第2話:干肉とソーセージ
(ダメですね……。憶測に憶測を重ねたところで、絶対に真理へとたどり着けるわけがありません。ノブレスオブリージュ・オンラインと、この世界。何がどう繋がっているのかを検証するには、僕の手には材料がそろっていません)
ヤマドー=サルトルは左右に頭を振り、今考えていることはまるで邪念であるかのように振り払う。今考えるべきは、この大きな鉄扉の向こう側に潜んでいるだろうアイツを倒し、押し付けられた依頼を完遂することである。ヤマドー=サルトルはそう心に念じると同時に、お腹がぐううう~と鳴ってしまうのであった。
「はは……。この世界にやってきて驚いたことのひとつに空腹を感じるようになったってことですね……。ゲームでもキャラクターがお腹を空かせて、魔法の荷物入れの中にあるおにぎりを大量に食べちゃいますけど……」
「本当に不思議ッスよね~。ちゃんとしっかり、1日3食を摂らないと身体が動かなくなっちまうんッスから。この世界ってやっぱりノブレスオブリージュ・オンラインとは別物なんッスかねえ?」
全身鎧を半脱ぎ状態のままにトッシェ=ルシエが、お腹を右手でさすりながら、ヤマドー=サルトルに問うことになる。
「さあ、どうなんでしょう? 現実世界では、食事を摂るのは当たり前の話ですし、ここは別のどこかの現実世界だという認識のほうが正しい気がします」
ヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエは、このリアリティ溢れる世界に苦笑せざるをえない。この世界にやってきたのは偶然なのか必然なのかはわからない。だが、『D.L.P.N』システムを介していることだけは確かだろうということはわかる。そこで、まるで現実世界のように腹が減り、ダメージを受ければ身体は痛みを訴え、そして睡眠欲も現れる。
人間の3大欲求の残りのひとつである『性欲』のほうはどうかというと、ヤマドー=サルトルは今やはちきれんばかりなことになっている。階層ごとのセーフゾーンで、テントを張り、その中で寝袋に身を包んで休養を取っているのだが、寝袋に入りながらさらにテントを張るという奇怪なことになっている。
そもそも何がいけないかというと、ご立派なおっぱいを持っているルナ=マフィーエが悪いとしか言いようが無い。うら若くボーイッシュな健康優良児相手のアズキ=ユメルに欲情するほど、ヤマドー=サルトルは地に堕ちてはいない。
しかしながら、ルナ=マフィーエとなると違った。ことあるごとにルナ=マフィーエが『寒いのならば、一緒の寝袋に入るかえ?』とか『そろそろ我慢しきれなくなっているのではないのかえ? 1時間ばかり、わらわたちだけで席を外すのも悪くないと思うのじゃ』といちいち、寝袋から上半身を出しつつ胸の谷間を強調しながら、ヤマドー=サルトルを誘惑してくるのである。
「ぶっちゃけ、3分でことが済むと思うニャー。あちき相手に欲情される前に、とっとと、ルナにすっきりさせてもらってきても良いんだニャン」
「いや、わかんないッスよ? 身体は20代前半かもしれないッスけど、ヤマドーさんは元々40代ッスから。あっちのほうは肉体年齢よりも精神年齢のほうが大きく響くもんッス。意外や意外に時間がかかるかもッス」
「いらないお世話は結構でーーーす! 僕は今でも親指の角度ですからーーー!」
「ほう? 親指の角度とな? これは期待値が大きく跳ね上がる情報をゲットしたのじゃ」
ヤマドー=サルトル以外の面々は口に右手を当てて、クスクスと嘲笑うかの如くの所作をしていた。トッシェ=ルシエは現実世界のヤマドー=サルトルの年齢も体格もわかっている。そして、少し説教臭いヤマドー=サルトルに、アズキ=ユメルとルナ=マフィーエも、実は中身は意外と成熟しているのでは? と疑っているのであった。それゆえのこのやりとりである。
ヤマドー=サルトルは道中、彼らのあざけりをわざと無視しつづけていた。身体をめいいっぱい動かせば、性欲なぞにとらわれることは少なくなるであろうと思い、懸命に生きる死者たち相手に戦斧を振るい続けたのだ。そのおかげもあってか、やたらと腹が減り、性欲よりも食欲がまさる状況になっていたのである。
そして、第5層に到達するや否や、セーフゾーンで昼飯にありつこうということで、ぶつぶつ言っているヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエをほっといて、ルナ=マフィーエとアズキ=ユメルが食事の準備に入っていたのであった。
「うーーーん? スープに入れようとしていた干肉が、わらわの思っていた以上に少なくなっている気がするのじゃが?」
「ど、ど、どういうことニャン!? あちきはつまみ食いなんかしてないニャン! きっと、トッシェがあちきに代わって、道中、干肉をパクパクと食べていたに違いないニャン!」
火の支度をしていたアズキ=ユメルが狭い額に冷や汗を浮かべながら、しどろもどろになっていた。そんな彼女に対して、ルナ=マフィーエはこめかみに青筋をくっきりと浮き立たせる。
「つまみ食いをしていたのは、この口かえ!? ええい、腹立たしい限りなのじゃ!」
「ひたひ、ひたひニャン! あちきに干肉を管理させるほうが悪いんだニャーーーン!」
ルナ=マフィーエが両手の人差し指と親指を使い、アズキ=ユメルのほっべたをつねりながら、左右に広げる。アズキ=ユメルは涙目になりながらも、それでも言い訳を続けるのであった。彼女が素直に謝れば、致し方なしと片付けようと思っていたルナ=マフィーエも、これではひっこみがつかない状況になってしまう。
つまみ食いと言えば半猫半人が真っ先に思い浮かぶのはヒト型種族の間では常識とまで言われている。それをうっかり失念していた半狐半人のルナ=マフィーエにも責があるといえばあるのだからだ。
失敗が眼に見えているのに、その失敗の元になるニンゲンに何かを任すことは、任命した者にも責任がつきまとうのは当然といえば当然の話だ。罪を犯したニンゲンと同等の罪を任命した者が背負う必要性はないのだが、これは心の問題である部分が大きい。信用できない相手に信を置いたのが失敗だったという話なのである。
「あちきは悪くないニャン! 美味しそうな干肉とソーセージが魔法の荷物入れに入っていたら、少しくらい食べても良いよね? って言われていると思ったニャン!」




