失くしたヴァンパイア・エンペラーの亡骸のみであった。
「俺たちの勝ちッスか……?」
「わからないニャ……。出来るなら銀の杭を心臓に打ち付けておいたほうが良い気がするんだニャー」
動かなくなってしまったヴァンパイア・エンペラーに対して、未だに戦闘態勢を解かぬトッシェ=ルシエとアズキ=ユメルであった。ヴァンパイア種は生命力が非常に高いことで知られている。その身を業火で焼くか、心臓に銀の杭を打ち付けない限りは決して、その存在を抹消できないことは周知の事実であったからだ。
「だ、だいじょうぶじゃと思うのじゃ……。ここまで頭を完全に破壊され尽くした以上、いくら不死系最強と言われているヴァンパイア・エンペラーでも、指一本、動かせないはず……なのじゃ」
彼の右手から解放されたルナ=マフィーエが魔法の杖を支えによろよろと歩き、アズキ=ユメルたちのところへと近づいていく。アズキ=ユメルは足元おぼつかないルナ=マフィーエを抱えるように真正面から抱き、急いで回復魔法を唱え始める。
「まったく、無茶をしすぎだニャー。でも、よくやってくれたニャン。最終的にトドメを刺したのはヤマドーかもしれないけれど、最大の功労者はルナ=マフィーエだニャン!」
「ククッ! そうであろうそうであろう……。わらわの最大にして最強の魔法を繰り出したのじゃからな……。これでご褒美が何もないのはいかんしがたい事態なのじゃ……」




