第9話:ヤマドーの適職
「あー……。フランスでは黄金の国:ジパングと言った方が分かりやすかったですかね? かの国の帝とその皇族はこの時代はまさに貧乏の真っただ中でしてね?」
「ふむふむ。何かの文献で読んだことがあるような? マルコ何某が著者の本だったような……。しかし、黄金の国と呼ばれていながら、その国を治める帝が貧乏だとはとてもではないが想像できないなあ?」
日本人なら歴史を少しでもかじっていれば、帝がこの辺りの時代から遡ること500年以上前から貧乏だということを知っている。もちろん、現代は違うのだが、鳴くよウグイス平安京からぱったりと遷都をやめてしまったことからも、その辺りの時代を過ぎた頃には、帝を補佐する立場にある貴族たちに土地を奪われて、帝には雀の涙ほどにしか収入はなかったことが容易に想像できる。
フランスは100年に渡る戦乱により、戦費がかさみ続け、ド貧乏のどん底なのはわかる。しかし、平和な時代なのにジパングの帝が貧乏なぞ、どうやって説明していいものか、ヤマドー=サルトルには説明しきれないですね……と諦めるしかなかった。
それよりもだ。今はジャンヌ=ダルクからの依頼をこなすためにも、まずは装備を整えねばならない。ジャン=ドローンの付き添いで武器庫に足を進めたヤマドー=サルトルたちは、そこで武具を物色しはじめる。
「ほほう。色々な魔法の杖があるのじゃな。木製、銀製、そして水晶製か……。ううむ、どれにしようか目移りしてしまうのじゃ」
「あちきは鉄製の表紙カバーがついている聖書にするんだニャー。万が一にも、自分のところに魔物が近寄ってきたら、この鉄の聖書でコテンパンに叩きのめしてやるんだニャー」
アズキ=ユメルが何やら物騒なことを言っているのを、わざと聞かなかったことにするヤマドー=サルトルである。一人前・修道女よりも破戒僧のほうが適職なのでは? と言いたい気持ちはやまやまだが、そういうことは女性に向かって言うのは失礼だろうと、口をつぐむヤマドー=サルトルであった。
「さてと……。僕はどの得物を使いましょうか。うーーーん。自分がどちら方面に傾倒しているのかがわかれば、苦労しないのですが」
ヤマドー=サルトルは物は試しとばかりに両手で支えるのが精いっぱいといった感じの大きさの戦斧を手に取ってみる。もし、自分の『腕力』が足りなければ、持つことさえ困難を極めるであろうと予想していた。
だが、そんな予想を裏切るかのように、ヤマドー=サルトルは両刃の戦斧を軽々と持ち上げてしまったのである。
「おお!? こんな凶悪そうな戦斧を片手で持ちあげれるなんて、思いもしませんでしたよ!?」
「おお!? がっしりとした体つきであるとは思っていたが、まさかまさか、ヤマミチは狂戦士なのかえ!?」
「そ、そうなのかもしれませんね!? いやあ、瓢箪から駒とはまさにこのことですよっ! ちょっと振り回してみていいですかね!?」
ヤマドー=サルトルが、片手で持ち上げた両刃の戦斧を両手で握り直し、今まさにブンブンと左右に振り回そうとした。しかし、その行為にストップをかけたのは、ジャン=ドローンそのひとであった。それもそうだろう。こんな狭い武器庫の中で、そんな危険なシロモノを振り回されては、たまったものではない。ジャン=ドローンはヤマドー=サルトルを止めるために、彼の後頭部を右の拳でゴンッと小突くのであった。
「いたたっ。冗談に決まっているじゃないですか……。まったく、これだから生真面目なひとってのは扱いが難しいですよね……。武器庫がちょっとくらい破壊されるのをおおめに見ておいてほしいですよ」
「ここにある武具は他の兵士たちも使うんだ……。生真面目うんぬんは関係ないぞ? さて、その戦斧でいいのか? それほどのものを軽々と扱えるのであれば、戦槌も使えそうだがな?」
ジャン=ドローンが半ばあきれ顔のままで、戦槌はどうかと勧めてくる。ヤマドー=サルトルは胸の前で腕を組み、うーーーん……と首を傾げながら悩んでしまうことになる。
自分はノブレスオブリージュ・オンラインにおける戦士系列の最上級職である『狂戦士』であろうことは判明した。しかし、これはこれで、先ほど考えた危惧が具体化してしまったことに頭を悩ませることになる。火力を出せる職が2人。そして回復職が1人。そうなってしまった以上、結局のところ、どの武器をヤマドー=サルトルが用いようが、盾役が居ないとどうにも上手く徒党での戦闘が回らないのだ。
(どうしましょうか……。狂戦士は武器なら何でも使えますけど、ここは射程に優れる大剣を使うべきなのでしょうか? 射程の長さを利用して、敵を接近させない方法で戦う?)
ヤマドー=サルトルはそう考えるが、やはり現実的ではないと結論づける。いっそのこと、盾役不在のことをジャン=ドローンに相談し、兵士たちから見繕ってもらえないかという思いに至ることになる。
「ふむ。徒党のバランスが悪いわけか……。それで、自分の兵士から盾役を見繕ってほしいと……」
相談された側のジャン=ドローンも胸の前で腕を組み、首を傾げている。そもそも、ジャンヌ=ダルクが自分たちの数少ない兵士たちに怪我をさせたくないからこそ、ヤマドー=サルトルたちにお鉢が回ってきたのだ。そういう事情を痛いほどわかっているジャン=ドローンだからこそ、安易には首を縦に振ることはなかった。
「よし……。ここはひとつ、キミたち以外の他の傭兵を雇ってみるのはどうだろうか? ヤマドー殿たちは二つ名持ちである以上、傭兵の出なのだろう? その者の報酬については、こちらで見繕っておくから、クエストボードで適当な盾役を募集してみてはどうかな?」




