第5話:楽しい食事
『同じ釜のメシを食う仲』という言葉がある通りに4人は友好を深めていく。ヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエはノブレスオブリージュ・オンライン内での冒険話を、こちらの世界のことと混ぜ合わせながら楽しく愉快に話す。その冒険譚はまるで英雄詩のようにも聞こえてしまうルナ=マフィーエとアズキ=ユメルであった。
「すごいんだニャン。トッシェは地獄の番犬を倒したことがあるのかニャー。あいつらが口から吐く火をその立派な盾で防いだのかニャン?」
「もちろんッス! いやあ、もう少しで盾がドロドロに溶けるかと思ったッスけど、うちのいつもの徒党仲間が連携を取って、トドメをさしてくれてッスね? 俺っちもさすがにあの時は生きた心地がしなかったッス」
もちろん、実際にはノブレスオブリージュ・オンラインで、武具破壊が起きることは無いのだが、トッシェ=ルシエはリアルなこの世界のことを交えて言っているのである。ゲーム内では、地獄の番犬の吐く地獄の炎のような全体攻撃は盾役の挑発系行動で、自分ひとりにダメージを集中させることができる。
ノブレスオブリージュ・オンラインは最大4人徒党であり、敵NPCの全体攻撃を自分に集中させれば、ある程度の軽減はあるものの、それでも通常の2~3倍のダメージを負うことになる。しかしながら、盾役はどのゲームでも共通で、他の職より生命力が高く設定されており、その生命力をもってして、耐えしのぐのだ。
(トッシェくんは自分で開発に携わっているゲームなのに、随分、のめり込んでいるんですねえ……。僕なんて、家に帰ってプレイしていることはしていますけど、自然とデバッグ作業してますし……)
ヤマドー=サルトルの現実世界での趣味はゲームと古今東西の歴史を調べることであった。実際にノブレスオブリージュ・オンラインの世界観と現実がある程度マッチングしているのかどうかは、やはりそのゲームの開発者としては気にかけておかなければならない。
今やエイコウ・テクニカル社の会長兼総責任者となってしまったノブレスオブリージュ・オンラインの初代GMである豆柴・豪が時折、ふらっと開発現場にやってきて、今回はどういった毎月恒例イベントをやるのかどうか? と聞きに来る。
その時、あまりにも西洋ヨーロッパの1300~1400年代からかけ離れたイベントを実施する旨を説明すると、豆柴・豪会長が容赦なくダメ出しをする。先代、先々代のGMたちはその度に徹夜で企画を練り直すのはノブレスオブリージュ・オンラインの開発・運営においては当然のこととなっていた。
しかしながら、山道・聡の場合は、趣味が歴史調査であり、その辺の資料は趣味と実用を兼ねて、かなりの量を集めている。そのため、山道・聡が毎月恒例イベントを豆柴・豪からダメ出しをされることは滅多に無いのであった。
「もっとヤマドーの話を聞かせてほしいのじゃっ! 毎月、フランスの仮の首都であるブルージュで、祭りの主催者をやっているとは、これは興味深い話なのじゃっ!」
ルナ=マフィーエが左手にお椀、右手にスプーンを持ちながら、前のめりでヤマドー=サルトルに話をしてほしいと促してくる。ヤマドー=サルトルは彼女が前のめりになることで、その胸の谷間が眼に入り、むふふっと頬が緩んでしまうことになってしまう。しかし、今は性欲よりも食欲が勝っており、ルナ=マフィーエのちょっとした色仕掛けは失敗に終わってしまっていた。
ヤマドー=サルトルはごほん……と一度咳をつき、4月は春の味覚祭り、5月は救世主:イエス=キリストの生誕祭などを取り仕切っていたと自慢気に言いのける。
「なるほどなのじゃ。では、今は10月ゆえにキノコ狩りをしなければならぬのう?」
「キノコ狩りというよりは秋の味覚祭りは先月にやりましたね。10月はそうですね、紅葉狩りでしょうか?」
ヤマドー=サルトルはそう言うと、ルナ=マフィーエが顔をやや横に向けて、チッ! と小さく舌打ちをする。ヤマドー=サルトルは何ゆえに舌打ちされなければならないのだろう? と不思議に思う。彼は彼女が言わんとしていることに気づけずにいたのであった。
(ヤマドーの性的なキノコをもてあそんでやろうというニュアンスを含めて言ってやったというのに、本当にこの男はにぶいのじゃっ!)
どちらかというと、食事中に下ネタを言うルナ=マフィーエのほうがよっぽど悪い気がするのだが、本気でヤマドー=サルトルの第二夫人の座を狙っている彼女としては、そういったことに気が回らないのであった。
(まあ、よい……。この扉の先には、世に言うボス魔物が控えておるのじゃ。わらわが持つ奥義魔法を見せつければ、きっとヤマドーは、わらわに惚れ直すのじゃっ!)
獲らぬ狸の皮算用で、口の端がほころんでしまうルナ=マフィーエであった。続けて、くふっくふっと不気味な笑みを零したことにより、彼女の表情を気にしていたヤマドー=サルトルは背中に悪寒が走ることになる。何かよからぬことを彼女が考えていることは、ヤマドー=サルトルにも気づいていたのである。
「あ、あの……? ルナさん? 強壮薬を飲み過ぎて、気分の浮き沈みが激しくなってしまったりしています?」
「ん? んんーーー? いや、別に中毒作用は出ていないのじゃ。ちょっと良いことを思いついた。ただそれだけじゃ」
ヤマドー=サルトルとしては、この世界に存在する強壮薬は、ノブレスオブリージュ・オンラインと同じで身体能力を向上させることは、それを服薬することで気づいていた。しかし、ゲームと違うとしたら、気分まで昂揚してしまうことである。この強壮薬の効果が切れると、一気に気分まで下がってしまい、ついでにちょうど腹が減るのと重なると、かなり憂鬱な気分へと落ちてしまう。
そういうわけでヤマドー=サルトルはルナ=マフィーエがそうなったことで、先ほどからころころと表情が変わる理由になっているのではなかろうか? と推測したのであった。しかしながら、彼女は単にヤマドー=サルトルをどうやって手籠めにしようか企んでいただけであった……。




