第10話:クエストボード
「クエストボード? この世界にはクエストボードが存在するのですか?」
「いや、存在するも何も……。クエストボードについては傭兵であるキミたちのほうがよっぽど詳しいのでは?」
ヤマドー=サルトルはこの世界の成り立ちに疑問を感じてしまう。ノブレスオブリージュ・オンラインに存在する『クエストボード』がこの世界にも存在するゆえだ。ノブレスオブリージュ・オンラインにおいて、クエストボードは主にプレイヤーたちが交流を図るためであったり、ダンジョンや、そこに潜むボスNPCを攻略するために徒党仲間を集めるためにも利用される。
まさかそのままのクエストボードがこの世界に存在するとは思えないが、一応、どういったものかをジャン=ドローンに説明してもらうことにする。
「キミはおかしなこと聞くんだな? 傭兵たちの集団は普段は大きな街に住んでいるんだ。最近はフランスの仮の首都であるブルージュで傭兵たちの多くは住み着いているようなんだ。クエストボードはその傭兵たちに依頼を出すためにも利用されているわけだ。こんな説明、本当に必要なのか?」
ジャン=ドローンはフランスのみならず、他の国でも『常識』であることを、何故に眼の前の男が知らないのか? と言いたげな表情をする。呆れたというよりは、奇怪な者を見ると言った感じである。ヤマドー=サルトルは、ははは……と苦笑いをしつつ、自分は頭を強く打ち付けた拍子に軽い記憶喪失に陥ってしまったと言い訳するのであった。
普通なら疑って当然の台詞なのではあるが、ジャン=ドローンの生来からの生真面目さが功を奏したのか、禍したのかはわからないが、彼はヤマドー=サルトルの言いをそのままに受け取ってしまったのである。
「なるほどな……。キミと話していると、この世界の住人ではなさそうな発言を時折すると思っていたが、そういう事情があったわけか。いやしかし、キミが傭兵であることは保証するよ。半獣半人と仲良く出来るのは、傭兵出身でないと無理だからな」
「おお、それゆえかっ! わらわが知り合ったばかりのヤマミチに心を許してしまったのはっ! 何ゆえに、こうも心も体もアッチの相性もヤマミチと合うのか不思議に思っていたのじゃが、ヤマミチは傭兵だったゆえかっ!」
「なーに、今更、気づいているんだニャー。あちきはヤマドーと出会った時に、すでにこのひとは傭兵なんだろうなとは予想していたんだニャー。あちきのアホ毛がビンビンと疼いていたんだニャー」
(それって、妖怪アンテ〇みたいな感じを受けるのですが、黙っていたほうが危険度は低いんでしょうかね……?)
ヤマドー=サルトルは危険を伴う発言であろうと思い、口には出さずにおいた。何はともあれ、自分は傭兵側のニンゲンであることがはっきりと判明し、さらには半獣半人が懐くのは、傭兵相手だけであるという情報も手に入れられた。この情報から推測されることは、ノブレスオブリージュ・オンラインにおけるプレイヤーと従者NPCの関係がある程度は、この世界に適用されていることがうかがい知れるのであった。
ノブレスオブリージュ・オンラインにおいて、従者NPCと課金ガチャの『ペット』を合体させることにより、半獣半人を産み出すことができるのだ。それゆえに、この世界においても傭兵と半獣半人は切っても切れない縁で結ばれているのだろうと推測される。
もちろん、今、傭兵と位置付けられているのはノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーたちのことだ。ノブレスオブリージュ・オンラインは1人の傭兵となり、100年戦争を舞台とするヨーロッパで生活したり、合戦に参加し、その戦場で対人戦をしたりするVR対応MMO・RPGなのである。
そして、ジャン=ドローンが言うところのクエストボードはこの世界に住む傭兵たちとコンタクトを取るためのシステムであろうと推測するヤマドー=サルトルである。
(僕はクエストボードに貼られた依頼により、この世界に呼び出された存在だということなのでしょうか? ということは、そのクエストボードを用いれば、他の誰かもこちらの世界に呼び出せるということに?)
もちろん、これはヤマドー=サルトルの希望的観測であった。そんな上手い話があるわけがないだろうと否定する考えも、頭の中をよぎる。しかしだ。ものは試しとばかりにヤマドー=サルトルはジャン=ドローンにそのクエストボードがどこにあるのかを聞くのであった。
「ああ、クエストボードなら、シノンの街にもあるな。キミたちが武具を見繕っている間にでも、自分が盾役を募集しておこう」
というわけで、ヤマドー=サルトルたちは善は急げとばかりに、武器庫で使えそうな物を漁り始める。姿見用の鏡がその武器庫に設置されていたおかげで、ヤマドー=サルトルは自分の全身像を初めて拝むことになる。
(あれ? あれれ? この姿って、僕がノブレスオブリージュ・オンライン用に作成したキャラそのままですね……。適当に狂戦士としてキャラ設定を行っていたわけですが、まさかまさか、そのキャラが自分の今の姿に反映されているとは……)
山道・聡の現実世界の身体は、必要以上の筋肉がついてはいない。日頃の通勤や仕事をこなせるほどの体力をギリギリ産み出せるほどの普通の成人男性の身体なのである。しかし、姿見の鏡に映るこの世界でのヤマドー=サルトルの身体は、筋肉隆々であり、腹筋は6つに割れている。まるで総合格闘技に精通する人間のようなひきしまった体であった。
(これはこれでうちの嫁が喜びそうな体つきをしてますよね……。なるほど……。身体から20代のような精力を感じたのは、この身体ゆえってことですか……)
ヤマドー=サルトルは今の身体の骨格に合うような鎧をチョイスしはじめる。伸長こそは現実世界とあまり変わらないようにしていたことは良かったのかもしれないと思うヤマドー=サルトルである。VR対応のゲームをする場合、キャラを作成する時はなるべく、現実世界の身体のサイズとあまり変わらないようにと、どのゲーム会社も注意喚起している。
それは昨今のVRゲームが現実的描写になっており、ゲームの世界の自分と、現実世界の自分と齟齬をきたすからだ。
ヤマドー=サルトルたちが魔物討伐用の武具を見繕い終えたと同時にジャン=ドローンが再び、武器庫にやってくる。なんと、彼が言うには傭兵がひとり、雇えたという話であった。そして、ヤマドー=サルトルはさっそくその人物と顔合わせをする運びとなり……。
「ウッスウッス! 最近、店持ち・鍛冶屋に出世したトッシェ=ルシエッス! 今回のクエストに参加させてもらうッス! って、なんでここにヤマドーさんが居るんッスか!?」




