第4話:猫が如く
(トッシェくんは本当にアズキさんに好かれてるとかいうか、懐かれていますねえ?)
ヤマドー=サルトルはトッシェ=ルシエとアズキ=ユメルのやり取りを見ながら、そう感じてしまうのであった。今現在、アズキ=ユメルはソーセージを2本たいらげたことで、お腹が少しふくれたのか、先ほどまで錯乱していたのが嘘かのように落ち着いていた。
そのアズキ=ユメルは女の子座りをし、まるで猫のように頭を上下にゆっくりと振って、トッシェ=ルシエの右肩に擦り付ける。トッシェ=ルシエは彼女の鼻先や額を軽く人差し指の腹でこする。そして、時折、彼女の喉仏から顎先にかけてをこちょこちょと掻く。アズキ=ユメルは気持ち良いのか、ウニャ~~~ンとうっとりとした声をあげてしまう。その姿は愛し合う男女というよりかは、愛猫をあやすが如くである。
(トッシェくんは実家住まいで、さらに猫を多頭飼いしているって話でしたっけ? さすがに多頭飼いしているだけあって、アズキさんの扱いが上手いというか……)
ヤマドー=サルトルも30年ローンを組んだマイハウスで猫を1匹飼っている。彼の嫁が大の猫好きで、血統書付きのシャム種を飼っている。しかし、ヤマドー=サルトル自身は大の犬好きのため、あまりこの子を歓迎していなかった。その気持ちを敏感に察知しているのか、嫁には懐くが、ヤマドー=サルトルにはまったくもって可愛げのない態度をとっている。
猫や犬はそのひとが自分を気に入っているかどうかを察知する能力に長けていると言われている。自己防衛ゆえの本能がそうさせるかどうかはわからないが、明らかにそのひとに対する態度は180度違うと言っていいだろう。ヤマドー=サルトルは自分の身から出た錆なのでしょうねと、はあああと深いため息をつくしか他無かった。
「ため息をすると幸せが逃げるという言葉を知らぬのかえ?」
「ルナさん……。これは不幸を嘆いてのため息ではありません。これは自分の日頃の行いを悔いてのため息ですよ……」
「ふむ。色々と思うところがあるようじゃな? まあ、腹がふくれれば、そんな気分も吹き飛ぶじゃろうて。さて、トッシェが隠し持っていたヒラメが良い感じに煮上がってきたのじゃ。こんな迷宮の奥深くで生魚が手に入るとは思っていなかったのじゃ」
ルナ=マフィーエは4人分の食事を作るにはちょうど良い大きさの鉄釜の中をお玉でゆっくりとかき混ぜていた。今、彼女が調理に使っているこの鉄釜もまた、トッシェ=ルシエの魔法の荷物入れに収められていたものである。そもそも、ヤマドー=サルトルたちがジャン=ドローンに持たされた食料は保存が利く冷たく硬くなったパンや、干肉、そしてチーズにソーセージの類であった。
ちょっとした湯を沸かすために小さめのヤカンをジャン=ドローンから渡されたが、これはあくまでも冷えを防ぐための薬湯を作るためのものであった。それゆえ、ヤマドー=サルトルは暖かい汁ものを味わうことは諦めていたのだが、それを解決したのがトッシェ=ルシエというよりは、彼の持つ魔法の荷物入れだったのである。
ノブレスオブリージュ・オンラインでの話で申し訳ないのだが、NPCから借りれる装備はプレイヤー自作のものとはかなり見劣りするものであった。魔法の荷物入れはその傾向がもっとも顕著であり、なんと、ゲーム内のアイテムを30種類しか入れることが出来ないのである。
この世界もそのようであり、ヤマドー=サルトル、ルナ=マフィーエ、アズキ=ユメルの3人は必要最低限の物を入れるだけで、与えられた魔法の荷物入れはパンパン状態だったのである。だが、トッシェ=ルシエの物は、彼らのそれよりも、ゆうに3倍もの容量を誇っていたのだ。それゆえ、トッシェ=ルシエの魔法の荷物入れには、この冒険で必要なのか? と疑ってしまうもので詰まっていたのである。
「いやあ、胡椒、ソース、ケチャップ、マヨネーズ、さらにはオリーブオイル! とかノブレスオブリージュ・オンラインではどうするんだっていう調味料をよく持ち歩いているものだと、感心しますよ……」
「いや、俺っちも調味料に関しては、相棒のナリッサ=モンテスキューに頼まれていたから、たまたま持ち歩いていただけッスよ? あいつ、店持ち・商人のくせに魔法の荷物入れの容量プラス30種類を課金してないから、俺っちが荷物持ちにさせらているだけッス!」
ノブレスオブリージュ・オンラインでは、職業:商人は『交易』というシステムを利用することが出来る。ヨーロッパと言えば香辛料。香辛料と言えばヨーロッパ。時代をやや100年ほど先取りになってしまうが、ノブレスオブリージュ・オンラインでは、調味料を『交易品』のひとつに設定している。その交易品を自分の魔法の荷物入れに収めきれないトッシェ=ルシエの相棒のナリッサ=モンテスキューという人物が、彼の魔法の荷物入れに無理やり押し込んだのが幸いしたというわけだ。
「むっ……。今、聞き捨てならないことを聞いたニャンっ! 相棒がどうとか何かとかっ! そのナリッサ=モンテスキューなる人物はもしかして女性なのかニャン!?」
アズキ=ユメルが喰いかかるように顔をトッシェ=ルシエの顔に近づけて、憤怒の表情を見せる。トッシェ=ルシエは右手で頭頂部をボリボリと掻きながら
「ナリッサみたいな朴念仁の女性がいるとしたら、こちらからお断りッス。あいつは口数少ないチン〇ンのついた生物ッス。しっかし、あいつが俺より先に彼女をつくるなんて想像もつかなかったッス……」
トッシェ=ルシエが肩をがっくりと落とし、はあああと深いため息をつくのに対して、まるで可愛い華がそこに咲いたかのようにパッと明るい笑顔になるアズキ=ユメルであった。彼女はもそもそと両足を器用に動かし、じりじりとトッシェ=ルシエに近づき、またもや頭を彼の右肩に擦り付けるのであった。
「ほれ、そこの盛っている半猫半人の娘よ。お椀を差し出すのじゃ。ヒラメを煮込んだスープが出来上がったゆえに、わらわが特別によそってやろうなのじゃ」
ルナ=マフィーエはズイッと左手をアズキ=ユメルに差し出す。アズキ=ユメルはニャハハ……と苦笑し、彼女に木製のお椀を手渡すのであった。




