第4話:仕立て屋:カロッシェ=デ・ゴザル
(荷物のチェックを怠らないのはノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーとして当然と言えば当然ですね。って、開発よりもプレイすることのほうがよっぽど力を入れてたりしませんよね!?)
ボス攻略をしようとダンジョンに潜り込むのは良いが、必要不可欠のアイテムを忘れることはノブレスオブリージュ・オンラインではよくある出来事だ。出来るプレイヤーは準備段階で入念に荷物のチェックを行っている。そんな殊勝な心構えを仕事でも発揮してほしいと常々、川崎・利家相手に思っているのだが、彼は実際は現実世界とゲーム世界とでは残念ながら違うようだ。
会議だというのに発表資料を仕事机に忘れてくることは日常茶飯事だ。しかしながら、彼の持前の性格がそうさせるのか、山道・聡には、彼を強く咎める気は起きないのであった。
カロッシェ・臼井となると、そもそも、家にキャラデザの資料を置いてくるといった始末なのである。彼は趣味と仕事がごっちゃになっているのか、仕事を家に持ち帰り、自宅のPCでキャラデザを煮詰めている。それはそれで申し分無い素質なのであろうが、そもそも、社会人として会社に持ってこなければならない資料を家に忘れてくるのは論外なのだ。
しかも小憎たらしいことに、カロッシェ・臼井は家のPCを遠隔操作できるように設定しているようで、例え、資料を忘れたところで、ちょちょいのちょいと自宅から会社にデータを転送させている。そういうのは何かと危険が伴うからやめろと口酸っぱく山道・聡が言っているのだが
「ふひっ! 僕のパスワードは3重に施しており、さらには24桁の英数字で構成されているのでござる。このパスワードを打ち破れるのはアメリカ国防省が育てているハッカー集団くらいなのでござる!」
可愛げが無いとはまさにカロッシェ・臼井のためにあるような言葉だ。こんな小憎たらしい男に比べれば、会議の資料を持参するのを忘れたお詫びッス! と、毎度、社内のオフィス近くにある自販機で小籠包スープを奢ってくれる川崎・利家がどれほど可愛く思えることか、わかってくれるだろうか?
ちなみにこの自販機で売られている小籠包スープとは、『小籠包の入ったスープ』ではなく、『小籠包の中に入っているアチチってなるほうのスープ(具はネギ)』(GMヤマドー談)である。ちゃんとフーフーと十分に息を吹きかけてから飲まないと、口の中は大惨事となってしまう。緒方・桜子が、うっかり、フーフーし忘れて、小籠包スープの犠牲者となってしまったのは言わなくてもわかってもらえるだろう。
閑話休題。ヤマドー=サルトルたち4人は荷物のチェックを入念に行い、さらには武具でその身を包み、ようやくシノン銅山に向かう手はずが整うことになる。
「もう少し、高防御でさらに腕力の恩恵が乗っている鎧が欲しかったのですが、NPCがくれる装備ってしょっぱいですよねえ」
ヤマドー=サルトルは簡素なマネキン風の木製人形に着せられていた防具を失敬して、その身を包み込んでいた。黒を基調とする鋼鉄製の全身鎧に両刃の戦斧と、どこから見ても、戦士系と一発でわかる風貌となっている。この世界の武具にも、ノブレスオブリージュ・オンラインのように身体能力をアップさせる『恩恵』が施されているのだが、やはり、プレイヤーが作成したものとは段違いに性能が低いことを、その武具を身につけることで実感するヤマドー=サルトルであった。
「仕方ないッス。俺っちのは自前のだから、防御力も抜群ッス。盾役はお任せあれッス!」
ヤマドー=サルトルが黒を基調とした防具なのに対して、トッシェ=ルシエは緑を基調としたオリハルコン製の全身鎧を着用していた。ノブレスオブリージュ・オンラインの防具の位階は布製から始まり、革製、黒鉄製、鋼鉄製、銀製、そして上級のオリハルコン製、さらには最上級としてアダマンタイト製となっている。
位階が上がれば上がるほど、基本防御力が高くなるわけだが、それでも、プレイヤーが手を入れることにより、布製でも十二分な防御力を発揮する。しかしながら、防具作成時にどの素材を使うかによって、防具に付属する防御力の最大値はかなり違ってくるといってよいだろう。
「ふむ。なかなかに気品あふれる魔女用のローブなのじゃ。わらわはこれで舞踏会に参加したい気分なのじゃ」
満足気にそう言うのはルナ=マフィーエであった。彼女の言う通り、胸元がパカッと開いた紫色のローブは、彼女の豊満なおっぱいをより強調している。しかしながら、その服のどこがローブなのか? ドレスと言いきってしまったほうがよっぽどお似合いなのでは? とツッコみを入れたいのはやまやまなヤマドー=サルトルであったが、魔女系列が装備できる防具は『ローブ』系統なので、彼女がそれを着用できる以上、ローブなのだろうと納得する。
「へぇ……。ルナっちの着ているローブって、カロッシェ・臼井がデザインしたやつッスね」
「ん? この気品溢れるローブのデザイナーは、かの有名なカロッシェさまであったのかえ? もしかして、トッシェはそのカロッシェさまと知り合いなのかえ?」
「ああ……。なんと言って表現すればいいか悩むッスけど、一応、仲間といえば仲間ッスよね? ヤマドーさん……」
「うん……。仲間と言えば仲間ですけど、あまり、仕事場以外で関わりたくないというか……」
カロッシェ・臼井の名がこの世界にも知れていることに苦笑せざるをえないヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエである。ルナ=マフィーエの言いでは、カロッシェ=デ・ゴザルは高位の貴族たちの仕立て屋をやっており、彼のデザインする服は流行の最先端をひとり走り抜けているとまで言わせるほどの出来だと、彼女は大絶賛だったのだ。
この世界とノブレスオブリージュ・オンラインがどのように接しているのか、ますますわからなくなるヤマドー=サルトルである。しかし、彼はそこに思考が飛ぶ前に、アズキ=ユメルに声をかけられる。
「ねえねえ。あちきも着替え終わったから、皆に見てほしいニャン! どうかニャン!? テーマは動きやすさの追求なんだニャン!」




