第7話:初陣
「みたいですね。シーズン4.0実装時に追加されたあのダンジョン、『シノン銅山』だと思っておいて間違いはなさそうです。もしかすると、中の構造もそのままの可能性があったりしたら、笑い話どころでは済まなそうですが……」
まさかね? と言った感じでヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエが苦笑にも似た表情を互いに浮かべる。今いるこの世界とノブレスオブリージュ・オンラインの世界観は似通っており、それゆえに自分たちが開発にたずさわった、いわゆるダンジョンの構造も同じではなかろうか? という危惧がある。もし、自分たちの想像通りならば、せっかくの冒険が少なからず興ざめするのでは? と思ってしまう2人であった。
「シーズン4.0とかなんとか、おぬしたちが言っている意味がわからないのじゃが……。もしかして、シノン銅山の中に入ったことがあるのかえ?」
ルナ=マフィーエが2人にこう問うのだが、ヤマドー=サルトルとしても、どう応えるのが正しいのかわからずじまいであった。実際にその場所に行ったのはあくまでもノブレスオブリージュ・オンライン上であり、この世界ではまだ未体験のゾーンだ。それゆえに、ヤマドー=サルトルは適当にはぐらかす回答を示す。
「まあ、なんと言いますか……。シノン銅山のようないわゆる『ダンジョン』って、どれも構造が似ているのでは? と言いたいわけです。それこそ、最下層にボスクラスの魔物が居たりとですね?」
「ふむ……。ダンジョンに『ボス』と呼ばれる強敵が居るのはどこも同じじゃな……。なるほど、そういった意味で、おぬしらは他のダンジョンと同様に、きっとそのシノン銅山にも、いわゆる『ボス』がいるのでは? と言いたいわけなのじゃな?」
「はい……。そう受け取ってもらうと嬉しいですね、こちらとしても。まあ、こちらには、これだけの戦力が整っているので、それほど苦労しそうにもありませんが……」
現在、ヤマドー=サルトルの徒党はノブレスオブリージュ・オンラインにおける最高火力を誇る戦士系最上級職の狂戦士のヤマドー=サルトル。魔法使い系最上級職のひとつである森の魔女のルナ=マフィーエ。回復ならお任せの一人前・修道女のアズキ=ユメル。そして、盾役最強職の店持ち・鍛冶屋のトッシェ=ルシエときている。
ノブレスオブリージュ・オンラインは今現在、シーズン5.3を迎えており、シーズン4.0実装時から2年半近くも経っている。そんな2年半も昔に実装された『シノン銅山』の魔物相手に苦戦はしないだろうとヤマドー=サルトルは考えていた。
もちろん、装備は現役プレイヤーたちのモノと比べれば、かなり見劣りする物をジャン=ドローンから貸し出されたわけだが、それでも、この火力も盾役も回復も揃っている4人徒党なら、どうとでもなるだろうと安易に考えていたヤマドー=サルトルである。
しかし、彼の予想はシノン銅山に足を踏み入れての定番の雑魚との1戦目で、薄氷の如くに踏み砕かれることになる……。
「くっさあああいっ! これは耐えれませんっ! トッシェくん、後は頼みましたっ!」
「ちょっと待つッスよっ! おっえっ!! なんでゲームの世界なのに、ここまで腐臭が再現されているんッスかっ!」
ヤマドー=サルトルたち4人が荷馬車にシノン銅山の入り口まで運ばれる。荷馬車の御者は三日後に迎えにくると言って、その場から去っていってしまった。残された4人はさっそく、シノン銅山へと足を踏み入れる。そして、坑道を進むこと5分後には、ルナ=マフィーエたちの言っていた通り、かつては傭兵だったであろう生きる死者たちと対峙することになる。
しかし、ヤマドー=サルトルはこいつらに対峙するまで、非常に重要なことを忘れていた。この世界には『匂い』と『味』が存在することを……。
生きる死者たちの身体はところどころが腐れ落ちており、腹からは紫や緑色といった感じの内臓を剥き出しにしながら、ウボオオオ……と力無い声をあげている。そして、のっそりのっそりとヤマドー=サルトルたちに近づいていく。
奴らがヤマドー=サルトルに近づけば近づくほど、腐臭は増していき、ついにはヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエの2人は胃の中から大量の胃液を吐き出すことになる。
「さっそく戦闘不能が2人なのじゃ。アズキ。風の断崖を、2人にもかけてやるのじゃ」
「まったく……。威勢よく坑道をずかずかと歩いていくから、腐臭に慣れているのかニャ? と期待していたけど、まったくもって的外れだったニャン。大気に満ちる風の精霊よ……。かの2人を清浄なる風で包み込むニャ……。風の断崖発動だニャン!」
アズキ=ユメルが左手に持つ鉄の聖書をその手の上で開き、詠唱を開始する。すると、彼女の身体から翠玉色のオーラが立ち昇り、その一部が鉄の聖書に吸い込まれていく。
翠玉色のオーラを吸い込んだ鉄の聖書が明滅し始め、次の瞬間には鉄の聖書より上に20センチメートルの空間に、直径10センチメートルの緑色の玉を作り出す。
アズキ=ユメルは右手を左から右に振り払い、その輝く緑色の玉をヤマドー=サルトルたちに向かって、飛び立たせるのであった。その緑色の玉は彼らに向かって飛んでいく最中に2つに分かれ、さらにはその大きさを増していくのであった。
(おや? 腐臭が急にやわらぎましたね? これはどういうことです?)
ヤマドー=サルトルは腐臭に抗うために、口と鼻を右手で抑えていたわけだが、自分の身体を透明感が強い緑色の球体に包まれたことにより、今まで感じていた腐臭が一気に吹き飛んだことに驚いてしまう。
「2人とも大丈夫かニャー? 風の断崖で、腐臭のカットと状態異常への耐性をアップをさせたわけだけど、それで戦えそうかニャー?」
アズキ=ユメルがヤマドー=サルトルたちから5メートルほど離れた後方から、そう声をかける。ヤマドー=サルトルはなるほど、風の魔法のひとつ、風の断崖は、この世界ではそういった使い方もできるのかと、感心してしまうのであった。




