第4話:一文字・恒彦
山道・聡の真意をはぐらかすかのような発言にイラっとする川崎・利家である。しかしながら、飄々と相手の意見をかわすのが信条かと思えるような態度を普段から取る山道・聡に対し、ここで食いかかっても時間の無駄であろうと、自分の心を落ち着かせることに尽力する。
「まあ、実際に『D.L.P.N』システムに繋がってみたほうが、どうなるかわかるってもんですよ。というわけで、僕はさっさと行ってきますんで、川崎くんはサーバー負荷のモニタリングをお願いしますね?」
「ウッス……。なんか上手くまとめられた気がするッスけど、そこはGMならではの手腕だと思っておくッス。あと聞いておきたいんッスけど、外部から『D.L.P.N』システムを監視できないんッスか?」
川崎・利家の質問は当然と言えば当然であった。山道・聡がどうにかして、サーバーの負荷軽減を成し遂げたとしても、それをやっている山道・聡本人がどうにかなってしまっては、本末転倒だ。だからこそ、外から『D.L.P.N』システムを監視できないかどうかをGMである山道・聡に聞いたのである。
「うーーーん。あまり、僕のPC画面を見せたくないんですが!?」
「うっさいッス! 緒方っち、山道さんのディスクにあるPCから『D.L.P.N』システムを監視できるようだから、仕事の合間にも見ておいてほしいッス!」
「あうあう……。そんなに強く言わなくてもぉ。わかりましたぁ。私がチェックしておきますけど、何かありましたら、川崎さんに振りますからね??」
仕事用のPCと言えども、仕事とはまったく関係ないソフトを入れていることは誰しもが納得してくれることであろう。ソフトまでならまだマシな部類で、デスクトップ画面を家族の写真に変えていたり、あろうことか、萌えアニメのキャラクターにしていた場合は眼も当てられない大惨事となる。
今、GM山道のPC画面のトップ画像はグラフィックデザイナーのカロッシェ・臼井に描かせたノブレスオブリージュ・オンラインに登場する女性NPCたちの半裸画像である。唯一の救いとすれば、全裸ではないことであろうか?
とにかく、女性である緒方・桜子としては、そんなトップ画面を見ながら、『D.L.P.N』システムを監視しつづけたくないというのが本音である。しかし、だからといって、他に誰がやるのか? と問われれば、彼女が適任としか言いようがない状況であったのだ。
かくして、後を頼んだ山道・聡は手狭な会議室を出て、10月も半ばだというのに、冷房がガンガン効いたサーバールームに足を踏み入れる。サーバールームのドアを開けると、外気と室内の温度差により生じた霧状の冷気が山道・聡の両足のかかとあたりを包み込む。いくらシューズを履いているからといっても、その冷気はシューズと靴下を通り抜け、まるで真冬のような寒さを山道・聡は感じるのであった。
「さっぶぃ! こんな冷え込んだサーバールームで仕事をしなければならないなんて、地獄そのものですねぇ!」
余りにもの寒さに山道・聡は両腕をジャケットの袖の上から両手でさすり、文句のひとつを言ってしまうのであった。寒さ対策として、いつも通勤で羽織っている薄茶色のジャケットを着こんできたのだが、それでも寒すぎる。サーバールーム内の室温は摂氏4℃と、10月の正午近くの外気温と14度近くも差があったのだ。
サーバールームにあるサーバーマシーンは西暦2030年代のこの時代、量子コンピューターが主流となっている。エイコウ・テクニカル社でも積極的に量子コンピューターを導入し、サーバーへの負荷低減対策を取っている。しかしながら、それでもシーズン5.3導入による1つのゾーンへプレイヤーが殺到したことには耐えれたなかったことは容易に想像できるのであった。
そもそも、ノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤー人口が目減りしていったことにより、エイコウ・テクニカル本社は、よそで使っていた能力の低いサーバーマシーンをシーズン4.0からノブレスオブリージュ・オンラインに割り当てたのである。それによって、プレイヤー人口が減ったというのに、サーバーが物理的にダウンしかけるような目にあってしまうのである。
「やあ、いらっしゃい……。ここは地獄の最下層・『氷獄』。帰るなら今のうちだよ?」
サーバーマシーンの傍らにあるデスクの椅子に座ったまま、その椅子を回転させて、山道・聡に身体を向けてきた人物がそうのたまう。彼は10月半ばだというのに、まるで鳥が羽毛でその身を包み込んでいるのかと錯覚してしまうかのようなもこもこふわふわな防寒着を身に着けていた。そして、怪しげなオーラを発しつつ、椅子に座ったまま、ペコリと山道・聡に一礼する。
「あのですね……、一文字くん。いくら寒いからといって、サーバールームを氷獄呼ばわりするのはやめてくださいよ。あと、堂々と仕事机の上に焼酎の瓶を置かないでください!」
「そんなこと言われても、寒いんです。お酒が無かったら、どうやって、自分は身体を温めたら良いんです!?」
一文字・恒彦。彼はサーバールームのたったひとりの住人であった。ここでひとり、サーバーマシーンを調整しつづけてくれている。いや、サーバーマシーンのご機嫌を取ってくれていると言った方が適切かもしれない。彼がいなければ、臨時メンテナンスどころか、それを行う前にとっくの昔にサーバーダウンしていたことだろう。
しかし、そんな彼ですら、これ以上の負荷にサーバーマシーンは耐えられないと窮状を訴えてきたのである。今日は木曜日。そして、明日から金土日といった、社会人層たちが本格的に新バトルゾーンへ殺到することは火を見るより明らかな状況が待っている。
「一文字くん。身体を温めるだけの酒量は認めます。それよりも、僕はこのサーバールームのさらに奥にある『D.L.P.N』システムに用があってきました。鍵を渡してください」