第8話:泣き女
「ヘビー・ストライク・アクスでの2連撃ですよっ!」
ヤマドー=サルトルは大きく上に振り上げた黒鉄製の戦斧を下へと振り下ろす。1撃目は泣き女の左肩に。2撃目は泣き女の頭頂部に叩きつける。それにより、泣き女の左肩から左腕が吹き飛び、さらに彼女の顔の右半分もまた砕け散る。
しかし、それでも泣き女は絶命しなかった。大ダメージを負ったことは確かであり、今の今までトッシェ=ルシエの方を向いていたというのに、彼女はヤマドー=サルトルの方を残された左眼で恨めしそうに睨みつける。そして、口を大きく開き、喉の奥から『嘆き声』を放とうとする。
「ヤマミチ! 危ないのじゃ! 炎の柱発動なのじゃっ!!」
ヤマドー=サルトルの後方2メートルの位置でルナ=マフィーエが魔法詠唱を行っていた。そして、それが終えたと同時に先端に碧玉の宝石が取り付けられた魔法の杖を泣き女に向ける。するとだ。碧玉は紅く鋭く明滅し、そこから直径50センチメートルの炎の塊が現出する。
そして、その炎の塊はふわふわと宙に浮いていたかと思うと、次の瞬間には燃やすべき相手を定めて、急スピードで眼の前の泣き女の胸にぶち当たる。さらにはそこに逆巻く炎柱が巻き起こり、泣き女の身を焼く。
泣き女は悲鳴をあげて、炎の中で黒い塊へと変わっていく。そして、その黒い塊はボロボロと崩れ、さらに天井へと昇っていく炎柱に飲まれていくのであった。
「はあああっ!」
泣き女が1体、絶命したのを確認したヤマドー=サルトルとルナ=マフィーエはほぼ同時に『残心』を行い、硬直時間を最小限にとどめる。そして、徐々にトッシェ=ルシエの周りに集おうとしている生きる水死体たちの背後へ回り、次々と前蹴りを繰り出す。
背中を蹴られた生きる水死体は、うあん? と素っ頓狂な声をあげて、後ろを振り向く。そこにはすでにヤマドー=サルトルたちは居なく、頭の中に『?』マークを浮かべる。
その背中に肉薄したトッシェ=ルシエが右手に持つオリハルコン製のラージ・クラブでぶん殴る。背中をぶん殴られた生きる水死体たちは、うがあああ! と声をあげて激昂し、またもやトッシェ=ルシエの方を向く。
(へへっ! ターゲット固定はゲームのように絶対的じゃないことは、ここに至るまでの戦いでわかっているッス! ヘイトを常にこちらに稼ぐように、合間に俺っちも攻撃することがコツってのは理解しているッス!)
ヤマドー=サルトルたちが生きる水死体の背中を蹴ったことで、注意が彼らに向いたのだ。ノブレスオブリージュ・オンラインならば、一旦、ターゲットを固定してしまえば、その魔物が狙っている相手以外に攻撃を喰らっても、そちら側に攻撃が飛ぶことは特殊な状況下やターゲット固定無視のスキルを用い無い限りありえない。
だが、この世界では違う。ターゲット固定スキルは、あくまでも自分に対するいわゆる『ヘイト』を最大限に高めるスキルである。その点は非常に現実的であった。
ヤマドー=サルトルとルナ=マフィーエは、再び、生きる水死体たちの注意が逸れたのを確認すると、現出した位置からほとんど動かないもう1体の泣き女に接近しようとしたのであった。しかし、敵も間抜けではない。泣き女は口を大きく開き、スキル『嘆き声』を発動してしまう。
その『嘆き声』はヤマドー=サルトルの身を貫通し、彼の身体は強制的に硬直させられ、行動不能に陥る。だが、泣き女のその行動を予測していた人物がいた。
「水の浄化発動だニャー! これで動けるはずなんだニャー!」
徒党の最後方に居たアズキ=ユメルが泣き女の『嘆き声』に対処するために、すでに詠唱を途中まで行っていたのである。ヤマドー=サルトルが行動阻害を喰らったとほぼ同時に詠唱を終えて、状態異常解除の魔法である『水の浄化』を発動させたのだ。
アズキ=ユメルが左手に持つ開かれた鉄の聖書の上方、約20センチメートルの空中に、直径10センチメートルの水の玉が現出する。そして、その水の玉は瞬時にヤマドー=サルトルの頭の上に移動し、まるで水風船が割れるかの如くにパーン! という軽快な音を鳴らす。さらに水が飛び散り、それはヤマドー=サルトルの身に降り注ぐ。
「ありがとうございます! あとでお礼しますねっ!」
「お礼はトッシェからもらうから、気にしなくて良いんだニャー!」
ヤマドー=サルトルはアズキ=ユメルのその返答を聞き、苦笑してしまう。よっぽどトッシェ=ルシエは彼女に気に入られているのだなと、そう感じざるをえないのであった。
「ヤマミチ、わらわに合わせるのじゃっ! 炎の神舞発動なのじゃっ!」
行動不能に陥っていたヤマドー=サルトルを追い越し、ルナ=マフィーエが泣き女へと先行していた。彼女は武器に炎を纏わせるスキル『炎の神舞』を発動し、なんと、自分が手にしている炎に包まれた魔法の杖で、泣き女を叩いてしまうのであった。
もちろん、武器の攻撃力を底上げする炎の神舞であるが、魔女系列であるルナ=マフィーエではダメージはタカがしれていた。そもそも、彼女はヤマドー=サルトルを先行させて、彼の黒鉄製の戦斧に炎を纏わせる予定であったのだ。
しかしながら、泣き女の反応がすこぶるよく、『嘆き声』を発動してしまったがゆえに、順番が前後したのである。それならば、いっそ、ルナ=マフィーエは自分自身の手で泣き女に攻撃を加え、こちらに奴の意識を持ってこさせて、後はヤマドー=サルトルに任せようとしたのである。




