第3話:ボスとしての矜持
ヴァンパイア・エンペラーは眉間にビキッと音が聞こえそうなほどの怒りじわを作る。そして、玉座のひじ掛けの先端部分を怒りで震える右手でバキッ! と握りつぶしてしまうのであった。
(うっわ……。相当、怒っていますね。そりゃ、シーズン4.0実装時のボスと言えども、彼もこのダンジョンの支配者としての矜持をお持ちのはずです。僕が彼と同じ立場だったら、同じような振る舞いをしますよ……)
ヤマドー=サルトルがある意味、ヴァンパイア・エンペラーに同情心を抱いていた。まるで、学級崩壊してしまった小学校の教室のような状況なのだ。これで怒らない先生など居ないはずだ。その先生役にぴったりなのがヴァンパイア・エンペラーなのだ。それでも奴がボスらしいと言えるのは、その玉座から立ち上がらなかったことだろう。
ひじ掛けを破壊した右手を左から右へ振り、自分の眼の前に直径30センチメートルほどの黒い球体を次々と産み出す。そして、それを眼の前で喧々諤々となっている3人の男女に向かって放つ。
「うおっ!? いきなり攻撃をしかけてくるとは卑怯なのじゃっ! トッシェ、はよう受けとめい!」
「ウッス! さすがラスボスは卑怯ッス! 騙し打ち、不意打ちなんでもござれッスねっ!」
トッシェ=ルシエの一言はまさに余計といっても過言ではなかった。その台詞が耳に届いたヴァンパイア・エンペラーは眉間だけでは足りず、今度はこめかみに青筋をビキッ! と立てたのである。
そして、連続で右手を振り払い、黒い球体の数を倍以上に増やしたのだ。そして、その全てを不遜すぎる態度の蒼い全身鎧を着こんだ男に向かって飛ばしたのである。
(まずはコイツからダッ!!)
一番、自分を侮っている男に対して、怒りの矛先を向けるヴァンパイア・エンペラーである。黒い球体は空中でスピードを増し、さらには軌道を変えつつ、次々とその不遜な男にぶつかっていく。
「おらおらッス! どんどん、俺っちに攻撃を集中させるッス!」
トッシェ=ルシエは心の中でほくそ笑んでいた。盾役である自分に攻撃が集中することは喜ばしいことである。いかにも全体攻撃であろう連続に行なわれる黒い球体による攻撃が、自分ひとりに集中することは盾役冥利に尽きるとも言える状況だったからだ。
ヴァンパイア・エンペラーはこの時点でひとつの間違いを犯していた。激昂するあまりに、自分はまんまと盾役の挑発行為に乗ってしまったことである。トッシェ=ルシエの考え通り、ヴァンパイア・エンペラーの今まさに繰り出している攻撃は、無差別に扱うことこそが最も効率的となる類のものだったのだ。
盾役に自らその全体攻撃を一点集中させるという愚を犯してしまったのだ。そして、ヴァンパイア・エンペラーは続けて第2の失敗を犯す。あまりにも頭に血が昇っていたために、ヤマドー=サルトルたち4人のうち、2人の居場所を見失ってしまっていた。
「ははっ! シノン銅山のラスボスだから、ある程度はやってくれるかと期待をしていたのじゃが、とんだ思い違いだったのじゃっ! 火の精霊たちよ、わらわの魔法の杖に集うのじゃ……」
ルナ=マフィーエは、ヴァンパイア・エンペラーから見て、斜め右側に移動していた。そして、彼が振るい続ける右手を死角として、そこで魔法詠唱を開始する。さらに、彼女を援護するために、ヤマドー=サルトルが魔法の荷物入れから短剣を5本取り出し、次々と玉座に居座り続けるヴァンパイア・エンペラーに投げつける。
(チッ……。こざかしい蝿ガッ!)
危険を察知したヴァンパイア・エンペラーが左手をヤマドー=サルトルに向ける。すると、左手の前方20センチメートルの空間が球状に歪み、その歪みはヤマドー=サルトルが投げた5本の短剣全てを弾いてしまう。しかし、ヤマドー=サルトルはそれでも、魔法の荷物入れから短剣を再び5本取り出し、またもや、その短剣を奴に投げつける。
そんなセコイ攻撃方法を繰り出し続けるヤマドー=サルトルに対して、ヴァンパイア・エンペラーはいい加減うんざりし、組んでいた両足を崩して、玉座に座ったままで、自由になった左足を用い、ヤマドー=サルトルを踏みつけようとしたのだ。ヤマドー=サルトルはあわやの位置でヴァンパイア・エンペラーの踏みつけを回避する。
(本当にウザい蝿なのでアルッ!)
ヴァンパイア・エンペラーは、何度もヤマドー=サルトルを踏みつけようとする。伸長4メートルほどある彼にとって、その半分にも満たないヤマドー=サルトルなど、夏季に纏いつく羽虫といっても過言ではなかった。決して、玉座から尻を上げずに眼の前の4人を葬ろうとしていたのである。
「ヤマミチよ、よくぞ奴の注意を引き付けてくれたのじゃ……。さあ、詠唱は完了なのじゃ……。火吹き竜よ、我との盟約を果たすのじゃっ! 『土くれの紅き竜』発動なのじゃっ!!」
ヴァンパイア・エンペラーの死角に入っていたルナ=マフィーエが詠唱を完了させて、その技名を叫ぶ。するとだ、今まで以上に彼女が支える魔法の杖の先端に取り付けられた宝石が紅く発光する。そして、発光はルナ=マフィーエの前方の空中に直径2メートルの魔法陣を描き出す。
その魔法陣から飛び出すように胴体が細長い紅き竜が現出する。その様はどんな刃をも通さぬような硬い鱗を持つ蛇のようでもあった。その紅き竜はうねうねとその身を空中でくねらせ、あろうことか、身長4メートルもあるヴァンパイア・エンペラーの斜め頭上から、真っ赤な極太の炎柱をその大きく開いた口から吐き出したのだ。
ヴァンパイア・エンペラーはいきなり視界の端に紅い色が見える。そして、そちらに顔を振り向かせるのであるが、時すでに遅し、奴は紅き竜が放つ炎の渦をその身に散々と浴びることとなる。
「ははっ! 間抜けすぎなのじゃっ! さあ、ヴァンパイア・エンペラーのトドメを取ったのはわらわなのじゃっ! ヤマドー=サルトル! そなたに命ずる……。わらわを抱くのじゃっ!!」
ルナ=マフィーエは森の魔女の最大魔法である『土くれの紅き竜』がヴァンパイア・エンペラーに鮮やかに直撃したことで昂揚していた。そして、それが彼女にとって、生死を分ける最大の隙となる。
「精の吸収発動也!!」




